インバウンドコラム

訪日インド市場の現在地、30万人突破の先に見る旅行者ニーズと対応の方向性

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訪日インド人旅行者は、2025年に過去最高を記録し、初めて30万人を突破した。インド市場は、もはや「将来有望な市場」ではなく、「今、具体的に対応すべき市場」へと変わりつつある。インド人旅行者の旅は、従来のステレオタイプとは異なっており、デジタルを起点とした意思決定、食や文化に対する多様なニーズ、そして旅行を「ファッション」と捉え、自己表現の手段となるなど、彼らの旅行スタイルや価値観は大きく変化している。

本稿では、こうした変化を踏まえ、インド人旅行者の行動とニーズを整理し、現場で求められる対応の方向性を考察する。

訪日インド市場の現在地、30万人突破の先に見る旅行者ニーズと対応の方向性

 

1. 訪日インド人は2025年に30万人を突破、過去最高を更新

JNTO(日本政府観光局)の最新統計によれば、2025年の訪日インド人数は年間累計で31万5100人を記録。これは統計史上初めて30万人の大台を突破する快挙である。2019年(約17.6万人)と比較すれば約80%の増加、前年比でも35%以上の伸びを見せており、全市場の中でも高い成長率を誇る。

また、観光庁の「インバウンド訪日外国人消費動向調査」によれば、2025年のインド市場による総消費額(速報値)は約784億円に達している。1人当たりの旅行支出は約25万円と、全市場平均(22.9万円)を大きく上回る。

訪日インド人旅行者増加の勢いは止まらない。2026年1月の推計値では、単月で1万8500人(前年同月比14.3%増)を数え、1月としての過去最高を更新した。
ベンガルール等のIT都市からの航空便増便や、スノーアクティビティへの関心高まりが、冬季の数字を力強く押し上げている。

 

2.拡大するインドの海外旅行市場と消費力

インドの海外旅行市場へと視点を移すと、インド政府観光省の統計によれば、インド人の海外出国者数は2019年の2692万人から、2024年には3089万人(前年比14.8%増)へと着実に増加している。

この成長は、単に旅行者が増えるだけでなく、一人当たりの支出能力の向上を伴っている点が重要である。インドの海外旅行支出額は2023年時点で約530億ドル(約7.9兆円)に達しているが、EYとEconomic Timesによる「The Great Indian Traveller Report」によれば、2030年には約970億ドル(約14.5兆円)まで拡大すると見込まれている。また、国際旅行需要も年率18〜20%での高成長が予測されており、こうした成長を背景に、インドは今後、世界的に存在感を高める旅行市場へと成長する見込みである。

訪日インド市場の現在地、30万人突破の先に見る旅行者ニーズと対応の方向性▲著者作成

 

3. インドの富裕層は旅に何を求めているのか?

インド市場を攻略する鍵は、裾野の広い中間層もさることながら、一度の旅行に数千万円を投じる「超富裕層(UHNWIs)」のインサイトを理解することにある。

「ブランド」と「最上級のホスピタリティ」

インド人富裕層、特に一度の旅行で$200,000〜$400,000(約3,200万円〜6,400万円)を投じる層にとって、宿泊施設選びの基準は極めて明確である。彼らが優先するのは「日本独自の情緒」よりも、まずは「世界基準の信頼」である。マリオット、ハイアット、フォーシーズンズといったインターナショナルなラグジュアリーブランドを基盤とし、その上で「日本ならではのエッセンス」が加えられていることを好む。例えば、和モダンな空間デザインや露天風呂付き客室といった日本独自の設えに加え、茶道・華道などの文化体験、抹茶や和菓子を取り入れた食体験などが挙げられる。さらに、チェックイン時の細やかな対応や、食事・滞在における個別リクエストへの柔軟な対応など、五感とサービスの両面で「日本らしさ」を体現する要素が評価される。

彼らにとっての「おもてなし」とは、画一的なサービスではなく、自分のこだわりがすべて完璧に満たされる「最上級のホスピタリティ」を指す。例えば、ベジタリアン対応やスパイス・味付けの調整、特定の食材の除外といった細かな食事リクエストへの対応が挙げられる。また、三世代旅行に対応したコネクティングルームの手配、アーリーチェックイン・レイトチェックアウト、専用車の手配など、家族構成や旅程に応じた柔軟な対応が強く求められる。

訪日インド市場の現在地、30万人突破の先に見る旅行者ニーズと対応の方向性▲インドからの富裕層ファミリー層

旅行は「ファッション」、自己表現としての消費

インドの富裕層にとって、旅行は「どこへ行ったか」と同じくらい「どう見られたか」が重要なポイントである。Instagram(3.6億ユーザー)やWhatsApp(5億ユーザー)での発信は、彼らのライフスタイルの一部。豪華な客室、高級車による送迎、そして「日本でしか撮れない特別な一枚」は、若年層のみならず、彼らが日本を選ぶ強力な動機となる。

