インタビュー
日本の文化は世界の資産、もっと自信を持つべきです
プロフィール
1938年生まれ。東京大学法学部卒業、英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。外務省文化交流部長、経済局長、外務審議官等を歴任、駐ベトナム大使、駐韓国大使、駐フランス大使を務める。2003年より国際交流基金理事長。青山学院大学特別招聘教授、立命館大学客員教授。
外務省在籍時代には、文化交流促進のために、いろいろな国で「文化センター」を作るなど、国際交流のインフラ整備を行ってこられた小倉氏。退官後は大学で教鞭を採りながら、現在は国際交流基金の理事長に従事し、日本文化を世界へ発進し続けている小倉氏にお話をお伺いしました。
- 目次
- 「世界の平和に貢献してもらいたい」。そんな父の言葉から外務省の道へ
- 日本の文化的伝統は、世界で分かち合うべきもの
- 日本文化を世界に浸透させるために、日本語の普及と研究者の育成に注力
世界の平和に貢献してもらいたい」そんな祖父の言葉から外務省の道へ
村山
小倉さんは外務省のご出身とお聞きしましたが、そちらに入省されようと思ったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
小倉
私の祖父が第二次世界大戦中、軍需産業に携わっていました。ご存知かどうかわかりませんが、“風船爆弾”というものを作っていたのですね。その頃父は中国の戦地におり、私が生まれた時、祖父に対して、手紙で「これからは平和こそが大切だ。自分の息子には平和の和の字をつけて、世界の平和に貢献してもらいたい」との趣旨を送ってきたと聞いたことがあり、そういうことも一つの契機となったのではないかと思います。
村山
それは、本当に戦争を経験してきた方ならではの実感なのでしょうね。その思いを息子である小倉さんに託されたというわけですね。
小倉
そうですね。また祖父の話なのですが、アメリカの進駐軍が日本にやってきたときに、扱っているものが爆弾だということで、祖父の工場を訪れ、様々な質問をしてくるわけですね。祖父はその時、コミュニケーションがとれずに苦労して、英語の必要性を強く実感したのでしょう。そのせいか私に、英語を勉強しろ勉強しろと、口やかましく言っていましたね。
村山
そして、その初志を貫徹し、外務省に入られたわけですが、そちらではどのようなお仕事をされてきたのでしょうか。
小倉
まずは、欧米諸国に対する“経済外交”。G7、G8などといった主要国首脳会議、すなわちサミットの運営などに携わりました。そして“アジア外交”を担当していた際には、日中国交正常化にも従事しましたし、ベトナムやパキスタン、韓国にも駐在しました。さらに“文化交流”を担当した際には、各国に文化センターを作るなど、いわゆる国際交流のインフラ整備を行ってきました。
村山
国際交流基金の理事になられたのは、どのような経緯だったのでしょう。
小倉
退官後は、青山学院大学の教鞭を採り、学生に日本の外交史や外交論を教えたり、自分で小さな会社を立ち上げ、国際交流を促進する仕事をしたりしていたのですが、そんな中、外務大臣からお声が掛かったのです。いわゆる“民”に就職していましたし、自分の会社もあるので迷ったのですが、自らの経験を生かし、それを次の世代に伝えていく意義を思い、その話をお受けしたのです。現在でも、大学では教鞭をとっているのですが、自分の会社は休止させています。
日本の文化的伝統は世界で分かち合うべきもの
村山
これまでも数多くの機関で、日本と諸外国との間での文化交流が進められてきたと思いますが、それらの動きは小倉さんの目にはどのように映っているのでしょう。
小倉
“日本のことをもっと世界に知ってもらおう”というスタンスには、とても消極的な印象を感じています。要するに周囲の国は、日本のことを誤解している、もっと理解してほしい、という受動的なアプローチに見えてしまうのです。そうではなく、もっと自信を持つべきだと思うのですね。日本の文化的伝統はすばらしいもので、これは世界で分かち合うべきものであるといった具合に。
村山
歌舞伎などといった伝統芸能や、由緒ある神社仏閣を、ということですか。
小倉
そういった目に見えるものばかりではなく、例えば日本の経済発展の秘訣であるとか、被爆した経験や、平和、自然に対する考え方など、日本ならではの経験や知識、そして思いを伝える“知的交流”こそ有効な手段だと思っています。
村山
