インバウンド特集レポート

訪日客数6000万人、現場の7割が「自分ごと」 一方で浮かぶ地方分散と受け入れの課題

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「訪日客数6000万人」という数字に、観光の現場は現実味を感じ始めている。

3月に閣議決定された「第5次観光立国推進基本計画」で改めて示された、2030年までの目標。かつては「遠い未来」だった数字が、いよいよカウントダウンのフェーズに入った。

では、迎える側はどこまで準備が進んでいるのだろうか。やまとごころ.jpが実施したアンケートからは、インバウンド需要に沸く一方で、受け入れ体制や収益化の壁に直面する、観光現場の「期待と焦り」が見えてきた。本稿では、調査データからそのリアルな裏側に迫る。

 

7割超が「訪日客数6000万人」を自分ごと化

「観光立国推進基本計画の目標をどの程度『自分ごと』として捉えていますか」という設問に対し、「非常に自分ごと」と捉えている層は49.34%、「やや自分ごと」は25.00%であり、合わせると約74%に達する。今回の回答者に50~60代の経営層が多いことも影響している可能性があるとはいえ、多くの読者が「自分たちに関係する話」として受け止めていると言えるだろう。

 

客数・売上増の裏で、利益改善は3割止まり

「現在、自地域や自事業においてインバウンド需要増の恩恵を感じているか」との設問には、「強く感じている」層は38.16%、「やや感じている」層は32.89%であり、合計で約7割が何らかの恩恵を実感している。

「具体にどういった点で恩恵を感じるか」と尋ねたところ、「訪日客数の増加」が64.81%、「売上の増加」が59.26%と高い数値を示している。一方で利益の増加を感じている層は29.63%にとどまっており、客数や売上の伸びが必ずしも収益性の向上に直結していない実態が明らかになった。

また、同設問の「その他(3.7%)」に寄せられた自由記述回答に目を向けると、数値化は難しいものの、多様な波及効果を実感する声が届いている。実務面での「仕事が増えた」(旅行/会社員)だけでなく、「日本という国自体のブランド向上」(製造/会社員)を実感する意見や、日常的に海外の人と接することで「国際感覚が磨かれる」(ガイド/個人事業主)といった、地域や組織のソフト面の変化をポジティブに捉えるコメントも見られた。

 

「地方は恩恵を受けられない」、現場が描けない“地方分散”の未来

続いて、「観光立国推進基本計画で掲げられた目標達成時にその恩恵を最も得られる対象」について尋ねたところ、44.08%が「既に大勢が訪れている大都市圏」を挙げた。次いで「一部の戦略的に取り組む地域」が22.37%、「大都市圏以外の有名観光地」が18.42%と続く。対照的に「観光地ではない地方部」との回答は0%であり、政府が地方分散や地方への誘致を重点目標として掲げるものの、地方部に恩恵が広がるイメージは、現場ではまだ共有されていない。

 

「行きたくても行けない」、地方誘客を阻む二次交通の壁

「インバウンドの恩恵が地方部に広がらない理由」として、現場は複数の深刻な課題を指摘している。最も回答が多かったのは二次交通の不足で63.82%に達し、次いで認知不足が59.21%、受入施設・設備のキャパシティ不足が53.29%、人手不足が46.05%と続いている。

また、同設問の「その他(15.13%)」における自由記述の回答からは、ハード面だけでなく「構造的な歪み」や「戦略のズレ」を指摘する声も多く寄せられた。

「デスティネーションがどこも似通っており、個性的なデスティネーションとしての魅力がない」(ガイド/全国通訳案内士)点や、「初訪日客に地方部へ来てくれというのは幻想である」(旅行/会社員)といった、ターゲットと商品のミスマッチを指摘する意見が見られる。

さらに、「既得権に汚染された交通事情」(ガイド/個人事業主)や、「大手資本への依存による消費の地域外流出」(属性回答なし)、さらには「インバウンドに対する無理解」(旅行/経営者・役員)といった、観光振興と地域社会の歪みについての言及も目立った。

移動手段の確保や情報発信、受け入れ基盤のすべてにおいて、地方部では観光インフラ面の課題が大きいと認識が強い。

 

「受け入れたいが受け切れない」、供給制約のリアル

「目標に対して実際に対応・実行できる状態にあるか」という問いでは、訪日客数・リピーター数・消費単価のいずれの項目においても「十分できている」との回答は1割に満たず、多少はできている」と合計しても40%程度となっている。

「備えや対応ができていない具体的な理由」としては、人手不足が54.55%、外国語対応の未整備が51.95%、商品・観光コンテンツ不足が50.65%と上位を占めている。現場には受け入れの意欲がありつつも、実務面での供給制約が大きな障壁となっている。

さらに、同設問の「その他(11.69%)」に寄せられた自由記述からは、リソース不足以前の「意識の乖離」を指摘する声も目立つ。

具体的には、「インバウンドに関する、興味・関心が希薄」(DMO/公務員・団体職員)であることや「組織としてのレベルが低すぎる」(地方自治体/公務員・団体職員)といった内部体制への厳しい評価に加え、「主産業が観光ではない」(観光資源開発/経営者・役員)ために優先順位が上がらないといった構造的課題が挙げられた。

また、「オーバーツーリズムにより住民に迷惑がかかっているため政策を推奨できない」(観光施設・アクティビティ/会社員)という切実な声や、「二重価格などの施策が持続可能か不明」(観光関連団体/個人事業主)といった先行きへの不透明感も、慎重な姿勢につながっている様子がうかがえる。

 

「訪日客数6000万人」は現実的なのか?

