インバウンドコラム
デスティネーションマーケティングや観光施策に取り組む現場では、常に多くの選択肢とタスクに囲まれながら、「次に何を打つべきか」という判断が求められる。
今回は、国内外のデスティネーションマーケティングに長年携わるINDIGO合同会社の府川氏を講師に迎え、地域資源を旅行市場に商品として流通し、地域経済と社会持続性につなげる「ツーリズム・デスティネーション・マーケティング」の基本概念と考え方について解説していただいた。

DMOは地域を販売し、事業者は旅をつくる
府川氏はまず前提として、「トラベル」と「ツーリズム」という言葉の違いについて、次のように説明する。
「トラベル」:旅行者1人1人の個別の旅行
「ツーリズム」:地域住民や地域産業を巻き込み、旅行(トラベル)がその媒介となって感動や経済効果を生み出すコミュニティの総体
その上で、ツーリズム分野におけるデスティネーションマーケティングの最大の目的は、地域の資源を商品化してターゲット市場に需要を創出し、それを地域の経済と豊かさの持続、つまり持続可能性につなげることと話す。
この枠組みにおいて、DMOが売る商品は「地域」そのものであり、その地域の中に様々な事業者やツアーオペレーターが存在することで、個々の「旅の商品」が形成される。 地域を売り出していく際には、これらの旅の商品がターゲットとする旅行市場において流通商品として展開されている必要がある。予約、販売、運営が可能な商品が存在して初めて、関わる自治体、観光団体、地域事業者、そして投下されるマーケティング予算が実を結ぶことになる。
「マーケットイン×プロダクトアウト」の融合で創る地域の成果
地域団体やDMOは全体で「マーケティング」を行い、地域に対する現在と将来の需要を創出する。一方で、個別の事業者は、その創出された需要の中で「プロモーション(販売促進)」を行い、自社の魅力で顧客を獲得し、購買拡大を図るという棲み分けが重要である。
このように役割を明確にすることで、効果的にビジネスを成立させることができる。

つまり、地域団体やDMOが「マーケットイン」の視点で地域に合った潜在需要を作り出し、その需要の中で地域ビジネスが「プロダクトアウト」の形で顧客を獲得していくという、両者の掛け合わせの考え方が重要となる。
静岡県のするが企画観光局の事例では、夏場は、日本茶を使った「茶氷(ちゃごおり)」として、地域内の60店舗以上がオリジナルレシピによるかき氷を展開しており、秋冬には「するがヌーン茶」として、30店舗以上が取り組んでいる。
これにより、「茶氷やするがヌーン茶を楽しみにその地域へ行ってみたい」という、現在と将来の需要を創り出している。
また、地域全体で連携して取り組むことで「複数の店舗で幅広い茶氷を体験できるから、また訪れたい」と感じさせる相乗効果を生み出している。同時に、各店舗は自店の強みを活かし、「気軽に利用できる」「また来たい」と思わせる工夫によって、着実に顧客を獲得しており、地域ブランドとして、消費者に認識され、地域ビジネスの参画拡大にもつながっている。
DMOの役割と地域の観光を持続させるための選択
DMOの実務では、地域や事業者がDMOに対して最も必要としているサポートが何かを見極めることが重要である。具体的には、地域資源の「商品化」を起点に地域内外の経済をつなぎ、地域社会の持続性へと結びつける視点が求められる。
予算を投下して「やる・やらない」の判断をするには、国内外の市場予測や、施策の有効性・実効性を見極める基準が必要である。
関係者が共通認識のもと連携し、価値を創出していくことが持続的な観光地域づくりにつながる。

地域が抱えるリアルな課題と解決へのヒント
デスティネーションマーケティングに対する日本と海外の考え方・捉え方の違い
デスティネーションマーケティングの基本的な考え方は、日本も海外も同じであるが、日本ではまだ十分に浸透していない。その理由は、日本が本格的な訪日旅行先として認識され始めたのが2013〜15年頃と比較的最近であり、この約10年で一気に、かつ自然発生的に需要が拡大したためだ。
一方、東南アジアや欧米では、観光が経済の柱として位置づけられ、早くから専門省庁や観光局、専門教育を受けたスタッフによる本格的なマーケティング活動が実践されてきた。そのため、マーケティング分野においては海外の先進的な取り組みから学ぶべき点が多いと言える。
広域DMOの役割:スケールメリットを活かしたデータ活用と市場開拓
広域DMOとしての取り組み方は、 移動データなどを活用し、旅行者の前後の動線を把握することが有効であり、すでに知名度のある観光地をフックにして周辺への周遊を促す取り組みも実効性が高い。
さらに、海外市場におけるマーケティング機会の創出も広域DMOの重要な役割である。米国の海外旅行博「LATAS」において、広域DMOが構えたブースに県が参画して共同宣伝を展開する事例もあり、広域の枠組みを活用して共同出展することで、効果的に存在感を示せるメリットがある。
知名度ゼロ・予算減の地域の生存戦略:まずはBtoB連携から
「海外知名度がなく予算も減る中、何から始めるべきか?」という質問に対し、府川氏はまずBtoBを中心に取り組むことを推奨する。
知名度がない地域ほど、地域の価値を理解してくれる海外の優良市場層を顧客に持つ高質な旅行会社のツアー商品に組み込まれることで、「ここは良い場所だ」と質が担保される。また、旅行会社が持つ顧客層に対して、その地域が「顧客の求める感動を味わえる目的地」であるとアピールする機会にもなる。
ソーシャルメディアを見て個人で訪れる層も増えているが、そこへ施策を組むと、ターゲットの枠が大きくなりがちになる。そのため、まずはBtoB、そして、移動も含めてすべて手配されたツアーを好む層から取り込んでいく手法が良いとのことである。
効果の可視化:マーケティング予算の「成功指標」をどう定義するか
府川氏は、訪問者が旅行先となる地域にもたらす価値を測る指標として、「旅行1回あたりの支出額」や「宿泊日数」、「その地域のツアーや商品を扱う旅行会社の数」や「旅行者の地域内における訪問先の分散度合い」などを始めとし、かつ、旅行による総合的地域経済効果を挙げた。
これらを独自に測り可視化するのは困難であるため、日本観光振興協会も関与する観光地域診断ツール 「DestinationNEXT」など、海外の先進的な国際水準サービスの活用を推奨している。
日本でも導入事例が複数あり、国際水準の指標環境のもとで全体を可視化して数値的に分析・評価した上で、「やる・やらない」を判断するのが最も無駄がない方法だと述べた。
AI時代の次世代CRM:これからの顧客データ整備のあり方
従来は地域主体で顧客情報を集積し、リピート需要を創出するのが一般的であった。しかし現在は、旅行者のニーズや希望に合わせて、AIが最適なプランをアシストして提案する状況が始まっている。
そのため、これからは従来のCRMのような顧客データの集積よりも、「AIに自分の地域を提案してもらえる形」へと自地域のデータをきちんと整理し、蓄積していく「データ整備」がより重要になると府川氏は述べてセミナーを締めくくった。

DMOが潜在需要を創出し、地域事業者が自社の強みで顧客を獲得するという役割分担と連携が、相乗効果を生み出す鍵となる。また、限られた予算や環境の中で成果を上げるには、国際水準の客観的な指標を用いて「何をやるか・やらないか」を的確に見極めることが不可欠である。 DMOと地域の役割分担を明確に理解し行動することで、地域の価値を最大化する「ツーリズムデスティネーションマーケティング」に繋がるのではないだろうか。
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