インバウンド特集レポート
コロナ禍を経て急回復するインバウンド市場。その一方で、地域では混雑や人手不足、地方分散の難しさなど、新たな課題も顕在化している。2026年3月に公表された「第5次観光立国推進基本計画」は、こうした現場の変化を踏まえ、都市部の回避や地方分散による「持続可能な観光」へと観光政策の軸足を動かした目標を設定した。
本記事では、第4次計画との違いやKPIの変化、現状とのギャップを整理しながら、観光事業者が今後5年の戦略をどう読み解くべきかを考える。
第5次観光立国推進基本計画の全体像「旅行者と住民生活の両立」を軸に再設計された5年間
全体の概要
2026年3月27日に閣議決定された観光立国推進基本計画(第5次)は、2026年度から2030年度までの5年間を対象とする政府の中期計画で、「今後5年間、日本の観光をどの方向に進めるか」を示すものだ。
計画は、「インバウンドの戦略的誘客と住民生活の質の確保の両立」「国内交流・アウトバウンド拡大」「観光地・観光産業の強靱化」の3本柱で構成される。
象徴的なのが、目標の置き方だ。2016年制定の「明日の日本を支える観光ビジョン」で掲げられた訪日客6000万人、消費額15兆円という大枠は維持されているものの、第5次ではその達成プロセスに関わるKPIが見直された。
2020年までの目標を定めた第3次計画で掲げられていた訪日リピーター数(2020年までに2400万人)や地方部延べ宿泊者数(同7000万人泊)は、より高い目標値で再設定された。さらに、訪日外国人旅行消費額単価は、第4次で掲げられた目標(2025年までに20万円)を達成したことを受けて、2030年の6000万人、消費額15兆円をベースとした「消費単価25万円」が掲げられている。
第4次計画が設定された2023年以降、訪日需要が急速に回復する一方で、都市部への集中や混雑、マナー問題、人手不足といった課題も顕在化した。こうした状況を踏まえ、第4次計画でも「持続可能な観光地域づくり」は掲げられていたが、第5次では「持続可能性」という概念を具体化し「誘客と住民生活の質の確保との両立」を政策目標として明確に打ち出した点が特徴となっている。
第4次計画と第5次計画の違い
第4次計画との違いとして見逃せないのが、観光産業の位置付けの変化だ。第5次では、観光が自動車産業に次ぐ「第2の輸出産業」である現状を踏まえ、地域経済や日本経済の発展を支える「戦略産業」として初めて明記された。同時に、国内旅行についても、日本国内での旅行消費額全体の約7割を占める不可欠な市場と位置付け、2030年までに国内旅行消費額30兆円を目指す方針を打ち出している。
また、アウトバウンド(日本人の海外旅行)も、新たな柱として位置付けられた。第5次では、過去最高値超えを目標とするだけでなく、国際相互理解や人的交流の促進、航空ネットワークの維持・強化、さらにはインバウンド拡大にもつながるものとして、その意義が改めて強調されている。
第4次計画の目標達成度合いは? インバウンド回復の一方、地方分散とアウトバウンドには課題
まずは、第4次計画(2023年度〜2025年度までの3年間が対象)で設定された9つの目標と、それに対する2025年時点での達成状況を確認していこう。
第4次計画で掲げられた9項目のKPIを見ると、インバウンド関連指標は総じて大きく回復・成長した一方で、地方分散やアウトバウンドについては課題が残る結果となった。
「2.訪日外国人旅行消費額」は、2025年までの目標の5兆円を大きく上回り、過去最高となる9.5兆円を記録した。背景には、コロナ収束後の旅行需要回復に加え、円安や物価上昇を背景に旅行消費額単価が大きく上昇したことがある。
「3.訪日外国人旅行消費額単価」も旅行者一人当たり20万円の目標を超え、2025年には22.9万円まで上昇した。訪日市場の多様化や高単価市場の拡大も影響したと見られる。
「5.訪日外国人旅行者数」も、第4次で掲げられた「2019年水準超え」を2024年時点で達成し、2025年には4268万人と過去最高を更新した。インバウンド市場は、コロナ禍を除けば再び成長軌道に戻ったことがうかがえる。
一方で、「4.訪日外国人旅行者一人当たり地方部宿泊数」は、目標の2泊に対し2025年実績は1.4泊にとどまった。訪日客数は回復したものの、都市集中の構造は大きく変わっておらず、地方滞在の難しさが改めて浮き彫りとなった。第5次では独立したKPIから外れたものの、実質的には同水準の目標が維持されている。
また、「6.日本人の海外旅行者数」も、目標の2008万人超えに対し、2025年は1473万人と約7割の水準にとどまった。円安による旅行費用の上昇、休暇取得の課題などが影響した一方、若者の国際交流促進などを背景に、緩やかな回復傾向も見られている。
