インバウンドコラム

「こんな町に外国人が来るなんて」70代女性が始めた民泊が、三重県の小さな漁師町を変え始めた

2026.10.19

此松 武彦

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三重県南部、熊野灘に面する紀北町。かつて漁業で栄えた紀伊長島地区には、多くの商店や飲食店が軒を連ね、人々でにぎわった時代があった。この町で生まれ育った山岡敏子さんは、「昔は映画館もいくつもあったんですよ。でも今はシャッターばかり」と振り返る。

三重県紀北町民泊2

町の変化は人口にも表れている。紀北町の人口は1980年の2万6268人から2025年には1万2468人へと約53%減少した。一方、65歳以上の高齢者比率は同期間に約14%から約46%まで上昇している。

三重県紀北町民泊3▲かつての商店街は、店がほとんどなくなり、ここは跡地を無料休憩所として地元のNPOが活用している

人口が大きく減り、住民の45%以上が高齢者となったこの町に、今、フランスや台湾、アメリカをはじめ、世界各地から旅行者が訪れている。その受け皿の一つとなっているのが、70代女性の山岡さんが自宅を活用して始めた民泊「豊久(とよひさ)」だ。

「こんな町に外国人が来るなんて、思ってもいなかった」
そう話す山岡さん自身、数年前まで観光業とはほとんど縁がなかった。それが今では海外から1年近く先の予約が入り、外国人旅行者を地域の飲食店や体験へつなぐ役割も担っている。

 

築約65年の漁師の家を、1日1組限定の宿に

「豊久」は、山岡さんの家族が代々暮らしてきた漁師の家を活用した木造2階建ての宿だ。建物は1960年頃に建てられたもので、築約65年。1日1組限定で、2階に8畳の和室2間を客室として用意し、1階のキッチン、トイレ、洗面、風呂などはホストとの共有スペースとなっている。最大5人まで宿泊でき、家の一角には、かつて漁で使われていた道具も展示されている。

夏には、紀北町を代表する「きほく燈籠祭」が開かれ、海上に広がる花火が海面にも反射する幻想的な光景で知られる。「豊久」は祭りの会場まで歩いて行ける場所にあり、前年には台湾から早い時期に予約が入った。すでに来年の「きほく燈籠祭」にはフランス人旅行者からの予約も入っていた。海外から1年近く先の宿泊予約が入ること自体、山岡さんにとっては想像していなかった変化だった。

三重県紀北町民泊4▲きほく燈籠祭での打ち上げ花火は、港の海面に反射して幻想的だ。最近ではSNSで海外でも知られるように

 

介護で戻った故郷で、70代から民泊に挑戦

山岡さんが民泊を始めた背景に、観光業の経験や緻密な事業計画があったわけではない。紀伊長島で生まれ育ち、高校卒業後は大阪へ移り、仕事をしながら家庭を築いた。その後、父親の介護のため夫や娘たちを大阪に残し故郷へ戻った。在宅介護をしながら、大阪の会社の仕事をテレワークで続けていた。

転機になったのは、数年前にパソコンで偶然目にした、九州で民泊を営む人のSNS投稿だった。外国人旅行者を自宅に迎え、楽しそうに交流する様子にひかれ、「私もこんなことをしてみたかった」とコメントしたところ、民泊経験者との縁が生まれた。さらに大阪で民泊を営む先輩ホストを紹介され、旅行者を泊めるだけでなく、地域の人や店とつながりながら運営する民泊のあり方を知った。

三重県紀北町民泊4 ▲「豊久」の正面。海辺に近く、このエリアの典型的な漁師の家だ

その考え方に共感した山岡さんは、自らも民泊を始めることを決意する。当初考えていた形では営業日に制約が生じることが分かり、その後、地域の特性に合った農林漁業体験民宿という仕組みを知って手続きをやり直した。三重県の民泊条例では、近隣100メートル以内に学校や保育園などの施設があると、営業できない日があり、旅行者を曜日に関係なく受け入れたい山岡さんにとっては使いにくい制度だったからだ。結果、準備には約1年を費やし、2024年12月に許可を取得。2025年2月から本格的に宿泊客を受け入れ始めた。

