インバウンドコラム
2025年の訪日客数は4268万人、消費額は9.5兆円と過去最高を記録した。インバウンド市場が活況を呈する一方で、全国各地で混雑やオーバーツーリズムといった課題が浮き彫りになっている。
やまとごころが実施した読者アンケートでも、2026年に注目するキーワードとして「高付加価値化」と「オーバーツーリズム対策」が上位に挙がった。「混雑」を防ぎながら「地域の稼ぐ力」を高めるという、一見相反するように見えるこの2つのテーマを、地域はどう両立させていけばよいのだろうか。
今回のトークライブでは、欧米豪の富裕層を中心とした高付加価値旅行の手配や、地域のデスティネーションマーケティング支援のプロデュースを手掛ける株式会社wondertrunk&co.の岡本岳大氏と、金沢市経済局観光政策課の善家正人氏をお招きし、高付加価値化の理論と実践、そして人気観光地・金沢における現場マネジメントの最前線から、持続可能な観光地づくりのヒントを伺った。

高付加価値化の本質は「価格決定権」にある、ブランド化が生む価値の循環
現在、多くの地域が掲げる「高付加価値化」。講演冒頭で岡本氏はまず、この言葉の定義を改めて問い直した。「高付加価値化は観光の専門用語ではなく、マーケティングの概念である」とした上で、「機能、使いやすさ、デザイン、サービスなど、利用者にとっての価値を高めること」だと説明する。
言い換えると、高付加価値化とは、独自の価値が認められ、ブランドとして確立された状態を指す。一方、その反対の状態として岡本氏が挙げるのが「コモディティ化」である。市場が成熟し、機能や品質で差別化ができなくなり、結果として低価格競争に陥る状況を意味する。
その上で岡本氏は、高付加価値化を実現するための重要な条件として「自分たちが価格決定権を持つこと」を挙げる。顧客が価値に納得し、「高くてもそれが欲しい」と感じている状態であれば、事業者は適正な価格を設定できる。結果として、富裕層が求めるサービスに見合った対価を得ることが可能になる。
つまり、高付加価値化とは単に価格を引き上げることではなく、「他にはない価値」を提供し、その対価として適正な報酬を得る。その健全な循環を生み出すことこそが本質であると説く。
地域にお金が回る仕組みとは? 高付加価値化がもたらす持続可能な成長
岡本氏は、「狭義の高付加価値化は、消費額の向上や富裕層の攻略と捉えられがちだ。しかし、広義には『地域の持続可能性の向上』を意味する」と述べる。
高付加価値旅行者の消費により、まずは観光産業の収益が増える。さらに、工芸、農業、林業など関連産業にも波及し、地域全体の収益を押し上げる。経済的な潤いは住民の暮らしを豊かにし、地域への誇り(シビックプライド)を醸成する。
そして最も重要なのが、その収益が地域の自然や文化の保全に再投資されることだという。保全によって地域のユニークな価値が維持・向上されれば、さらに質の高い旅行者を惹きつけることができる。この循環を作ることが、真の目的である。

金沢市はなぜ「観光都市」を目指さないのか、市民ファースト戦略の本質
北陸新幹線開業以降、多くの観光客が訪れ、インバウンドの成功事例として語られることの多い金沢市。しかし、同市経済局観光政策課の善家氏は冒頭で「金沢は観光都市を目指しているわけではない」と明言する。
金沢は加賀百万石の城下町であり、戦災や震災を免れたことで、藩政期とほぼ変わらない町割りが残っている。『加賀は天下の書府なり』と言われたように、歴代藩主が学術・文化を奨励してきた歴史があり、伝統工芸や芸能、食文化が市民生活の中に深く息づいているという。
まちづくりの基本方針は、昔から一貫して「保存と開発の調和」だ。例えば、かつて暗渠化され駐車場になっていた用水路を、市民や経済界の協力で開渠し、美しい景観を取り戻した事例がある。金沢はあくまで歴史と文化のまちであり、それを未来へ紡いでいくための手段として観光があると考えている。
金沢市では、27もの景観まちづくり関連条例を制定し、厳しい基準で街並みを守ってきた。この「ぶれない軸」こそが、結果として海外からの評価を高めている。
満足度「9割」でも消費は伸びない、金沢のデータが示すインバウンドの課題
一方で、データからは課題も見えている。金沢市を訪れる旅行者に対して市が独自で行う調査の結果、外国人旅行者の満足度は9割超と非常に高いことが分かっているものの、特に市が注力する欧州からの旅行者の消費額の低さが明らかになっている。、また、観光に関する市民への調査結果、市民が経済的恩恵を実感できていないことも課題だ。約9割の市民が旅行者を歓迎すると回答しているものの、「観光と生活との調和を感じる」と答えた人の割合は減少傾向にあり、特に中心部での混雑など負の影響が懸念となっている。
これに対し金沢市は、高付加価値なコト消費の拡充に加え、デジタル技術や外部連携による課題解決を推進。金沢大学と連携し、IoTを活用した公衆トイレの混雑可視化や学生発案の有料ゴミ箱、長野県白馬村との相互送客など独自の対策を行う。併せて金沢の観光において大切にしてほしい心構えをまとめた 「金沢観光たしなみ帖」によるマナー啓発も進め、市民生活と観光の共存を目指している。

観光収益は地域に残っているか? 鍵を握る「域内調達率」という視点
岡本氏は、本質的な価値向上を伴わない価格引き上げやブランド誘致は持続的ではなく、多様な関係者間の合意形成の難しさや、地域でリスクをとって取り組むリーダーシップの不在も大きな課題であると指摘する。
その上で同氏は、地域が真に持続可能な観光構造へ転換するためには、観光による経済効果が地域内でどの程度循環しているかを可視化することや、域内調達率を高めることが鍵になると強調する。
金沢市の場合、「域内調達率の高さに加え、観光業以外の産業を巻き込んだサプライチェーンが構築されていることが特徴であり、地域全体が潤う土台が整っている」と話す。
持続可能な観光地に必要なのは何か? 「ぶれない軸」とデータ経営の重要性
持続可能な観光地域づくりには、ぶれない軸とデータという共通言語が不可欠である。岡本氏は、金沢市が10年以上にわたり定点観測で調査データを蓄積している点を挙げ、 「経年で見られるデータを持つこと」の重要性を強調した。
「金沢市を訪れる外国人旅行者の満足度98%」や「市民の観光客歓迎意向90%」という数字も、単年度でのデータではなく、過去との比較や推移が見えるからこそ、現状の異常値や変化の兆しに気づくことができる。 感覚ではなく、客観的なデータに基づいて市民や事業者と議論できる土台があること。これが、持続可能な観光地経営の第一歩だ。
善家氏もまた、「金沢が金沢らしくあることに尽きる」と述べた。 観光のためにまちを変えるのではなく、まちの歴史や文化を守り、未来へ紡ぐためにどう観光を活かすか。この優先順位が逆転すると、どこにでもある観光地になってしまい、結果として魅力も失われる。

住む人が誇りを持てるまちであり続けること。「観光は目的ではなく手段である」という考え。その「ぶれない軸」を持ち続けることが、結果的に質の高い観光客を惹きつけ、持続可能な地域づくりにつながるのであろう。
次回トークライブもぜひご参加ください!
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