「8.国内旅行消費額」は、目標の20兆円を大きく超え、2025年には26.8兆円まで拡大。ただし、背景には旅行者数の回復だけでなく、物価上昇による旅行単価上昇の影響も大きい。国内旅行市場は回復したものの、人数増による成長とはやや性質が異なる。
さらに、「9.日本人の地方部延べ宿泊者数」は3.2億人泊の目標に対し、2025年は3.0億人泊と約9割にとどまったものの、国内市場が地方観光を下支えしている構造は依然として強いことが分かる。
そのほか、「1.持続可能な観光地域づくりに取り組む地域数」は、地域数自体は目標の100を上回った一方、国際認証・表彰地域数は未達となった。
また、「7.国際会議開催件数割合」については、日本がアジア最上位を維持しており、MICE分野でも国際競争力の回復が進んでいる。
第5次計画で掲げられた目標は? 新たなKPIから見える“持続可能性”重視への転換
第5次計画では、11の目標が掲げられた。第5次計画では、単なる「訪日客数の拡大」だけではなく、観光による地域負荷や産業構造まで含めた持続可能性が強く意識されるようになった。
目標は、大きく「インバウンド」「国内旅行」「海外旅行(アウトバウンド)」「観光産業」の4領域に整理できる。
インバウンド分野では、「2.訪日外国人旅行者数(2030年までの目標値6000万人)」「4.訪日外国人旅行消費額(同15兆円)」に加え、「3.リピーター数(同4000万人)」「5.訪日外国人旅行消費額単価(同25万円)」「6.地方部における訪日旅行者の延べ宿泊者数(同1億3000万人泊)」といった目標が掲げられた。特に、リピーターや地方滞在の拡大を通じて、消費単価の向上と都市集中の緩和を同時に進める方針が色濃い。
一方で、2025年時点の進捗を見ると、「訪日外国人旅行消費額単価」は22.9万円まで上昇し、目標に近づいている一方、「地方部延べ宿泊者数」は、目標の1.3億人に対し、現状は半分未満の5873万人泊にとどまり、地方分散の目標達成へのハードルの高さも浮き彫りとなっている。
国内旅行分野では、「8.国内旅行消費額(同30兆円)」「9.日本人の地方部延べ宿泊者数(同3.2億人泊)」が目標として掲げられた。国内旅行消費額は2025年時点で26.8兆円まで回復しているが、その背景には旅行需要回復に加え、物価上昇による単価増の影響も大きい。人数増による成長とは異なる点には注意が必要だ。
海外旅行(アウトバウンド)では、「10.日本人の海外旅行者数(同2008万人超)」が維持された。2025年実績は1473万人にとどまり、円安や旅行費用高騰の影響もあり、回復は道半ばの状況にある。
さらに観光産業分野では、「1.観光客の戦略的な誘客と住民生活の質の確保との両立に取り組む地域数(同100地域)」が、持続可能な観光に取り組む地域数に代わる形で、新たな目標として掲げられた。他に、「11.宿泊業が創出した付加価値額(同6.8兆円)」がKPIとして設定された。前者は深刻化するオーバーツーリズム対策、後者は賃上げや施設改修などの再投資につながる「稼げる観光産業」への転換を意識した指標で、第5次計画を象徴する項目と言える。
第5次計画の3本柱を読み解く 地方分散、アウトバウンド、観光産業強靱化へ広がる政策領域
第5次計画では、単に「どれだけ人を呼ぶか」だけでなく、観光需要の拡大を地域や産業として持続可能な形で受け止められるか、という視点が強まった。実際、施策内容を見ても、オーバーツーリズム対策、国内交流・アウトバウンドの再評価、人材不足や災害リスクを踏まえた観光産業の強靱化など、観光の基盤整備に関わるテーマが数多く盛り込まれている。では、具体的に何が変わったのか。3つの柱ごとに見ていく。
1.インバウンドの戦略的誘客と住民生活の両立について
第5次計画では、インバウンドを「地方経済や日本経済を支える成長産業」と位置付ける一方で、都市部を中心に深刻化した混雑やマナー問題への対応が、これまで以上に強く打ち出された。第4次でも持続可能な観光は掲げられていたが、第5次では「住民生活との両立」が初めて政策の中心テーマとして明示された点が大きな変化だ。
観光庁は、オーバーツーリズム対策について、「インバウンドを減らす」のではなく、「恩恵を受け切れていない地域へ分散しながら成長させる」方向性を強調している。そのため、過度な混雑やマナー違反への対策を強化しつつ、地方分散や高付加価値化を進める方針が打ち出された。
具体策としては、富士山の入山規制や予約制導入、ICTを活用した混雑状況の見える化、スマートごみ箱や撮影スポット整備など、地域ごとの実情に応じた対策がより具体化された。また、民泊の適正運営や医療費不払い対策、不法滞在者対策など、「インバウンド増加に伴う新たな課題」への対応も新たに盛り込まれている。