三重県紀北町民泊5▲「豊久」の正面に立つ山岡さんは、いつもエネルギッシュだ

 

宿泊者の3~4割が外国人、熊野古道から漁師町へ

開業後、山岡さんの予想を超えて増えていったのが外国人旅行者だった。2025年2月から12月までの宿泊者174人のうち外国人は約37%。フランス、台湾、イギリス、ベルギー、アメリカ、ドイツ、韓国、フィンランド、スペイン、オーストラリア、中国など、幅広い国・地域から訪れている。

2026年も1月から8月28日までの宿泊者217人のうち69人、約32%が外国人だった。開業直後だけの一過性の需要ではなく、外国人旅行者が継続して訪れていることが数字からも見えてくる。

三重県紀北町民泊6▲2階のゲスト用の居室は和テイストを強調した。ベッドはなく布団に寝てもらっている

その背景にある大きな観光資源が、世界遺産・熊野古道の伊勢路である。紀北町は伊勢路の沿線にあり、「豊久」にも熊野古道を歩く欧米の個人旅行者が訪れる。ほかにも釣りやサイクリング、海水浴、漁師町の暮らしそのものを目的に滞在する外国人もいる。

興味深いのは、山岡さん自身が民泊を始めるまで、熊野古道や地域観光について詳しかったわけではないことだ。宿泊者から地域について尋ねられるようになり、民泊を始めてから改めて熊野古道や観光について勉強するようになったという。

三重県紀北町民泊7▲民泊を始めたころに泊まったアメリカのカリフォルニアからのゲスト。近所の英語の先生にもサポートしてもらったという思い出がある

旅行者が評価するのは、有名な観光資源だけではない。昔ながらの店舗や家、寺や神社、細い路地など、住民にとっては見慣れた風景を楽しそうに歩く。「時間が止まったような感じがする」と、古い町並みそのものを評価する外国人もいるという。

観光施設が少なく、都市化されていないことは、従来の観光振興の尺度では弱みと捉えられがちだ。しかし、静けさや地域の日常、観光地化されすぎていない環境を求める旅行者にとっては、それ自体が滞在する理由になる。地域側が「何もない」と感じてきた漁師町の日常が、外国人旅行者の視点によって、新たな観光価値として捉え直されている。

三重県紀北町民泊8▲港近くに並ぶ漁師の家々。山岡さんにとって普通の景色が、外国人旅行者にはエキゾチックに映る

 

英語ができなくても「伝えたい」、ゲストとつくった英語音声ガイド

外国人旅行者を受け入れるうえで、今では山岡さんは日常的なやり取りにスマートフォンの翻訳機能を活用している。英語は話せないが、ゲスト側も日本語を覚えようとしてくれるため、翻訳機を間に置きながら交流を重ねている。

その姿勢を象徴するのが、宿の一角に設けた漁師道具の展示スペースだ。代々漁業に関わってきた家には、父親が使っていた漁具などが残されており、山岡さんはそれらを展示し、この家と漁師町の歴史を宿泊者に伝えている。

三重県紀北町民泊9▲魚の捌き方を教えて欲しいと宿泊したイギリス人とアメリカ人。漁具の英語説明の録音をしてくれた

外国人にもその背景を知ってほしいと考えた山岡さんは、滞在していたカリフォルニア出身のアメリカ人女性に協力を依頼した。山岡さんが伝えたい内容を英語にしてもらい、その女性の声で録音。現在はスイッチを押すとその英語の説明が流れるようになっている。

高度な多言語システムを導入したわけではない。英語ができないことを、外国人を受け入れない理由にするのではなく、スマートフォンやゲストの力を借りながら、「どうすれば伝えられるか」を考える。こうした柔軟さも、小規模な民泊ならではの強みだ。

▲階段下にある漁具の展示スペース。音声で英語の案内も聞ける

 

