インバウンド特集レポート
2022年10月、日本政府が水際対策を大幅緩和し、インバウンド個人旅行の受け入れを再開。2023年は「インバンド再生元年」として、本格的な訪日観光回復への期待が高まっている。インバウンド観光再開の勢いを味方につけるために、各地域が取り組むべきことは何か、株式会社やまとごころ代表村山からのメッセージをお届けする。
株式会社やまとごころ 代表取締役
村山 慶輔
国際観光回復進むも、不安定さが続く世界情勢
ウクライナのゼレンスキー大統領が12月21日に訪米した際に、バイデン大統領が追加の軍事支援を表明した。これにより、残念ながらウクライナ戦争が長期化する可能性は高まったといえるだろう。
中国のゼロコロナ政策は急速に緩和し、1月8日からは入国規制の大幅緩和と海外旅行の解禁が決まったが、一方で再び新型コロナウイルスの感染が広がっており、日本をはじめ諸外国で水際対策強化を表明するなど、不安材料もある。
各国はコロナ禍を何とか持ち堪えたものの、さらに続く景気後退にどこまで耐えられるか、予断を許さない。景気後退に伴う企業収益の悪化といった逆風も世界規模で想定されている。またインフレに追いつかない給与水準は、消費を冷やすのに十分だろう。
そんな中にあっても、インバウンドには明るい材料が見え始めている。JNTOによれば、水際対策の大幅な緩和が行われた後の2022年10月と11月における訪日外国人観光客は、昨対比で約33倍と大きく回復している。ただし、コロナ禍前の最盛期だった2019年比だと4割に満たず、“完全復活”まではもう少し時間が必要だろう。
とはいうものの、百貨店は大手5社の11月の既存店売上高が全社で前年同月を上回ったという。円安効果にも助けられて免税売上高は19年同月比で5~9割の水準まで回復。高級バッグや腕時計などの高額品がけん引し、「12月はコロナ前の実績を超える見込み」という強気発言も飛び出した。某商業施設では、免税売上が既に2019年を超えたという話も聞こえてくる。
インバウンド再開、量から質への転換
さて、インバウンドを迎える現場はどうだろうか。
既に多く報道されているように、人手不足を訴える悲鳴が多く聞こえる。また、現在は政府による全国旅行支援で国内旅行は活況だが、支援が終了すると元に戻り、土日や連休しか人が動かなくなるだろう。その上、景気悪化で人々の財布のひもは固くなることが予想され、観光地ではよりインバウンド獲得意欲が強まると考えている。
インバウンド再開となる2023年は、2019年までのマインドセットを180度変える必要がある。
それは、量から質への意識の転換が必須となる、ということだ。具体的には、観光地におけるオーバーツーリズムを避けるため、地域をリスペクトし、しっかりお金を落としてくれる質の高い観光客を求めたい。また、働き手が少なくなる中で、いかに少ない人数で付加価値を上げていくかが鍵になる。
これらを踏まえ、いま地域が取り組むべき3つのことについてお伝えしていこう。
いま地域が取り組むべき3つのこと
1つ目は、地域全体として高付加価値化に取り組むということだ。
そのために最初に行わなければならないのが、ターゲットの再構築である。先に述べたように、訪日観光の現状はコロナ禍前とは変わってしまった。それを踏まえ、今までのターゲットでいいのか?と、改めて見直すことが必要になる。
さらに、ターゲットに対して、どんなポジションを取るかを地域で明確化すること。選ばれる理由を明確にして、「〇〇といえば」のブランドを打ち立てるのだ。様々な地域と接していて、最ももったいないと思うのがこの点で、自地域を選んでくれている訪日観光客にその理由を聞いていないところがあまりにも多い。選んでもらった理由をしっかり把握することができれば、そこにポジションニングのヒントがあるはずだ。
例えば、街全体を宿泊施設と見立てた分散型ホテル「アルベルゴ・ディフーゾ」という考え方がある。最近、日本でも同様の取り組みが増えており、普通にやると埋もれてしまう可能性がある。なので、うちの地域にはこういう特徴がある、と選ばれる理由を磨いていくことが急務である。
まとめると、地域として高付加価値化していくためにターゲットを再構築し、そのターゲットに選ばれるための理由を明確にすることが必要、ということだ。
2つ目は、物販に力を入れるべきということ。
一時さかんに「モノ消費からコト消費へ」の掛け声がかけられたことを記憶している人も多いだろう。確かに体験は大切だ。観光庁の看板商品事業も行われ、新たな体験商品を作った地域も多いだろう。しかし、体験単体では商売になりにくいことも認識しておくべきだ。なぜなら、体験は労働集約的で、ガイドに依存しがちで、なかなか量産できないからだ。つまり、体験は宿泊とセット、物販とセットなら成立しうるが、体験単体だと、人を雇用して展開するビジネスとして成立しづらいことを共有しておきたい。
データを見ると、訪日外国人の費目別消費額は、宿泊、飲食、交通、娯楽サービス、買い物の5つに分類される。その中で一番伸び代があるのは、まさに物販(買い物)である。物販は魅力的な商品であれば、少人数のスタッフでもたくさん販売することができるからだ。
▶訪日外国人の旅行消費額・費目別構成比(2019年)
出典:観光庁
そのためには、ぜひ魅力的なお土産開発を進めてほしい。訪日客が買いたくなるものを考えよう。例えば、日本酒を180mlという小容量のアルミ缶に小分けして人気商品にした「KURA ONE」という取組みが参考になる。一つの重量を軽くするほか、持ち運びやすいパッケージを採用したり、買いやすいセット販売「免税パック(5000円以上)」を作るのも1つの方法だ。試食、試飲、試着なども行い、買ってもらう努力を惜しんではいけない。そのほか、インバウンドの興味関心が高い商品は売りやすいので、頭に入れておこう。
3つ目は、守りを固めることだ。これは、当たり前のことをしっかりやることと、使える補助金は使い倒す、という2つに尽きる。
インバウンドが復活する中で、満足度の担保は不可欠だ。しかし受け入れの現場は、2年半以上インバウンドゼロの状況を経て入れ替わっている。もっとも危惧されるのは、圧倒的に経験値が少ないということだ。
その中でまず取り組んでほしいのは、人材育成だ。特に、現場でのインバウンド対応として何が必要かを理解し、それを実行・推進できる人材の育成だ。市場別の訪問客の特徴やそれを踏まえた対応はもちろん、多言語化、通信インフラ、決済、免税、食の多様性にも、前向きに取り組んでほしい。
そして、忘れていけないのは危機管理対応である。地域で外国人受入が可能なクリニックをリスト化する、災害時の誘導方法を共有するなど不測の事態に迅速に的確に対応できる体制を敷くことが大切だ。
最後に、「インバウンドはブームではなく、トレンド」であることを再認識することが大切だ。観光立国を目指す我が国において、インバウンドは必要不可欠。インバウンド再生元年の今年、紹介した3つの取り組みをしっかりやりつつ、地に足をつけた取り組みを続けて頂きたい。急がば回れだ!
著者プロフィール 兵庫県神戸市出身。米国ウィスコンシン大学マディソン校卒。アクセンチュア株式会社を経て、2007年より国内最大級のインバウンド観光情報サイト「やまとごころ.jp」を運営。内閣府観光戦略実行推進有識者会議メンバーほか、国や地域の観光政策に携わる。国内外のメディアへ多数出演。近著に『観光再生 サステナブルな地域をつくる28のキーワード 』(プレジデント社)がある。東京都立大学非常勤講師。観光バリューアップ実践会主宰。 |
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