加えて、地方分散を支える交通整備も強化された。「交通空白」対策として公共ライドシェア導入を推進するほか、LRTや連節バス、さらには「空飛ぶクルマ」を含めた新たな輸送手段の検討も打ち出された。
さらに、量的拡大だけでなく、「誰に来てもらうか」という視点も強まっている。デジタルノマド誘致やアニメ・ゲーム等を活用したファンダムツーリズム、食文化の担い手を表彰し国内外へ発信する「食の至宝」顕彰など、高付加価値・長期滞在型の観光コンテンツ開発が強化されている点も特徴だ。
2.国内交流・アウトバウンド拡大について
第5次計画では、国内旅行とアウトバウンドを「インバウンド偏重を補完する土台」として再評価する姿勢が鮮明になった。観光庁は、日本人国内旅行消費額が国内旅行消費全体の約7割を占める点を重視し、「持続的な観光発展を支える市場」と位置付けている。
また、アウトバウンドについても、経済効果だけでなく、国際相互理解や人的交流の促進、航空ネットワーク維持など、社会的・外交的な意義を持つものとして、その重要性が改めて強調されている。
具体策では、「休み方」そのものへのアプローチが増えた点が特徴的だ。平日に親子で校外学習を行う「ラーケーション」の推進や、休暇を取得して外出や旅行などを楽しむことを積極的に促進する「ポジティブ・オフ」運動による休暇取得機運の醸成など、旅行需要平準化を意識した施策が盛り込まれた。一方、第4次で使われていた「キッズウィーク」や「平日旅行需要喚起キャンペーン」といった言葉は、より生活者視点の制度設計へ移行している。
また、「第2のふるさとづくり」は、「二地域居住」や「関係人口創出」へ発展した。滞在施設整備や「特定居住支援法人」の育成など、観光と移住・半定住の中間領域まで踏み込んでいる点が特徴だ。
アウトバウンドでは、旅券手数料引き下げやオンライン申請拡充など、「海外旅行へ行きやすくする」具体策が追加された。加えて、地方空港を活用した国際線誘致や若者の国際交流促進も盛り込まれ、単なる回復ではなく、双方向交流の再構築が意識されている。
そのほか、能登半島地震を受けた観光復興支援や、農泊を通じた都市農村交流強化など、「地域との関係性づくり」を重視する施策も増えている。
3.観光地・観光産業の強靱化について
第5次計画では、「観光地・観光産業の強靱化」が独立した柱として位置付けられた。背景には、人手不足や災害リスク、特定市場依存など、観光産業の脆弱性がコロナ禍を通じて顕在化したことがある。
観光庁は、受入環境整備や観光人材育成に加え、「高付加価値化」「市場多様化」「需要平準化」を通じて、持続可能な観光産業への転換を進める方針を示している。特定市場への依存を避け、多様な国・地域からの誘客を進めることも、観光産業のレジリエンス強化の一環として位置付けている。
施策面では、安全・安心対策が強化された。クマ出没情報の多言語発信や、電動キックボード利用者への交通ルール周知、AI活用による防災情報高度化など、インバウンド増加を前提とした安全対策が具体化されている。
また、第5次では「自然資本」や「リジェネラティブ観光」といった新たな概念も盛り込まれた。水辺や星空など地域資源の保全と観光活用を両立し、観光によって地域環境そのものを再生していく考え方が打ち出されている。
人材面では、特定技能制度に加え、2027年度開始予定の「育成就労制度」の活用が追加された。育成就労制度は、従来の技能実習制度に代わる新制度で、人材育成と人材確保の両立を目的とするものだ。そのほか、「ローカルガイド」を職業として確立する方向性も新たに示された。地域文化や自然を語れる人材を育成する視点が強まっている。
さらに、観光DXでは、生成AIやETC2.0データ活用など、最新技術の導入も本格化する。加えて、廃旅館の撤去・再生支援や文化財継承支援など、地域資源そのものを維持・再生する施策も追加されており、「観光地をどう残すか」という視点がより色濃く反映された計画となっている。
6000万人時代は実現するのか 問われるのは「続けられる観光」
第5次観光立国推進基本計画は、単なる「訪日客数拡大」の計画ではない。訪日客6000万人、消費額15兆円という大きな目標を維持しながらも、その中身は「リピーター4000万人」「地方部延べ宿泊者数1.3億人泊」など、都市部の回避と地方分散を強く意識したものになっている。
実際、訪日客数や消費額は過去最高水準まで回復した一方で、地方分散、住民生活との摩擦、人手不足、アウトバウンド低迷といった構造課題は依然として残る。だからこそ第5次では、リピーター、地方滞在、宿泊業の付加価値額、住民生活との両立といった、“持続可能性”を測る指標が新たに重視された。
観光を「人を呼ぶ産業」で終わらせず、「地域に利益と人材を残せる産業」へ転換できるのか。今回の計画は、その方向性を示す5年間の設計図と言えそうだ。
最新のインバウンド特集レポート
-

