インバウンド特集レポート

【9月特集/OT対策Vol.3】「分散」のその先へ。観光と地域の関係をどう設計するか

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オーバーツーリズムへの対応として、観光客の分散や混雑情報の提供、マナー啓発など、旅行者の行動に働きかける取り組みが各地で進められている。こうした施策を効果的に実施するには、旅行者とどこで接点を持ち、どのような情報を伝えるのかという「タッチポイント」の設計が重要になる。一方、目の前の問題への対応を積み重ねるだけでは、中長期的な地域の再生には必ずしもつながらない。本稿では旅行者への働きかけを地域観光の戦略の中に組み込み、観光を地域の維持や再生につなげるための仕組みを探る。

【9月特集/OT対策Vol.3】『分散』のその先へ―観光と地域の関係をどう設計するか

 

地域には観光を受け入れるキャパシティがある

観光客の集中を避け、別の場所や時間帯へ誘導する「分散」は、国内外の多くの観光地で主要なオーバーツーリズム対策の一つとなってきた。特定の場所に過度な観光需要が集中しているのであれば、それを別の場所へ振り向けることは、一見すると合理的な対応である。

しかし、観光客が少ない地域が、どこでも新たな観光需要を受け入れられるわけではない。地域にはそれぞれ、観光活動を受け入れるキャパシティ(容量)がある。それは単純に一日何人までなら受け入れられる、といった数字だけで表せるものではない。公共交通機関には輸送力の限界があり、道路や広場などの公共空間も観光客を受け入れる容量には物理的な限界がある。観光需要の高まりは、宿泊施設や観光客向け店舗の増加を通じて、住宅や地域商業、不動産市場にも影響を及ぼす。実際、アムステルダムやバルセロナなどでは、宿泊施設の集中やそれが都市生活に及ぼす影響を背景に、宿泊施設の新規立地を制限するなど、観光需要の受け皿となる都市空間そのものをコントロールする政策が進められてきた。

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「観光客が少ない地域」と「観光客を受け入れる余地のある地域」は、必ずしも同じではない。観光客を別の地域へ誘導することは、特定の場所への集中を緩和する一方で、それまで観光の影響が比較的小さかった地域へ観光活動を広げることにもなる。空いている場所を探して観光客を誘導するのではなく、それぞれの地域がどのような観光を、どの程度まで受け入れるのかを見極めることが、分散を考える出発点となる。

 

「分散すればよい」のか―京都から考える

京都市では、オーバーツーリズム対策の一つとして、観光客の「時期・時間・場所」の分散を進めている。時期については「京の夏の旅」「京の冬の旅」によって閑散期への誘客を図り、時間については朝観光・夜観光を推進する。場所については「とっておきの京都」プロジェクトを通じて、伏見、大原、高雄、山科、西京、京北の6エリアへの誘客を進めている。さらに「京都観光快適度マップ」では、人気観光スポット周辺の時間帯別の混雑予測やライブカメラ映像を確認でき、旅行者自身が混雑を避けて行動できるような情報を提供している。

時期や時間の分散と異なり、「場所の分散」は、観光が行われる都市の範囲そのものを広げる。「とっておきの京都」は、市域に点在する地域の魅力を発信し、既存観光地の混雑緩和と地域活性化を同時に目指す取り組みである。対象となる6エリアの性格は大きく異なる。高雄や大原は古くからの観光地であり、伏見にも伏見稲荷大社や酒蔵地区など、多くの観光客を受け入れてきた場所がある。一方、山科や西京、京北では、人々の日常的な生活空間のすぐそばに、観光の対象となりうる地域資源が点在している。新たな人の流れは地域の商店や交通を支える契機になる一方、それまで観光の影響が小さかった生活空間に新たな観光圧力を持ち込む可能性もある。観光の広がりによって店舗や住宅、公共空間が観光の論理に沿って変化していく「ツーリスティフィケーション」は、既存観光地だけで起こる現象ではない。「まだ観光客が少ない」ことは、その地域に観光を受け入れる余白があることを意味しない。

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分散と一口にいっても、特定の観光地の混雑を緩和すること、市バスなど公共交通への負荷を軽減すること、観光消費を周辺地域へ広げることでは、その意味は異なる。何を改善するための分散なのかによって、誘導すべき場所や時間も変わってくる。観光客を「どこへ動かすか」という問いだけでは、地域の将来像は描けない。分散政策には、その移動の先にどのような観光と地域との関係をつくるのかまでを描くことが求められる。

 

タッチポイントを地域の再生につなげる

旅行の計画や予約、空港や駅への到着、宿泊施設へのチェックイン、観光地への移動など、旅行者との接点、いわゆる「タッチポイント」は数多くある。タッチポイントの数そのものより、地域として実現したい観光に向けて、どの接点で旅行者の選択に働きかけるかが問題となる。

コペンハーゲンの「コペン・ペイ(CopenPay)」は、その一例である。2024年夏に社会実験として始まり、自転車での移動やごみ拾いなど、都市にとって望ましい行動をとった旅行者に、文化施設や飲食、アクティビティなどの特典を提供する。2025年には約2万5千人が参加し、2026年6月からは通年の取り組みへと移行した。この取り組みが興味深いのは、タッチポイントの多さそのものではなく、都市として望ましい旅行者の振る舞いを示し、それを具体的な都市体験と結びつけたところにある。一方、旅行者の行動に働きかけるだけでは、観光によって変化する都市空間や地域商業の問題までは扱えない。

