インバウンドコラム

イタリア・ヴェネツィアに学ぶ観光客の集中と負荷への向き合い方、宿泊税と入域料の取り組み

印刷用ページを表示する



観光地が直面する課題は、「人が多すぎること」そのものとは限らない。問題の本質は「いつ・どこに・どのように集中するか」にある。

この問いに対し、性質の異なる2つの制度を通じて向き合っているのがイタリア・ヴェネツィアだ。宿泊税に加え、日帰り客に入域料を課し、料金や適用日を柔軟に調整することで、来訪のあり方そのものに働きかけようとしている。

注目すべきは、その発想が「いくら徴収するか」「何に使うか」ではなく「どの課題にどう対応するか」から組み立てられている点にある。本稿では、ヴェネツィアの取り組みを通じて、観光財源を“どのように設計するか”という視点をひもとく。

ヴェネツィア風景(筆者撮影)▲ヴェネツィア風景(筆者撮影)

 

宿泊税は一律ではない、格付け・立地・季節で変わる仕組み

ヴェネツィアでは、市内の宿泊施設に滞在する旅行者を対象に宿泊税(Imposta di soggiorno)が課されている。1人1泊単位での徴収、宿泊施設が集めて市に納付する仕組みで、日本を含む多くの都市と大きくは変わらない。ただし、税額は一律ではない。1人1泊あたり1〜5ユーロの範囲で、複数の要素によって金額が変わる点に特徴がある。

まず、「宿泊施設の格付け」だ。高級ホテルほど税額は高く、簡易宿泊施設など低価格帯の宿ほど低く設定されている。結果として、宿泊料金と税額がある程度連動するような構造となっている。

次に、「宿泊施設の立地」によっても税額が変わる。多くの訪問者が集中する旧市街エリアでは税額が相対的に高く、観光の中心である本島から外れた住宅地や周辺のラグーンエリアと呼ばれる周辺の島々では低めに設定されている。

さらに、「季節」によっても税額は異なる。ヴェネツィアは年間を通じて需要が高い観光地であるが、2月のカーニバルを控えた1月を中心とする冬季は閑散期となり、この期間のみ通常より一定程度の割引が適用される。

【ヴェネツィア宿泊税の基本ルール】
・1人1泊ごとに課税(最大5泊)
・税額は1泊当たり約1〜5ユーロ

ヴェネツィアの宿泊税の主な変動要素

これらの要素が重なることで、「繁忙期のサン・マルコ周辺の高級ホテル」と「閑散期の外縁部の簡易宿」とでは、同じ都市であっても宿泊税額に大きな差が生じる。

この制度の背景にあるのは、来訪者が特定の場所や時期に集中することへの問題意識だ。実際にヴェネツィアでは、限られた時期、エリアに来訪者が集中しやすい構造がある。特に繁忙期には旧市街に人流が偏る一方で、それ以外の閑散期やエリアによっては受け入れ余力が残されているのも事実だ。

税額に差を設ける設計は、こうした偏りを前提としたものだ。訪問時期や滞在エリアの選択に一定の幅を持たせることで、来訪の集中をやわらげることを意図している。

 

宿泊税の使い道は「観光の拡大」ではなく「都市の維持」

集まった税収は、文化財の保全、公共空間の清掃、交通・インフラの維持、観光サービスの向上などに使われている。

注目したいのは、使い道の重心が「観光をさらに盛り上げる」ではなく、「観光によって生じる負荷を受け止め、都市の持続性を支える」方向にある点だ。ヴェネツィアは水上都市という特性上、インフラ維持のコストが高い。加えて観光客が増えるほど、清掃や廃棄物処理の負担も大きくなる。宿泊税は、観光で生まれる恩恵を活かしながら、同時に観光が生み出す負荷を引き受けるための財源として機能している。

 

日帰り客にどう対応するか、入域料という仕組み

ただし、宿泊税だけでは対応できない部分がある。宿泊しない訪問者、つまり日帰り客である。ヴェネツィアへの訪問客の多くは日帰り客であり、その数は年間で2000万人規模ともいわれる。イタリア国内や周辺地域からの訪問者も多いため、滞在時間は短く、消費も宿泊客に比べて限定的とされる。それでも、広場を歩き、橋を渡り、都市の空間を利用する点では宿泊客と大きく変わらない。