体験ビジネスは「商品づくり」だけでは成功しない、事業の成長を左右する3つの視点 (2026.03.30)
-

タビナカ体験は「作っただけ」では売れない、選ばれる体験コンテンツをつくる4つの視点 (2026.03.25)
-

タビナカ体験は「価値の中心」で変わる ー5つの型で読み解く「選ばれる体験」のつくり方 (2026.03.24)
-

世界遺産の温泉地・温泉津で始まった、町民100人が描く100年後の未来。空き家再生がつなぐ暮らしと観光 (2026.02.20)
-

小布施町が挑む歴史文化を活かした滞在型観光 分散型宿と体験で生む新たな地域価値 (2026.02.06)
-

歴史的資源を「点」で終わらせない、会津3市町が挑む「城・蔵・寺」を軸にした観光まちづくり (2026.01.30)
-

震災復興は“元に戻す”ではない ―通過型から滞在型観光へ、輪島市門前町が挑む地域再生 (2026.01.16)
-

日本のマインドフルネスは、なぜ世界に響くのか ─ 我執を手放す体験が示す、観光の意味のデザイン (2026.01.08)
-

オーバーツーリズムから地域を守るには? いま必要な“量から質”への転換 (2026.01.07)
-

価格ではなく価値で選ばれる旅へ、現場実践者が見る「高付加価値化」の本質 (2026.01.06)
-

2026年観光インバウンド業界の羅針盤、読者アンケートから読み解く10のキーワード (2026.01.05)
-

回復の裏にある“質”への挑戦、読者アンケートから読み解く2025年インバウンド最前線【定性編】 (2025.12.17)






