インタビュー
2回に分けてお送りしている観光危機管理の第一人者 高松正人氏へのインタビュー。前編では、実際に発生した災害とのその対処方法を事例に、どのような対処方法が必要だったのか、災害対策の基本も踏まえて紹介した。後編では、観光危機管理において行政が担う役割や、災害が発生したときに、いち早く元の状態に戻すために必要なことは何なのか、伺った。
観光危機管理における行政の役割
1. 防災担当課と観光担当課で役割分担をし、連携して取り組むことが重要
行政の組織は縦割りになっていて、それぞれの部署ごとに予算が割り当てられます。自治体で観光危機管理を推進しようとすると、防災と観光どちらの部署が主導で対応するのか、押し付け合いになり、なかなか進まないのが実態です。しかしながら、観光危機管理の施策を進めようとすれば、防災と観光、両者が連携して対策を練る必要があります。地域防災計画の中には、観光客対応について記載してあるものもありますが、例えば「外国人を含む観光客に、適切な情報を提供できるよう努める」という抽象的な表現も少なくありません。これでは一体何をすればよいのかわかりません。こういった現状に気づき、対策を進めている行政もあります。神戸市では、地域防災計画の中で観光客に対する枠組みがないということに気づき、現在、観光部門と防災部門が役割分担をして危機管理のマニュアル制作に取り組んでいます。
2. 自治体は観光業者向けのマニュアルを用意する
もう一つ課題があります。行政が作る地域防災計画は、主に行政がすべきことという視点で作られています。しかしながら、災害時に観光客がいる現場の矢面に立っているのは民間の観光事業者です。その民間事業が災害時にどのように行動すべきか、ということを明確にする必要もあります。
観光産業全体を見渡すと、99%は中小零細企業です。大手の航空会社や鉄道会社、ホテルなどは独自のマニュアルを作っていますが、中小企業の事業者が総合的な危機対応マニュアルを作るのは難しいでしょう。現場の人たちは、分厚いマニュアルがあっても読む暇もないですし、観光現場には外国人のスタッフもいます。そのため、行政側が、実践的かつ簡潔なマニュアルやツールを作成し、災害時に経営者やマネージャーは何をすべきか、現場の人たちはどう動くべきかを明確にする必要があります。そのマニュアルを活用して、訓練を重ねるのが良いと思います。一例を挙げると、東京商工会議所新宿支部が作っている飲食、小売、サービス業向けの「地震時初動対応マニュアル」は参考になると思います。
復興までのプロセスに必要なこと
1.「通常通り」であることを戦略的に伝える
災害後に正確な情報が発信されなければ、被災地周辺の直接被害のない観光地からも観光客は遠ざかります。テレビなどでは、甚大な被害を受けた場所の映像が繰り返し流されるため、映像を観た観光客、特に外国人が十把一絡(じゅっぱひとからげ)にその地域が危ないと思ってしまうのも当然です。一般的にメディアは、観光地が復旧した、通常営業に戻ったということは積極的に報道しません。そのため、行政や観光業界、DMOは「通常通り営業できています。来ても問題ありません」あるいは「もう他のお客さんも来て楽しんでいます」という情報をかなり戦略的に発信する必要があります。
例えば西日本豪雨の際は、広島県の宮島や愛媛県の道後温泉などの観光地は被害が少なかったのにもかかわらず、インバウンドのツアーや宿泊のキャンセルが相次ぎました。災害が起きると、ツアーや宿泊を割引する施策が打ち出されがちですが、特にインバウンド客に関しては、それだけでは効果が限定的ではないでしょうか。割引すると言われても、「そもそも、危ないところには行きたくない」ということになってしまいますから、情報発信により力を入れることが大切です。
2.街のブランディングが被害後の回復スピードを左右する
さらに、復興において重要なのは街のブランディングです。先日、中国で開催された世界の観光会議に出席した際に、災害が起きた都市の観光の回復力は、ブランディングの強さによって変わる、という話が出ました。仮に災害などによりネガティブなイメージがついても、他にはない魅力を打ち出せればお客さんは戻ってきます。例えば「ビーチリゾート」という魅力だけでは、世界中に同じようなところがたくさんあります。「このビーチは災害が起きたし、別のビーチに行こう」というように、代替されてしまう。しかしながら、ブランドがしっかりと確立されていて、他とは違うものがあることを表現でき、さらにそれを伝えられている都市は強いです。パリではテロの影響もあり、一時期は急激に観光客が減りましたが、回復も早かったです。もちろん、セキュリティのレベルを上げるといった対策は行なっていますが、それ以上に、パリにしかない魅力を打ち出せていることが最大の理由だったと思います。
3.綿密な復興計画を作り、的確に実行していく
インド洋大津波後のプーケットの復活も早かったです。プーケットは、被害に遭った外国人観光客への対応が素晴らしかったですし、早い段階で復興計画を作成し、計画通りに進めていました。さらに、自分たちだけではできることが限られているということで、国際機関の専門家たちに協力を仰ぎました。UNWTO(国連世界観光機関)やPATA(太平洋アジア観光協会)の方たちが、災害発生から1週間も経たないうちに現場に入り、復興のための戦略を作りました。それ以外にも、情報発信もかなり戦略的に行ないました。例えば中国の人たちは、「人が亡くなった場所には霊魂が残っているから行けない」という考えがあります。それに対して津波の後にランタンを飛ばすフェスティバルを通じて、霊魂はランタンに乗って天に昇ったということを示していました。災害後の観光地に対する感覚をマーケットごとに調査したうえで、対策を実行していったのです。こうした努力の甲斐あって、1年後にはほぼ元通りになったそうです。
4.ピンチはチャンス。被災してもできることがある
プーケットではこのほかにも、国連の国際労働機関(ILO)を迎え入れて、津波で被害を受けたホテルで従業員のスキルアップを図りました。ホテルが営業していない時を利用して集中的に訓練をし、営業再開後に「レベルが向上した」と思われるような対策です。これはプーケットに限らず、日本にも例があります。東日本大震災で被害を受けた「南三陸ホテル観洋」や、能登半島地震で被災した石川県の旅館「加賀屋」も、復興するまでの間に、従業員に対して徹底的な教育を行っていました。私自身、災害を経験した全国各地の観光地を訪問し、被災者の声を聞いてきました。復興へのプロセスでもすべきことは多々ありますが、戦略を決めて的確に実行していくことが重要だと思います。
JTB総合研究所 観光危機管理研究室長 高松正人氏
1982年にJTBに入社。2001年にツーリズム・マーケティング研究所(現JTB総合研究所)設立以来、観光専門家として国内外で幅広く活躍。現在は、日本における観光危機管理の第一人者として、沖縄県をはじめ国内外の観光危機管理や観光復興関係の業務、観光地の災害対応マニュアルづくり等に数多く関わる。
著書『観光危機管理ハンドブック(朝倉書店)』
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