インバウンドコラム
世界では近年、混雑する人気観光地を避け、比較的知名度の低い地域を訪れる「アンダーツーリズム」が注目を集める。
本記事では、アンダーツーリズムが広がる背景や旅行者の旅のスタイル、海外旅行会社の取り組み、訪日旅行者の事例を通じて、日本の地方観光にとっての可能性を探る。

アンダーツーリズムとは? 世界で広がる「脱・定番観光」の潮流
近年、アンダーツーリズム(Undertourism)は、混雑する有名観光地を避け、比較的知名度の低い地域や、まだ広く知られていない場所で、その土地ならではの魅力を楽しむ旅行スタイルとして注目されている。一方、観光地経営の文脈では、観光客が少なく、地域の観光資源や施設が十分に活用されていない状態を指す場合もある。
こうした旅の志向と重なる動きは、世界の旅行市場の調査にも表れている。
Expedia Groupが発表した2025年の旅行トレンド調査では、世界の旅行者の63%が、次の旅行で主要観光地に近い、比較的知名度の低い「寄り道先(Detour Destinations)」を訪れる可能性があると回答した。また、Booking.comの旅行トレンド調査でも、約6割の旅行者が「人混みを避けたローカルな地」を好み、過半数(51%)が首都以外の地方都市を選ぶ意向を示している。
こうしたデータからは、定番観光地だけでなく、これまであまり知られてこなかった地域も、旅行先の選択肢として注目され始めていることがうかがえる。

なぜ今、定番観光地を離れるのか? 旅行者の価値観の変化
アンダーツーリズムが注目される背景の一つに、人気観光地への旅行者の集中によって、住民生活や自然環境に悪影響が生じる「オーバーツーリズム」の問題がある。バルセロナやヴェネツィアなどでは、観光客の増加による住民生活への影響や、地域の商店が観光客向けの店舗に置き換わることなどが課題として指摘されてきた。旅行者にとっても、混雑によってその土地ならではの魅力に触れにくくなる場合がある。
一方、旅行者の価値観にも変化が見られる。SNSで話題の場所を見逃すことへの不安を意味する「FOMO(Fear of Missing Out)」から、あえて喧騒や情報から離れることを楽しむ「JOMO(Joy of Missing Out)」への関心が高まり、静かな環境や地域の人々との交流、その土地ならではの文化体験が求められている。さらに、人気観光都市の宿泊費や物価の上昇を背景に、比較的費用を抑えられる地方都市も選択肢となっている。
このように、混雑を避けたいという思いに加え、地域ならではの体験や快適な滞在を求める価値観の変化が、旅行者の訪問先を広げる背景となっている。
知られざる地域をどう楽しむ? 海外旅行会社の商品事例
アンダーツーリズムを志向する旅行者の旅の形は多様だ。人気観光都市から周辺の町へ足を延ばしたり、レンタカーで地方を巡ったり、一つの地域に数日間滞在したりと、定番ルートにとらわれない旅を楽しんでいる。こうした旅では、観光名所だけでなく、地元の市場や商店、地域の人々との交流、自然の中で過ごす静かな時間なども旅の魅力となる。
海外の旅行会社でも、アンダーツーリズムの考え方と重なる商品開発が見られる。観光客の少ない地域への訪問を促す旅先の提案から、地域の暮らしに触れる滞在型ツアーまで、その取り組みは多様だ。
世界各地で少人数制ツアーを展開するIntrepid Travelは、旅行者の少ない地域を紹介する「Not Hot List」を発表。2025年版では、グリーンランドやモンゴル、ガーナなど10地域を選定し、専用ツアーを発売した。また、2026年6月にはバルセロナ、パリ、ヴェネツィアで「Uncommon Day Tours」を開始。最大12人の少人数制で、定番観光とは異なる地域の一面に触れる2〜3時間のツアーを提供している。
地域コミュニティとの交流を重視した少人数制ツアーを世界各地で展開する、カナダ発の旅行会社G Adventuresは、地域の暮らしに溶け込む滞在型商品「Local Living」を提供している。約1週間、同じ地域を拠点に、地元の人々との交流や料理体験などを楽しむ。イタリアではアグリツーリズモで郷土料理を学び、クロアチアではホストファミリーと伝統料理を作るなど、地域の日常に触れる体験が組み込まれている。
イギリスの旅行会社Responsible Travelは、定番ルートを外れた旅を「Unusual Holidays」として紹介。タイ北部の山岳地帯をトゥクトゥクで巡る11日間のツアーや、ギリシャ・クレタ島で風景画を描く8日間の旅行など、地域の自然や文化を生かした商品を扱っている。
これらの事例は、地域の暮らしや自然、文化を生かした体験が、観光名所の知名度に頼らない旅行商品の魅力となることを示している。

