インタビュー
1986年に国際観光都市宣言を発表し、「ひとに来てもらうことを生業とする」営みを実直に続けてきた岐阜県高山市。コロナ禍以前の2019年に滞在した外国人は約62万人。人口の7倍に当たるインバウンドが、江戸時代から続く古い町並や飛騨匠の技を伝える伝統文化、ユネスコ無形文化遺産に登録されている高山祭に魅せられた。
その高山市が、世界の観光が再び動き出した今、新たな地域経営に挑もうとしている。その中で観光はどのような位置付けになるのか。2022年に現職に就任された田中明市長に展望を伺った。
欧米豪客を魅了する広域連携が福井県にも拡大
― はじめに2024年3月現在の高山市のインバウンド状況から伺います。観光消費額が市の総生産額の約1/4を占めたという高山インバウンド最盛期の2019年から、ウイズコロナ・アフターコロナ時代とも言われる今、インバウンドは戻ってきましたか?
私の実感としては2022年10月に国の水際対策が緩和され、日本が再び世界に門戸を開いたのを受け、2023年3月以降、徐々に訪日客の姿を見かけるようになりました。現在はコロナ前の7割まで観光の勢いが戻ってきたのではないかという印象です。
春節の時期はアジア圏の方が多いですが、それ以外は日本を訪れる外国人旅行者全体と比較すると欧米豪圏の割合が多い、という点も以前と変わりありません。
中部国際空港セントレアではまだアジア便が回復途中ですが、高山にお越しになるインバウンドの方々は成田・羽田・関西国際空港を使う方も多いことから、影響も限定的です。
▲欧米豪層が目立つ高山インバウンド。こうした光景に地元の子どもたちは日常的に触れている。
― 以前から高山の観光キーワードの一つに、中部・東海地方という地続きの立地を活かした「広域連携」がありました。
ミシュランのグリーンガイドで評価された観光地、松本・飛騨高山・白川郷・五箇山・金沢を繋ぐ「北陸・飛騨・信州3つ星街道」や、“日本のシンドラー”と言われる岐阜県出身の外交官杉原千畝氏にゆかりのあるスポットを盛り込んだ「杉原千畝ルート」など、広域連携は今後も欠かせない取り組みだと考えています。
なかでも注目は中部縦貫自動車道です。長野県松本市と高山市を経由して福井県福井市を結ぶこの中部縦貫自動車道のうち、福井県東部に位置する大野油坂道路の勝原(かどはら)IC~九頭竜(くずりゅう)IC間が2023年10月に開通し、福井県内の残りの区間も2026年春に開通する予定です。これにより、高山・福井間のアクセスがよりスムーズになります。
高山には宿泊施設が多く、一日1万人近くの受け入れが可能です。高山を楽しんでいただきながら、福井県の永平寺や東尋坊などにも足を伸ばして中部・東海エリアならではの見どころを広く満喫していただくのが、理想的な広域連携の姿だと考えています。
観光がもたらす有形無形の恩恵を市民に伝えたい
― 田中市長には、高山市海外戦略部門の部長職に就かれていた2020年11月のトークライブでインバウンド戦略を伺いました。首長になられて今後どのようなまちづくりをお考えですか?
海外戦略部門時代を通して私が実感したことは、高山というまちは遡ると1960年代から官民が一体となって誘客活動に取り組み、その営みが半世紀を経た現在も脈々と息づいているという歴史の厚みです。
飛騨山脈や白山、御嶽などに囲まれた豊かな自然や食、古い町並、そこに息づく伝統芸能に加えて、ここを行き交う旅行者をあたたかく迎え入れる心が地域住民の中に自然な形で根付いている。そこが、高山にしか持ち得ない大きな強みになっていると感じています。
ただ一方で、どうしても観光というと、そこに直接関わっている一部の事業者の利益だけを生むものというようなイメージがあり、地域に暮らす方々の生活とはどこか遠くのものだと思われているのではないか。観光がもたらす有形無形の恩恵を、言葉を尽くして市民の方々に説明してきただろうか、という反省に立ちかえる必要性を強く感じています。
私自身、市の職員として34年間在職しておりましたが、実はインバウンドに関わったのは2011年からの10年間で、残りの歳月は地域振興に取り組んできました。
観光と地域の暮らしをどうリンクさせていくかという積年の課題に今、本腰を入れて取り組んでいこうとしています。
▲毎年春と秋に開催される高山祭、屋台行事はユネスコ無形文化遺産に登録されている
― 観光がもたらす無形の恩恵とは、どういうことでしょうか。
高山にはオーバーツーリズムはありませんが、基本的に「人を迎え入れる」ということは、いつの時代もすごく大変なことですよね。ましてや言葉も文化も違う外国の方を、となるとことさら骨が折れると思いますが、自分たちと異なる人たちを迎え入れ、いい意味での摩擦を経験することで、自分たちの価値や魅力を再認識することができる。すなわち、インナーブランディングの確立に繋がります。
高山の小中学生たちは、自分たちのまちに外国の方々が歩いている姿を毎日のように見ながら大きくなり、おじいちゃんおばあちゃんたちも言葉が通じないときは相手の手を取って目的地まで連れて行く。そうした日常の中で育まれる郷土への愛着や実践的な人材教育は経済波及効果と同じくらい大切なことである、という認識がちゃんと市民の方々に届いているか、そこが大きな課題です。
▲高山祭など、イベントがある際は臨時の観光案内所を設けて外国人観光客を案内する
観光の視点で住民が高山をとらえなおす地域づくり
― 2023年に「観光を活用した持続可能な地域づくり方針」を発表されましたが、観光と地域の暮らし、例えばどういう場面で繋がりますか?