なるほど。そう考えますと、確かにまだまだ発信しきれていない情報がたくさんあるような気がします。
小倉
さらに一方的に発信をするだけではなく、やはり、その相手側の受信能力を高めることも重要になってきます。日本の文化が受け入れられる土壌作りをするということですが、相手の国のメンタリティや趣向を理解して、それにしっかりハマるようなやり方で発信する必要があるということです。周波数が違えば、相手の受信機に届きませんからね。例えば、歌舞伎をフランスに持っていくのであれば、まず「モリエール」を理解しよう、イギリスに持っていくのならば「シェークスピア」を理解しよう、ということです。理解を深めることで、必ずや共通項を見出すことができるはずですから。
村山
各国の文化の根底には、なにか一貫して通ずるものがあるということですね。それこそ、人間を動かすことのできる力があるというか。
小倉
その通りですね。最近、日本の文化活動を通じて平和に貢献していこう、という動きがあります。例えば、インドネシアの難民キャンプにいる子どもたちに、演劇を見せるのですが、それだけでなく“あなたたちもやってみませんか”と働きかけるのです。すると内戦で敵対していたはずのグループの子どもたちが、一緒に演劇をすることで仲良くなっていく……。世界じゅうの人が共有することのできる文化には、このように人の心を動かす力があり、小さな一歩ながらそこから平和な世界を築くことができる、そんな可能性に満ちているということなのです。
日本文化を世界に浸透させるために、日本語の普及と研究者の育成に注力
村山
今、お話された“日本文化を通じた平和貢献”というのも、国際交流基金のミッションのひとつなのでしょうか。
小倉
その通りです。現在、私ども国際交流基金が推進する活動の中で、主軸となっているのが、まず「日本語の普及」です。現在では約120カ国、500万人もの外国人が日本語を習っていますが、さらに拡大を図り学習者の能力を高めるために、教師の育成、派遣を推進しています。続いて注力しているのが「日本の研究者の育成」。これを遂行するために、現地の大学の日本研究学科を拡充し、教授を派遣したり図書を寄贈したりするなどのインフラの整備を行わなくてはなりません。研究者が増えれば、おのずと日本を理解する人が増加していきますので、こちらも重要な活動のひとつといえます。
村山
なるほど。日本の文化を浸透させるためには、そのベースの部分からしっかりと、ということなのですね。
小倉
その上で、日本の文化を世界へ発信していくわけですが、日本人の感性を理解してもらうためには、先にお話しました“知的交流”だけではダメだと思っています。要するに頭で理解するだけでなく、心で理解してもらうことが必要だということです。そのために、美術、伝統芸能、映画、アニメまで、古いものから新しいものまで用意し、幅広い年齢層の人たちの心に働きかけていきたいと思っています。まだ他にも、様々な新しい活動を着々と進めているところです。
村山
それは、どのような活動でしょうか?
小倉
例えば、最近では、日本の技術で再生した布で作った服のファッションショーを実施しました。これはもちろん、エコに対する意識を高めることが目的のひとつでもありますが。また、日本の最新テクノロジーを駆使して、日本の文化財と寸分狂いのないレプリカを作って、海外に持っていって展示するという活動も実施しました。これは、日本の科学技術と同時に文化財も紹介できる、そして、その科学技術が文化財保存にどのように役立つかという方法論も提示できるのです。このように、単に日本を紹介するだけといった、いわゆる古いタイプの文化交流でなく、そこから一歩先にある、新たな価値が見出せるような、次世代の文化交流スタイルを構築して、積極的に推進していきたいと思っています。
村山
とてもユニークな活動が増えているのですね。ところでJNTOとの協力体制はどのような形になっているのでしょうか。
小倉
互いに情報を共有したり、出先機関の事務所をシェアするということはあります。しかし、文化交流は観光と違って商業的要素。そこをどう考えるかは難しいところもあります。これから方向性を確立していく、といった段階ですね。
村山
そうですか、わかりました。今日はお忙しい中、お時間をいただき誠にありがとございました。貴重なお話をたくさん伺えたことを感謝します。
国際交流基金:http://www.jpf.go.jp/j/
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