 

4 ベジタリアン対応は「マナー」ではなく選択肢の設計

インド人の食文化において、約4割いると言われているベジタリアンの存在は重要な要素であるが、「インド人=全員ベジタリアン」という理解は実態と乖離している。宗教・地域・個人嗜好によって食習慣は大きく異なり、同じベジタリアンでも乳製品可否や根菜禁止など多様なルールが存在する。

近年の海外旅行者、特に都市部の中間層・富裕層やミレニアル世代では、現地の食文化を体験する志向が強く、日本食や他国料理も積極的に楽しむ傾向が顕著である。実際、2025年11月にベンガルールで開催された日本食と日本文化を紹介するイベント「ジャパン・フード・フェスト2025」(or日本食PRイベント)では、1500人規模の来場を記録しており、日系ブランドやアニメを通じて育まれた日本への「敬意(or親近感)」は、今や食への具体的な好奇心へと確実に転換されている。個人旅行(FIT)でも寿司、ラーメン、日本のスイーツやウイスキーなど、「日本ならではの食体験」が旅行の重要な目的の一つともなっている。

こうした変化がある一方で、宗教的理由による食材制限(牛肉・豚肉・アルコール等)やベジタリアン/ヴィーガン対応のニーズは依然として存在し、特にグループツアーやファミリー層では重要度が高い。

したがって重要なのは「ベジ対応の有無」ではなく、以下のような“選べる環境の設計”である。

・ベジ/ノンベジ双方の明確な選択肢提示(例:メニューに“Vegetarian / Non-Vegetarian”を明記、朝食ビュッフェで両方を用意)
・食材・調理方法の可視化(例:ノンポーク・ノンビーフ表示、アルコール・だしの使用有無の明示)
・代替オプション(イタリアン等含む)の柔軟な提供(例:パスタ・ピザなどベジ対応可能な料理の提案、館外レストランの案内)

ベジタリアン対応は「特別対応」ではなく、多様な食習慣を前提とした受け入れインフラの一部として捉えるべきである。

実際、インド現地での日本食への関心は確実に高まっている。2025年11月にベンガルールで開催された日本食と日本文化を紹介するイベント「ジャパン・フード・フェスト2025」(or日本食PRイベント)では、1500人規模の来場を記録し、その市場性の高さを裏付けた。

こうした現地の動向を踏まえると、日系ブランドやアニメを通じて育まれた日本への「敬意(or親近感)」は、今や食への具体的な好奇心へと確実に転換されているといえるだろう。

訪日インド市場の現在地、30万人突破の先に見る旅行者ニーズと対応の方向性▲著者作成

 

5. インド人はどう旅行を決めるのか? SNSとOTA、口コミの影響力

インドではインターネット利用者数は約8億人を超え、人口の約55〜60%に達するなど急速に普及が進んでおり、特に都市部を中心に旅行前の情報収集は想像以上にデジタル完結型となっている。

インド人旅行者にとって、YouTube(約4.6億ユーザー)は、旅行前の意思決定において重要な役割を果たすプラットフォームの一つである。

前段で述べた通り、インド人旅行者の情報収集はデジタル上で完結する傾向が強く、SNSや検索エンジン、近年ではAIツール、口コミなど複数の情報源を組み合わせながら検討が進められる。その中でYouTubeは「文字情報では得られない実際の体験イメージを補完する手段」として活用されるケースが多い。特に、第三者による動画コンテンツ(Vlog)は、ホテルの客室の広さ、朝食会場の様子など、滞在に関わる具体的な情報を視覚的に確認できるため、「自分に合った環境かどうか」を判断する材料の一つとなっており、他の情報源と組み合わせながら意思決定の精度を高める役割を担っていると考えられる。

また、最終的な旅行予約においては、オンライン化が加速しており、現在ではインド人の約69%が自らOTAを通じて予約を行っている。

なかでも、「MakeMyTrip」「Ease My Trip」「Yatra」といった現地系プラットフォームが人気だ。これらサイトにおけるレビューの内容や検出結果での露出具合は、旅行者の最終意思決定を左右する非常に重要な要素となる。

 

6. アニメが縮める「日本との距離」

かつて日本は「遠い極東の国」であった。しかし今、アニメというソフトパワーがその距離を劇的に縮めている。

2024年以降、日本のアニメ作品を中心に配信する世界最大級の動画配信プラットフォーム「Crunchyroll」によるヒンディー語吹替版の拡充は、インドの若年層・中間層に「日本」を日常のエンターテインメントとして定着させた。

また、日本文化への熱狂を示す事例として、デリーで開催された日本アニメをテーマとした公式プロモーションイベント「Mela! Mela! Anime Japan!!」に数万人が押し寄せる光景が挙げられる。これは、数年後の訪日リピーター層が現在進行形で育成されていることを物語っている。

