インバウンドコラム
観光まちづくりや観光地経営において、DMOに寄せられる期待は大きい。一方で、九州を見渡しても、地域で稼ぐ仕組みづくりに悪戦苦闘し、もがいているDMOが多い。
そんな中、熊本県南小国町は、2018年に地域商社機能を持ち合わせたDMOである「SMO南小国」を立ち上げ、赤字続きだった物産館の再建やふるさと納税拡大で、全国から注目を集めた。しかし、その後は4期連続の赤字に転落する。
そこから泥にまみれながら組織を立て直し、V字回復を果たしたSMO南小国。人口約3700人の町で何が行われたのか。全国の地域にとって「ヒント」になる現場を取材した。
「SMO南小国」が目指す地域経営
南小国町は、熊本県北東部にあり、世界有数のカルデラを持つ阿蘇の北部に位置する。九州最大の河川「筑後川」の源流域にあたり、豊富な水資源と美しい自然に恵まれた農山村だ。日本で屈指の温泉地「黒川温泉」を有し、景観や環境を守りつつ持続可能な地域づくりを目指すNPO法人「日本で最も美しい村連合」にも加盟している。
▲日本国内での名湯ランキングに度々登場する黒川温泉
2018年に南小国町観光協会と物産館「きよらカァサ」を融合し、設立された「株式会社SMO南小国」の「SMO」とは、「Satoyama Management / Marketing Organization」の略称で、マーケティングとマネージメントで、南小国の上質な景観や暮らしから新たな価値を生み出し、町全体で稼ぐ組織という意味が込められているという。観光地域づくり法人(DMO)と、地域商社をあわせた組織となっている。
同社はまず、南小国町のあるべき姿を徹底的に議論した。そして、28年間赤字続きだった物産館「きよらカァサ」のレストラン部門をいったん閉鎖するなど、「事業の選択と集中」を果敢に断行。その後、地域の事業者、DMO双方が外貨を獲得できるふるさと納税に注力し、返礼品の拡充や戦略的な情報発信、キラーコンテンツの磨き上げを行った。その結果、組織は目覚ましい躍進を遂げる。
「きよらカァサ」は初年度(2018年度)にして黒字化を達成。さらに、2017年度に約1億円だったふるさと納税の寄付額は、2018年度に約1億7000万円、2019年度には約7億4000万円へと大きく伸びた。
4期連続赤字からV字回復まで
しかし、その後、経営環境は一転した。コロナ禍の直撃による環境変化に加え、業容拡大を見込んだ人員増や先行投資が響き、「SMO南小国」は4期連続の赤字に転落。投資に見合った収益を確保できなかったことと、ふるさと納税の制度改定による経費増により、2024年3月期の決算では約4300万円もの赤字を計上。ついに純資産がマイナスとなる「債務超過」にまで陥り、会社は倒産寸前だったという。
そこから組織の骨格を組み直し、地道で泥臭い、「当たり前の改善」を積み重ねた。その結果、わずか1年後の2025年3月期決算では、売上約3.4億円、営業利益4600万円と、過去最高益を計上し劇的なV字回復を果たした。その経緯は、2026年6月に発売されたオンライン書籍『南小国町の軌跡~地域DMOが挑む「奇跡のあと」のまちづくり~』に克明に描かれている。

「派手なホームランを狙うのではなく、バントや盗塁で泥臭く1点をもぎ取る。経営として当たり前のことを徹底して行いました」
そう語るのは、2019年4月に東京から移住してきた、執行役員兼 CMO、地域創造部 部長の安部千尋氏だ。
南小国町の人口は約3700人、高齢化率はおよそ40%。国の推計では、2050年には約2500人まで減少するとされる。また2040年には、日本全体で約1100万人、現在の近畿地方の全就業者が丸ごと消滅するのと同じ規模の労働力が不足すると予測される状況で、人口減少や人手不足などの課題は全国共通のものとなっている。
そうした状況の中で、SMO南小国は具体的にどのような改革を進めたのか、振り返る。
▲南小国町のコワーキングスペースの前で。左から森永光洋氏、安部千尋氏、ワル・マックス氏
地域のために稼ぐ3つのエンジン
もともと、筆者が南小国町に関心を持ったのは、九州を中心に一緒に仕事をする機会も多い、SMO南小国の現COOで、南小国町観光協会事務局長の森永光洋氏のSNSやnoteでの発信だった。noteではSMO南小国が行う各種施策の背景やマーケティングの考え方、分析結果を公表している。また、「DMOは、地域住民のために稼ぐ」ことを明快に表明している。
「DMOのKPI(重要業績評価指標)は、一般的に『観光客数』や『観光消費額』になりがちです。しかし、SMO南小国が目指すゴールは、もっと定性的で、もっと切実な『町民の幸福』です。観光業だけが潤っても意味がなく、観光によって地域外から得た収益を農業や林業、そして住民の暮らしへと循環させる必要があります」と森永氏は語る。
SMO南小国が目指すのは観光消費額そのものではなく、観光で地域外から得た収益を地域全体へ循環させることだ。その役割を担うのが、森永氏が提示する次の3つのエンジンである。
1 マーケティング機能(観光)
観光地としてのブランドを磨き、国内外から人を呼び込み、地域外から収益(外貨)を獲得する「入り口」のエンジン。
2 地域商社機能(物産・ふるさと納税)
地域の農産物や加工品の価値を高め、物産販売やふるさと納税を通じて販路を拡大する。観光で得た収益を農家や加工事業者へ還元し、地域経済を支える「循環」のエンジン。