続いて、「各目標の実現可能性」について尋ねたところ、項目ごとに判断が分かれた。「訪日客数6000万人」や「消費額15兆円」、「1人当たり消費単価25万円」については6割近くが現実的と捉えているが、「地方部での外国人延べ宿泊者数1億3000万人泊」については「やや難しい」「非常に難しい」とする回答が目立つ。

訪日客数や消費額の拡大には一定の現実味があると受け止められている一方で、地方への分散(1.3億泊)については現場の視線は非常に厳しい 。「6000万人のためには航空便を現状の1.5倍に増便することが絶対条件。着地側のみに注力する国のスタンスは残念」(旅行/経営者・役員)といった、根幹となる交通インフラの整備を置き去りにした数値目標への疑問が呈されている。

 

数字だけが先行、約8割が感じる政策と現場のギャップ

さらに、「観光立国推進基本計画の方向性と現場の実態とのギャップ」について尋ねると、合計で約80%がギャップを「大きい」と感じていることがわかった。内訳は「非常に大きい」が26.24%、「やや大きい」が53.90%である。

ただし、そのギャップの捉え方や、地域ごとに抱える課題の深刻度には温度差があるとの指摘もある。

「個々の地域で課題が異なるため、全国一律のアクションは難しい。現状を把握した上での中長期的な戦略が必要だが、地域や業界によって温度差がある」(旅行/会社員)という冷静な意見や、「地方への分散は思いのほか進んでいないかもしれないが、中核都市やリゾート地域には確かにインバウンドが拡大している」(観光関連団体/公務員・団体職員)という声もあり、地域ごとの実態に即したきめ細かな施策の必要性もうかがえる。

「理想」と「現実」が噛み合わない、現場が訴える4つのズレ

「現場とのズレを感じる具体的な場面」について書かれた自由記述から見える「現場とのズレ(ギャップ)」は、大きく4つに整理できる。

第一に、「高付加価値」や「富裕層」といった言葉や数値目標だけが先行し、実態は単なる値上げや、補助金を使った事業乱立に終始し、本質的な価値提供につながっていないとの懸念。第二に、地方分散を掲げる一方でバスや地方鉄道の維持すら困難で、インフラが追いついていないという実態。第三に、一般市民には物価高やマナー悪化などの負担が強いられている状況への疑問。そして第四に、白タクの横行など観光の「質」や「安全」に対する危機感だ。

次に、こうした全体像を裏付ける、具体的でリアルな声を紹介する。

政策・補助金事業に頼った表面的な「高付加価値化」の実態

「高付加価値化がいつまでたっても単なる高額化(不当な値上げ)にとどまっている」(旅行/会社員)という批判や、「ターゲットとしている富裕層は、実際には誰も行かないようなローカルでディープな体験を求めている。しかし、国や地域が開発に力を入れるのは団体客を受け入れるような観光名所ばかりで、期待値とのギャップが現場でのズレとなっている」(観光施設・アクティビティ/個人事業主)という声が挙がっている。

また、いまだに国としてのプロモーションが「トーキョー、キョウトばかり」(地方自治体/公務員・団体職員)であることへの不満も根強い。

地方分散の壁:二次交通とインフラの圧倒的不足

「圧倒的に、日本の魅力は地方にあると思い、魅力的な施設づくりを行っているが、2次交通をどうするのかが大きな課題。最寄り駅といっても駅前にタクシーがないところだらけ」(宿泊/経営者・役員)という切実な訴えがある一方で、「ほぼ満席で運行されているJR線廃止の方針が見直されることもなく既定路線として進んでいる」(地方自治体/地域おこし協力隊)といったインフラ維持への危機感も強い。

さらに、「タクシー業界の強いロビー活動による地方交通手段改善への大きな障壁」(旅行/会社員)を問題視する意見も寄せられた。

オーバーツーリズムと地域住民の疲弊

「恩恵を受ける業界が偏っていて、恩恵を受けない一般市民はむしろ迷惑感を強くしている」(旅行/通訳案内士)という意見や、観光地化が生活圏にまで及んでいることへの悲痛な訴えも寄せられた。

沖縄に住む回答者からは、「物価高に苦しみながら消費税を負担して生活する地元住民の傍らで、円安と免税を背景に、値段を気にせず買い物を楽しむ訪日客が共存している。生活の場である住宅街にまで広がるこの光景が、本当の『観光立国』の姿なのか」(金融/会社員)という、日常の場で生じている深刻な不公平感と違和感を問う声が上がっている。