彼らは、日本のアニメーションのみならず、戦後復興を遂げた日本の歴史や技術力に対し、他国以上に強い「敬意」を抱いてくれている。

訪日インド市場の現在地、30万人突破の先に見る旅行者ニーズと対応の方向性▲インド人のミレニアル世代

 

7. 今日からできる3つの実務アクション

Step 1:まずは「Tier 1都市」から

14億人を相手にする必要はない。まずはパスポート保有者の約69%(約6657万人)集中するデリー、ムンバイ、ベンガルールを中心としたTier1都市に在住する富裕層・アッパーミドル層を狙う。彼らのSNS発信により、次なるTier 2、Tier 3都市への波及が期待できる。

Step 2:英語情報の整備と「安心の可視化」

自社サイトやGoogle Mapにおいては、機械翻訳に頼るのではなく、英語で正確かつ具体的に伝わる情報設計(店舗説明・メニュー・設備情報の明記)を行う。

訪日インド人旅行者(主に初訪日・FIT層)は特に、「現地で自分が安心して滞在できるか」を事前に徹底的に確認する傾向が強い。宗教・食習慣の違いや言語不安を背景に、 「自分が食べられるものがあるか(ベジタリアン対応)」 「通信環境は問題ないか(Wi-Fi)」「客室で自分の食習慣に対応できるか(電気ケトル等)」 といった“滞在の成立条件”に対する不安を強く持っている。そのため、これらの懸念に対して「対応可能かどうか」を英語で明確に言語化し、写真付きで具体的に提示することが不可欠である。こうした「安心の可視化」が、予約・来訪の意思決定を左右し、「選ばれる理由」となる。

訪日インド市場の現在地、30万人突破の先に見る旅行者ニーズと対応の方向性▲インド人カップル

Step 3:「柔軟に対応すること」が満足度を高める

インド人旅行者の時間感覚や予定変更に対して、ルールで縛るのではなく、状況に合わせた「柔軟な判断」を提供する。

例えば、インド人旅行者は以下のような特徴を持つ。
・事前に決めた旅程でも、その場の興味や状況に応じて変更する傾向が強い
・当日や直前でのスケジュール変更、追加リクエスト(チェックイン時間の調整、食事内容の変更)が発生しやすい
・「時間通り」よりも「その瞬間に何をしたいか」を優先する意思決定を行う

また、全ての要望を必ずしも叶える必要はなく「まずは言ってみることで気が済む」という気質もある。そのため重要なのは、要望を即座に可否で判断するのではなく、まずはしっかりと聞く姿勢を見せること。こうした感情的なケアが、満足度に大きく影響する。

その上で、マニュアル通りに対応するのではなく、可能な範囲でのアーリーチェックイン・レイトチェックアウト対応や、急な要望への代替提案など、「今の状況に合わせた選択肢」を提示することが重要となる。彼らにとっては、完璧に全てが叶うこと以上に、「自分たちのために柔軟に動いてくれた」という体験そのものが価値となり、それが口コミの源泉となる。

 

まとめ:インド市場の現在地をどう捉え、どう対応するか

インド訪日市場は、今まさに「成長」の真っ只中にある。2025年に30万人を突破したという事実は、この市場がもはや「将来の検討課題」ではなく、「今向き合うべき市場」であることを示している。重要なのは、「インド=難しい」という先入観で捉えるのではなく、データと現地インサイトをもとに、彼らの行動や価値観の“現在地”を正しく理解することである。

インド人旅行者は、デジタル上で情報を収集し、食や文化に対して多様な価値観を持ち、旅行中の体験や対応にも独自の期待を持っている。こうした特徴を踏まえ、情報発信のあり方や受け入れの姿勢を見直していくことが求められる。

また、市場全体を一括りにするのではなく、訪日意欲や消費力の高い層や地域から理解を深めていく視点も重要となるだろう。

インド市場は14億人という規模の大きさゆえに捉えどころのない存在に見えがちだが、その内側には、行動やニーズが読み解ける明確なセグメントが存在している。そうした「現在地」を丁寧に捉え、過度な先入観にとらわれず向き合うこと。その積み重ねが、この成長市場を一過性の機会に終わらせず、中長期的な価値へとつなげていく鍵となる。

 

著者プロフィール:

BRANDit Japan・代表 大瀧 直文

日本、海外の広告業界で20年の実績を持ち、オンオフ統合メディアキャンペーン、インフルエンサーマーケティング、クリエイティブ制作、イベント、TV番組制作などの現場実績を持つ。5年間のインド駐在を経てインドにおける観光マーケティングに精通。JNTOデリー事務所をクライアントとし、「Japanブランド」のブランド戦略、メディアキャンペーンの実行、ブランドリフト調査、セールスレップ活動、イベントプロデュースなどを牽引。その他日系企業のメディアキャンペーン、クリエイティブ制作など多数プロデュース。

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