3 R&D機能(未来づくり)
人手不足や防災など地域課題を解決する新たな仕組みを事業として生み出す。「しごとコンビニ」や起業型地域おこし協力隊、観光危機管理(防災)などを通じて、地域の未来に投資するエンジン。
V字回復を支えた3つの改革
それでは、泥沼の状況をどのように乗り越えたのか。安部千尋氏は、3つの改革を振り返る。
1 外注に頼らず、実践者になる
忙しさゆえに、外部のプロに発注していた広報物のデザインや動画編集、イベントの企画運営、Webサイトの更新作業やシステム改修などを内製化し、ノウハウを残すようにした。
2 ふるさと納税の「利益」を重視し、収益構造を再設計
2023年10月の経費率5割以下という国のルールの厳格化に伴い、ふるさと納税事業のコスト構造を根本的に見直した。既存の物品型返礼品の原価を抑えるだけでなく、利益率の高い返礼品を積極的に開発し、事業全体の収益構造を緻密に再設計した。
3 地域の困りごとを事業として展開
地域の「働きたい人」と「仕事」を発掘して両者をつなぐ、ワークシェアリング及びマッチングサービス「南小国しごとコンビニ」、町のSNSや広報誌などの広報・情報発信業務、観光危機管理(防災)など、地域課題を解決する事業を展開した。
特に、「しごとコンビニ」は、他地域の参考になる画期的なスキームだと筆者は考える。「1人の担当者」が1日8時間と考えていた仕事を分解し、「(旅館の)風呂掃除だけ」「野菜の袋詰めだけ」などの仕事を、「2時間だけ」といった短時間の仕事としてサービスに登録した住民に発信し、仕事と働きたい人をマッチングする。2025年からは日本郵政と連携し、郵便局が高齢者を対象に「しごとコンビニ」の会員登録を代行する取り組みを実施した。
また、2016年の熊本地震の経験から、国内外から集まる旅行者に安心・安全を提供する「観光危機管理」を新たな南小国町のブランド価値においている。減災、備え、対応、そして復興まで見据えたマニュアルやガイドライン、体制作りなどはもちろん、緊急時に対応できるよう、町内の観光従事者の「防災士」資格取得を支援したり、災害時に電話回線が混雑しても宿泊客の安否や道路状況を一元管理できる「連絡網のデジタル化」、発災現場の写真と位置情報を投稿することで、発災状況がわかる「デジタルマップ制作」などを行った。また、観光危機管理を他地域でも実施できるようアドバイスも行っている。
インバウンド向けガイドツアー「Satoyama Journey」が生む滞在価値
観光分野では、南小国町観光協会の運営、ウェブサイトやSNSでの情報発信、ドローン操縦体験などの観光コンテンツ開発、インバウンド向けガイドツアー「Satoyama Journey」の運営などを行っている。
その「Satoyama Journey」の企画運営を行うのは、スウェーデン出身のワル・マックス氏。2018年に南小国町に移住し、「上質な里山」を体感するサイクリングや林業・農業体験などのツアー造成、ガイドを担当している。
▲ゲストと一緒に収穫。その後に昼食をつくって一緒に食べるツアー
「ここを訪れた当初から、里山の風景や小国杉、そして住んでいる人たちの魅力にひきつけられました。農家や林業を営む方々の協力を得て、『昔の日本が残る暮らし』に触れるツアーを行っています。目指しているのは、南小国町の友人を海外の友人に紹介するような雰囲気です。参加したみなさんはとても喜んでくださり、南小国町のファンになってくれます」とワル・マックス氏は語る。
農業体験では、にんじんやほうれん草、たけのこなどを育てる農家を訪れ、収穫した食材で昼食をつくり、一緒に食卓を囲む。農家や林業従事者には本業を止めて協力してもらうため、適正な報酬を支払い、ツアー料金は1人1万3000円〜4万2000円程度に設定している。現在は、高付加価値の体験を求める旅行者を中心に、シンガポールや台湾、アメリカ、カナダなどの市場から、WebサイトやOTA経由で申し込みがあるという。
▲小国杉と自然の環境を学ぶことができる林業体験ツアー
地域課題を事業へ変える仕組み
SMO南小国は、観光を入り口に、物産販売やふるさと納税、仕事づくり、防災といった領域へ事業を広げてきた。
「課題先進地は、解決先進地になれる」という言葉を、メンバーは繰り返し発信している。取材を通じて感じたのは、各事業を検証し、改善しながら、次の実践へと素早くつなげていく姿勢だった。
▲色とりどりの南小国町産のサラダ
例えば、物産館「きよらカァサ」は、観光客向けの施設にとどまらず、地元住民が肉や野菜、豆腐、牛乳、醤油、味噌などの生活必需品を適正な価格で購入できる、地域のスーパーマーケットへと転換した。総菜や弁当も充実させ、カフェや書籍コーナーも設けている。
また、集客の目玉である黒川温泉の各旅館からの宿泊データも、SMO南小国に同時に集約されており、そのデータを活かして、南小国町で一体となったマーケティングを行うという。
観光客を増やすことがゴールではない。観光で得た外貨を地域へ循環させ、住民の暮らしを支えること。そのためにDMOは何を担うべきなのか。人口3700人の南小国町で続く試行錯誤は、多くの地域に新たなヒントを投げかけている。
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