また、「とにかく質の悪い訪日客が多くなっている」(ガイド/個人事業主)として、マナー低下や混雑への対策として観光税の導入などを提案する意見も見られた。

制度の矛盾と「質・安全」への懸念

急激な需要拡大に対し、制度や取り締まりが追いついていない現状への危惧も露呈している。「皇居前で白タクをしている場面を複数回見た」(旅行/個人事業主)という具体的な報告や、「国は数を増やす戦略で規制緩和を推進しているが、それに伴う現場の安全管理や質の維持が追いついていない」(ガイド/個人事業主)という指摘が上がっている。プロモーション先行の政策に対し、「現場の実態や、実務に関わる専門家の声を拾う仕組みがない」(ガイド/個人事業主)という声もあり、安全管理やルール運用が追いつかなくなることへの懸念も伺える。

 

現場が求めるのは「6000万人」ではない、地方に利益が残る仕組みづくり

「今後のインバウンド戦略として最も重視すべき項目」では、地方への波及が36.88%、持続可能性が34.75%と上位を占めた。一方で、訪日客数などの「数」を重視する回答は4.26%にとどまっている。

さらに、同設問の「その他(8.51%)」に寄せられた自由記述では、単なる誘致を超えた「質」や「共生」への視点が際立っている。

具体的には、「質、バリュー、独自性」(観光施設・アクティビティ/経営者・役員)や「観光産業の収益構造の見直し」(観光資源開発/経営者・役員)、「民間視点では粗利(売上ではなく)」(旅行/経営者・役員)といった、収益の質的向上を求める声が目立つ。また、「Regenerativeな未来を共に創ること」(ガイド/経営者・役員)や「お客さんと住民の両方の満足度をあげる施策」(旅行/会社員)といった、持続可能性や地域社会との調和を重視する意見も多い。

 

国への期待は「受け入れ基盤」の支援、二次交通・人材・制度整備への切実な要望

続いて「政府や国からの支援が必要だと考える項目」についても、二次交通の整備や人材確保・育成が上位に挙がっており、単なる誘致プロモーションではない、観光地としての持続可能性を高めるための実効性ある支援が求められている。

同設問の「その他(12.6%)」における自由記述では、既存の支援枠組みを超えた踏み込んだ要望が並んだ。

インフラ・交通面では「全ての交通機関を対象、あるいは元JR路線を含む交通パスの販売。三セク化や廃線を理由に地方部にJRパスで行けないエリアがあるのを深刻に捉えるべき」(地方自治体/公務員・団体職員)といった広域パスの改善や、「バス規制の緩和」(旅行/経営者・役員)、「都市間高速移動をより便利で安価にする事」(旅行/会社員)、「ハード整備への支援」(地方自治体/会社員)など、移動の利便性向上を求める声が具体的だ。

また、ソフト面や制度設計への注文も多い。「来日客の日本文化へのリスペクト啓蒙活動」(宿泊/会社員)や「外国人ガイドの規制」(ガイド/個人事業主)といったマナー・質に関わる要望が挙がった。「台湾のようにガイド養成費を国庫負担する」(ガイド/経営者・役員)という育成策や、「二重価格などの具体的なルール整備」(旅行/会社員)を求める声も多い。

さらに、業界の健全化を求める視点として「既に経営悪化している企業への支援を止め、淘汰をしていかないと業界が活性化しない」(宿泊/経営者・役員)という厳しい指摘や、「各地域の観光収益構造見直しのためのレクチャー」(観光資源開発/経営者・役員)、「地銀・信金の育成/支援」(観光開発/経営者・役員)といった経営力の底上げを求める声が寄せられた。中には「円高誘導」(観光施設・アクティビティ/経営者・役員)といった、国策そのものへの根本的な要望も含まれている。

 

まとめ:「6000万人」の時代に、どんな観光立国を描くのか

今回のアンケート結果からは、観光現場が政府目標を自分ごととして重く受け止めつつも、深刻な人手不足やインフラの未整備といった供給制約に苦慮している姿が浮き彫りとなった。

さらに、読者へのアンケート結果からは、目標数値だけが独り歩きすることへの強い危機感が溢れている。航空便の増便やライドシェアの合法化といった「航空・二次交通の物理的限界」に対する抜本策を求める声に加え、「外資系施設ばかりが利益を得ている」(宿泊/経営者・役員)という構造的欠陥への指摘。また、白タクや無資格ガイドの横行に対し「行政・警察による厳格な取り締まり」(旅行/経営者・役員)を求めるなど、安全性やサービス品質の低下を懸念する声も切実だ。

6000万人時代を持続可能なものにするには、単なる数値の追求ではなく、現場が抱える供給の壁を打破し、地方まで恩恵が届くための具体的な仕組み作りが急務となる。

さらに、インバウンド一辺倒ではなく「日本国民の休み方改革」(旅行/会社員)などにも目を向け、自国民に愛され、地域が誇りを持てる「観光立国」の姿を再定義しなければならない。現場の声に基づいた、官民一体の地に足の着いた取り組みが今こそ問われていると言えるだろう。

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「観光立国推進基本計画(第5次)」に関する調査概要
調査実施時期:2026年4月15日~4月28日
調査対象:やまとごころ.jp読者(N=152)
調査手法:オンライン
アンケート回答者属性:

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