観光客の視点で町並を歩くと、そこに暮らしている人たちが気づかないところに目が向く、ということはありますよね。
市長に就任してから障がいを抱える方々とお話しする機会があり、そこから着想を得て、例えば車椅子や目が見えない方々に改めて高山というまちの暮らしやすさを検証していただく、ということも今後実践したいと考えています。
高山に移住して1〜2年の方々にもアンケートをとったところ、やはり一番の関心事は観光ではなく、子育てや教育、福祉といった身近なことでした。子育て中の方や障がいを抱える方、高齢者などさまざまなステークホルダーに、観光の視点で高山というまちをとらえ直していただく。その実践に注力します。
― 地域住民の暮らしを豊かにするための手法の一つとして観光を活用するというアプローチですね。
外から見ると一つ一つは地味で小さな試みかもしれませんが、小さなことも着実に積み重ねていけば、いつか必ず全体の底上げに結実するはず。
「すぐに結果が出そうだから」と目新しいことに飛びついたものの、結局最後は皆が疲弊して萎んでしまうようなまちづくりは、高山には似合わない。そう実感しています。
それからもう一つ地域づくりで大切なことは、行政にできないことは民間の力を借りる、その逆も含めて得意不得意をお互いにカバーする官民一体の体制は、今後ますます重要になってくると感じています。
財源や人材の確保が必要であれば行政が適切にサポートし、企画や実働は民間にのびのびと力を発揮してもらう。地域DMOに該当するような組織づくりも含めて、今後そうした体制の整備に取り組んでいきたいと考えています。
▲自身が起業した経験も踏まえて民間と行政の役割分担の重要性を語る田中市長
「高山だから」支払われる対価を、地域の文化活動へと繋げる
― 高付加価値化への取り組みはいかがですか?
2022年に観光庁が高付加価値旅行者の誘客に向けて集中的な支援等を行うモデル観光地を選定しましたが、その「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくり モデル観光地」に松本・高山エリアも採択されました。
ここに至るまでには、中部山岳国立公園南部地域を間に挟み、松本市街地と高山市街地を繋ぐ横断ルートを”Big Bridge(ビッグブリッジ)”と位置付けて、より魅力的な観光ルートを展開する「ビッグブリッジ構想実現プロジェクト」が先行しています。
現在はこのプロジェクトと連携しながら、観光庁が掲げる「ウリ(高付加価値旅行者のニーズを満たす滞在価値)、ヤド、ヒト(地方への送客、ガイド、ホスピタリティ)、コネ(海外高付加価値層とのネットワーク、情報発信)+アシ」に沿って、高付加価値化を進めていこうとしています。
ただ、ここで改めて「高山市にとっての高付加価値化とは何か」と自問したときに、外国人旅行者が何を求めて訪れているのかを再確認する必要がありました。
そこでインバウンドを対象としたアンケートを見てみると、高山に来られる理由は「日本や高山に根付いてる風土・伝統・文化を体験したい、見聞したい」という声が圧倒的に多く、「そうだったのか」と目が開かれる思いでした。
▲飛騨高山まちの体験交流館では、伝統文化や地場産業を体験できるワークショップを開催
もちろん、インバウンドの消費額増加も目指すところではありますが、ここ高山にとっては、そうした“高山だから提供できる体験や見聞に喜んで対価を払ってくれる人たち”の中にこそ、高付加価値化の本当の意味を見出したいとも感じています。
今後新たな財源として宿泊税の導入を検討しているのも、同じ文脈から生まれた選択肢です。お金、というよりは対価であり、その対価がめぐりめぐって伝統工芸の継続に役立ったり、文化活動の支援になっていく。そこを目指します。
訪問者を迎え入れ、相手が喜ぶ姿を自分たちの喜びに変える
― 国内の山岳都市の中でもここまで飛騨高山観光が発展してきた背景には、やはり独特の高山人気質あるいは高山らしさみたいなものがあるからなのでしょうか。
なかなか一言でお答えするのは難しいご質問ですが、まず「高山らしさ」とは時代によって変わるものだと思います。まちはつねに姿を変えていくものですから、50年前の高山らしさと2024年現在の高山らしさの中身はおそらく違うはず。
外から人を受け入れることで必ず生じる摩擦によって熱が生まれ、皆が自分を高めて変容していく。それが自然なまちの姿だと私は思います。
ただひとこと言えるのは、高山の人たちはいつの時代も外から来る人々を迎え入れ、宿や食事を提供して相手に喜ばれてきた。その喜ぶ姿を、自分たちの喜びに変えることができる人たちである。この一点は、今後もきっと変わらないであろうと確信しています。
取材/文:佐藤優子
▼高山市のインバウンド戦略
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