アンダーツーリズムが地域にもたらすもの、新たな誘客と消費拡大の可能性
アンダーツーリズムは、観光客の少ない地域に新たな需要を生み出す可能性がある。定番観光地を訪れたリピーターに加え、静かな滞在や特別な体験に価値を見いだす旅行者など、新たな顧客層への訴求も期待できる。
地域ならではの宿泊や食文化、自然・文化体験を組み合わせることで、滞在時間の延長や旅行消費の拡大にもつながる。著名な観光名所がなくても、地域の日常や文化そのものが旅の魅力となる。
一方、旅行者の増加が住民生活や自然環境への負担とならないよう、受け入れ人数や訪問場所への配慮も欠かせない。観光客数を増やすだけでなく、一人ひとりの滞在価値を高め、地域に利益を還元することが持続可能な観光につながる。

訪日客はどこを旅する? 定番ルートにとらわれない旅の実例
アンダーツーリズムを取り入れた訪日旅行商品の開発も進んでいる。
イギリス発の訪日旅行専門会社InsideJapan Toursは、2025年に東京・京都・大阪などの定番ルートから地方への誘客を促す「Undertourism Initiative」を開始した。青森、富山、名古屋、長崎、山口の5地域を重点地域に選定。観光客数だけでなく、受け入れ環境や住民の意向、交通アクセスも考慮している。
例えば、富山県南砺市の井波では、伝統産業である木彫りの職人が減少している。同社は旅行者が地域文化に触れる機会を広げ、観光消費の拡大と伝統文化の継承につなげようとしている。
取り組みは着実に進んでおり、2026年は重点5地域で計2500泊を目標に掲げ、8月時点でその73%を達成。また、同社が扱う旅行の5件に1件に、これらの地域が旅程として組み込まれている。

定番の観光ルートにとらわれず、日本各地を旅する外国人旅行者の発信からも、旅先の選び方や楽しみ方が見えてくる。
スイスを拠点とする夫婦は、2回目の訪日旅行の様子をブログで紹介している。初回は東京や京都などを訪れたが、今回はレンタカーで24日間かけて九州、四国を中心に周遊。知名度の低い地域を中心に巡り、鹿児島県出水市では武家屋敷を活用した宿に滞在し、愛媛県では内子や大洲の歴史的な町並みを散策した。地方の落ち着いた雰囲気や個性的な宿泊施設を高く評価している。
また、2023年以降、日本を繰り返し訪れているオーストラリアからの旅行者は、自身の経験を基に、東京・大阪と地方を組み合わせた2週間のモデルコースを提案している。日光、群馬県みなかみ町、長野、高山などを巡る旅程で、みなかみ町では18種類の貸切温泉を備えた宿、高山では観光客で賑わう中心部から離れた静かな路地の魅力を紹介している。
こうした旅行者の発信からは、定番観光地と地方を組み合わせ、静かな環境や個性的な宿、地域文化を楽しむ旅のあり方が見えてくる。
日本の地域にとっても、歴史ある町並みや食文化、人々との交流など、日常に根ざした魅力を体験として提供することが重要だ。主要観光地からのアクセスや滞在中の過ごし方を具体的に提案すれば、旅程に組み込みやすくなる。知名度の低さを弱みとせず、その土地ならではの静けさや体験を価値として伝えることが、新たな需要を取り込む鍵となるだろう。
関連リンク|記事で紹介した旅行会社・旅行者の発信
Intrepid Travel「Uncommon Day Tours」
G Adventures「Local Living」
Responsible Travel「Unusual Holidays」
InsideJapan Tours「Undervisited Japan」
Swiss Traveler「Off-the-beaten-path Japan itinerary」
Wandering Donut「Unique 2 Week Japan Itinerary」
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