宿に囲い込まず、旅行者を地域へつなぐ

山岡さんの民泊は、宿の中だけでサービスを完結させない。地域の温泉や飲食店を紹介し、旅行者を積極的に町へ送り出す。外国人旅行者が地域の店を訪れれば、そこで地元住民との交流が生まれ、宿泊による経済効果も地域へ広がっていく。
山岡さんが望んでいるのも、「豊久」だけが繁盛することではない。ゲストには「宿のレビューより、この地域の良さをInstagramなどのSNSで発信してほしい」と伝えているという。自分の宿だけではなく、この町を知り、好きになってくれる人を増やしたいからだ。

三重県紀北町民泊11▲燈籠祭のために、地元の人たちが準備をする。案内した外国人ゲストは喜んでいたそうだ

外国人が町を歩くようになると、周囲にも変化が生まれ始めた。当初は「Airbnbって何?」と聞かれることも多かったが、既存の民宿がAirbnbへの掲載を始め、観光協会ではAirbnb Japanの関係者を招いた説明会も開いた。

周辺では、釣りなど地域に以前からあった営みを外国人旅行者向けの体験につなげようとする動きも出ている。さらに地域団体「魚まち歩観会」とも山岡さんは連携し、町歩きや外国人への案内につなげている。

また今年になってNHK WORLDの取材も地域に入って、山岡さんもインタビューを受けた。海外から旅行者が訪れ、今度は海外向けメディアもこの地域に目を向ける。まだ小さな動きではあるものの、一軒の民泊を起点に、地域と海外との接点が少しずつ増え始めている。

 

「完成した成功地域」ではなく、今まさに始まった地域

熊野古道のインバウンドでは、和歌山県側が先行している。田辺市では、行政区域を越えて観光関係者が連携し、外国人旅行者の受入環境整備や情報発信を長年積み重ねてきた。

一方、三重県側の伊勢路にも世界遺産という強力な観光資源があるものの、地域全体で外国人旅行者を受け入れ、宿泊や飲食、体験などにつなげていく取り組みは、まだ発展の余地が大きい。だからこそ、紀北町で今起きている動きは興味深い。

これは、行政主導の大規模な観光開発による成功物語ではない。一人の70代女性が自宅の空きスペースを使い、スマートフォンを片手に外国人旅行者を迎え始めたことで、町を歩く外国人の姿が見られるようになり、その様子を見た地域の人たちも「自分たちにも何かできるのではないか」と少しずつ動き始めた結果だ。

三重県紀北町民泊12▲町の辻にエリアの表示を掲示している。外国人ゲストが散歩する際に役立っているそうだ

紀北町の2025年の高齢者比率は46%に達する。一般的には、高齢化は地域経済や観光の担い手不足という「課題」として語られることが多い。しかし山岡さん自身、74歳で民泊を始めた経験から、「元気なおばあちゃんが、空き家や空いている部屋を使ってやったらいいのに」と話す。宿が増えることを競争とは考えず、地域全体で旅行者を受け入れる受け皿が増えることを歓迎している。

その先に見据えているのは次の世代だ。「若い人がここで稼げるようにならないと、町は続かない」。そのためには宿泊だけでなく、飲食や物販、体験なども含め、地域にお金が落ちる仕組みをつくる必要があると山岡さんは考えている。

三重県紀北町民泊13▲近所の古い友人が蕎麦づくりの名人だ。外国人ゲストも体験会に参加するなど、インバウンド対応の仲間が広がっている

紀北町は、インバウンドで大きな成功を収めた「完成された観光地」ではない。むしろ、今ようやく第一歩を踏み出し始めた地域と表現する方が近いだろう。

人口減少、空き家、高齢化、担い手不足など、地方が抱える課題は大きい。
「こんな町に外国人が来るなんて」
そう思われていた漁師町で、一人の70代女性の小さな挑戦が地域を少しずつ動かしている。

インバウンドがもたらした最大の変化は、外国人旅行者が増えたことだけではない。地域の人自身が、自分たちが暮らしてきた町に、世界の旅行者を引き付ける価値があることに気づき始めたことなのかもしれない。

 

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