こうした状況のもとでは、訪問のあり方が多様であるにもかかわらず、その違いを踏まえた制度の枠組みが十分に用意されていないという課題が生じる。

この課題への対応として導入されたのが、入域料(イタリア語でContributo d’accesso)だ。2024年4月に試験的に始まったこの制度は、混雑が予想される特定日に、旧市街へ日帰りで訪れる観光客(14歳以上)を対象に課金する仕組みだ。宿泊者は宿泊税を払っているため、入域料は免除される。

 

来訪者の「把握」と「分散」を促す、入域料の役割

入域料の制度は段階的に拡張されている。2024年は繁忙期を中心とした29日間を対象にスタートしたが、2025年には対象日が54日間に拡大された。さらに2026年には対象日が60日へと広がり、ピーク期に重点的に適用される形となっている。

料金体系は、2024年当初は一律5ユーロでスタートしたが、2025年以降は入域日の4日前までに申請すれば5ユーロ、直前や当日は10ユーロとする仕組みとした。料金に差を設けることで、事前の登録を促す設計となっており、訪問のタイミングを分散させるとともに、来訪の見込みを事前に把握することにもつながっている。実際の運用では、訪問者は対象日かどうかを確認したうえで、オンラインで支払いを行い、QRコードを取得する。当日は、このコードを携行することが求められ、主要な動線や広場などでスタッフによる確認が行われる。

なお、料金水準は国の制度枠内で一定の範囲に収められており、現行では10ユーロが上限となっている。加えて、対象日を限定して適用していることから、来訪を強く抑制するというよりも、混雑する日や時間帯への集中をやわらかく分散させることに主眼が置かれている。

▶︎2026年のヴェネツィアの入域料の実施予定日
2026年のヴェネツィアの入域料の実施予定日

出典:ヴェネツィア市公式サイト

ヴェネツィアにおける入域料の仕組みには、大きく三つの働きがあるといえる。

1.穴を埋める:宿泊を伴わない訪問者についても、一定の形で制度の対象とすることができる
2.行動を変える:「早めに申請すれば安くなる」という設計が、直前・当日の訪問に偏らない来訪を後押しする
3.実態を把握する:事前登録が必要なため、どの日にどれだけの来訪が見込まれるかを市が事前に把握できる

なお、当初は違反者への罰金制度も設けられたが、実際に課されたケースはなかった。市は、強い規制ではなく、緩やかな形で来訪をコントロールすることを意図していたと説明している。締め出すのではなく、把握・誘導を優先するというスタンスがうかがえる。

 

宿泊者と日帰り客、それぞれに対応する二つの制度

ヴェネツィアの制度をまとめると、次のようになる。

・宿泊税(格付け・場所・季節で税額が変わる)
滞在者に対して、訪問のタイミングや場所に応じた違いを持たせる仕組み

・入域料(特定日の適用・早期申請で割安)
日帰り客も含めた来訪の実態を把握しつつ、来訪タイミングの分散を促す仕組み

どちらか一方では解決できない課題を、宿泊税と入域税という二つの制度を組み合わせることで役割分担を図っている。

もちろん、これでオーバーツーリズムが解消されるわけではない。日帰り客の数が劇的に減ったという報告もなく、課題は続いている。それでも、「誰が負荷を生んでいるか」「どこで・いつ負荷が集中するか」という問いに対して、模索・試行錯誤しながら、制度に反映している点は評価できる。

 

「地域課題」から考える観光財源のあり方

宿泊税を考える際には、「金額」や「使途」に注目が集まることが多い。一方、ヴェネツィアの事例から見えてくるのは、「どのような課題があるのか」「誰がどう負担するのか」を先に考えることの大切さだ。

税制は、財源を確保する手段であると同時に、観光地が抱えている課題を外に示すメッセージでもある。日本では、こうした課題別・対象別に制度を設計する例はほとんど見られない。ヴェネツィアの制度をそのまま導入することはできないが、「どういった課題に、どのような制度で向き合うか」という問いへの1つのアプローチとして、参考にできるのではないだろうか。

▼関連記事
オーストリアの都市型山岳リゾート・インスブルックに見る、宿泊税の還元と活用モデル

 

最新記事