バルセロナの「高集客エリア(EGA)」は、これとは異なる方向から観光圧力に対応している。観光客を別の場所へ分散させるのではなく、すでに多くの観光客が訪れている場所を対象として、公共空間の混雑や歩行者流動、地域商業の変化、住民生活との摩擦などに地区単位で対応する。例えばサグラダ・ファミリア地区では、2024~27年の行動計画に37の施策を盛り込み、その中には歩行者流動や観光バスなどへの対策と並んで、「近隣商業の多様性」の確保や住民活動のための空間の回復も掲げられている。

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同じEGAに位置づけられるボケリア市場でも、市場の改修にあたって、観光名所としての魅力だけでなく、市民の日常を支える市営市場としての機能を維持することが重視されている。観光客で賑わっているからといって、市場が健全な状態にあるとは限らない。そこで何が売られ、誰が買い物をし、どのような商業機能が残っているのかまで見る必要がある。京都の錦市場でも、観光客の増加とともに店舗構成や商品の変化が急速に進んできた。市場に多くの人が訪れることと、地域の日常を支えてきた市場としての機能が維持されることは同じではない。

コペン・ペイが旅行者の行動に働きかけるのに対し、EGAは観光圧力を受ける場所そのものに介入する。旅行者との接点だけでなく、その行動によって影響を受ける都市空間までを視野に入れることで、タッチポイントの設計も地域観光の戦略のなかに位置づけることができる。

 

観光の利益を、地域を育てる力に

近年、「リジェネラティブ・ツーリズム(再生型観光)」という考え方が注目されている。観光による負荷をできるだけ小さくするだけでなく、観光を通じて地域の環境や社会をよりよい状態へと再生していこうという発想である。自然観光地で語られることの多い考え方だが、都市に置き換えると、何を「再生」するのかはより複雑になる。

京都でいえば、観光客を惹きつけているのは寺社や庭園だけではない。京町家や路地によってつくられる町並み、地域の商店、食文化や工芸など、人々が長い時間をかけて暮らしのなかで育ててきたものも、京都を訪れる大きな魅力になっている。これらはもともと観光客のためにつくられたものではないが、その蓄積を観光もまた享受している。

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京都市では、宿泊税を京町家の保全にも充てている。2026年度には、宿泊税から5億7390万円を「京町家の保全及び継承に関する取組」に充当する。改修への支援に加えて、公的サブリースや社会的保有などにも取り組み、解体の危機にある京町家の再生や一時保有等に備えて5億円を宿泊税基金に積み立てる。観光客をさらに呼び込むためだけではなく、観光客を惹きつけてきた都市空間そのものを次代へ継承するために、観光から得られた財源を使う発想は重要である。

バルセロナでは、再投資の対象を地域の社会・経済活動にまで広げている。市は観光税収を市民へ還元する「観光市民還元基金(Fons ReCiutaT)」を設け、2024~27年の4年間で1億6040万ユーロを充てる計画である。使途は観光振興に限らず、地域の商業や文化、市民の日常的な活動にも及ぶ。2024年には1110万ユーロが48事業に配分され、モンジュイックの文化施設が連携して公園を活性化する事業や、周縁地区で文化・スポーツ活動を提供する事業などが支援されている。

観光によって地域の価値を利用し、そこから得られた利益を、地域を支えてきた空間、商業、文化、コミュニティへと戻していく。観光による利益を暮らしの基盤へ再投資することも、都市におけるリジェネラティブ・ツーリズムの一つの形である。

 

観光でコモンズを磨く

町並みや公共空間、地域の商店、祭りや食文化など、観光客がその土地で魅力を感じるものの多くは、誰か一人によってつくられたものではない。地域で暮らし、商いを営む人々によって長い時間をかけて育まれ、そこを訪れる人々との関係のなかで、新たな意味や価値が加えられていく。こうした地域資源を、地域住民、事業者、観光客が共同で形成し、育てていく「観光コモンズ」として捉えることもできる。

観光客は、こうした地域資源を「消費する人」であるだけではない。地域の文化を知り、そこでつくられたものを買い、地域のルールを尊重して公共空間を使う。コペン・ペイのように、地域の環境をよりよくする活動に参加することもできる。旅行者とのタッチポイントは、観光客を効率よく誘導するためだけでなく、地域との関わり方を伝え、観光コモンズをともに育てていく接点にもなりうる。

【9月特集/OT対策Vol.3】『分散』のその先へ―観光と地域の関係をどう設計するか

「暮らしの満足度向上」と「観光地としての魅力向上」を別々のものとせず、その間に循環をつくる。地域の個性や魅力が磨かれることは、そこを訪れる人にとっての魅力にもつながり、観光から生まれた利益を地域へ戻すことで、なりわいや暮らしを支えることもできる。

オーバーツーリズムへの対応も、観光客を減らす、分散させる、行動を変えてもらう、といった個別の対策だけでは完結しない。地域で暮らすことの豊かさと、その地域を訪れることの魅力は、本来、別々につくられるものではない。両者が重なるところに観光コモンズを育て、観光によってその価値をさらに磨いていく。オーバーツーリズムへの対応は、観光客を管理するための対策から、観光と地域とのよりよい関係をつくるための地域観光の設計へと進む段階に来ている。

 

著者プロフィール:

阿部大輔阿部 大輔 龍谷大学 政策学部 教授

1975年、ハワイ・ホノルル生まれ。早稲田大学理工学部土木工学科を卒業後、スペインのカタルーニャ工科大学に留学。2006年、東京大学大学院を修了し、博士(工学)を取得。その後、政策研究大学院大学研究助手、東京大学特任助教を経て、2011年から龍谷大学政策学部准教授を務め、2018年より教授に就任。2018年から19年まで、バルセロナ自治大学客員研究員も務めた。主な著書に『ポスト・オーバーツーリズム──界隈を再生する観光戦略』『インクルーシブ・コミュニティ──まちの包容力を高める都市政策の実践』(ともに編著、学芸出版社刊)など。

 

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