インバウンド事例

観光地ではない商店街を「泊まる目的地」に。SEKAI HOTEL大阪布施の地域連携

2026.10.13

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大阪府東大阪市の布施商店街。梅田や難波のような観光地ではなく、地元の人々が日々買い物をする、ごく普通の下町の商店街だ。この街の空き家や空き店舗をリノベーションし、街全体を一つのホテルと見立てた分散型宿泊施設「SEKAI HOTEL(セカイホテル)大阪布施」が、2018年の開業から着実に存在感を広げている。

フロント棟と客室棟が商店街の中に点在し、大浴場は近隣の銭湯、朝食会場は地元の喫茶店を利用する。いわゆる観光資源ではなく、街の「日常」を宿泊価値に変える仕組みは、どのように作られたのか。その過程や地域にもたらしたもの、他地域への応用可能性について、同ホテルを運営するクジラ株式会社広報の北川茉莉氏と支配人の岡本香乃氏に聞いた。

 

価格競争から脱却し、地域の日常を価値に。「まちごとホテル」が生まれた理由

SEKAI HOTELのブランドコンセプトは「旅先の日常に飛び込もう」。商店街に点在する空き家を客室としてリノベーションし、ホテルに必要な機能の一部を周辺の店舗が担う「まちごとホテル」の仕組みを展開している。

地域住民の暮らしに根付いた布施商店街▲地域住民の暮らしに根付いた布施商店街

発想の原点には、クジラ株式会社代表が不動産業界で感じていた疑問があった。同じような機能を持つ土地や建物でも「都心からどれだけ近いか」で価値が大きく左右される。ならば、その地域にしかない魅力を伝えることで、都心近郊でなくても新たな価値を生み出せるのではないか。そこから「まちごとホテル」の構想へとつながった。

「その街の暮らしに溶け込む、ローカル性に触れられる瞬間こそが、旅における付加価値になるのではないかと考えています」(北川氏)

布施は同社にとって2拠点目。当初は空き家を活用した民泊事業を手掛けていたが、Airbnbなどの普及によって価格競争が激化。宿泊場所を提供するだけではない、ホテルの新たな価値を模索する中で生まれたのが「まちごとホテル」だった。その仕組みを本格的に形にする場として選んだのが布施商店街だ。

エリア選定では、(1)主要観光地からアクセスしやすい、(2)商店街らしい街並みや店舗が残っている、(3)にぎわいの減少への危機感がある一方、街への愛着を持つ住民が多い、(4)近隣に大学があり若い人材が地域に関わりやすい、という4点を重視した。布施は近鉄で難波から約10分、近畿大学にも近い。こうした条件から展開が決まった。

 

全員を一度に巻き込まない。小さく始めて地域との関係を広げていく

空き家や空き店舗を客室に変えるには、地主や店主の理解が欠かせない。同社は不動産仲介から設計、施工までを社内で一貫して担っており、物件が見つかれば、施工担当者がすぐにリノベーションの可否や予算を判断できる。こうした社内一貫体制による意思決定の早さも物件交渉での強みになった。

ただ、反対の声はなかったものの、「商店街をホテルにする」という発想はイメージされにくかった。そのため、最初から地域全体の理解や賛同を得ようとするのではなく、まずは取り組みに関心を持つ人たちと小さく始めることにした。

2018年の開業当初は、フロント棟と客室1棟のみだった。地域への周知についても、事前の挨拶回りをあえて最小限にとどめ、オープンの1週間前に説明会を開催した。

「最初はデータもなかったので、SEKAI HOTELを通してこういう街を作りたいというイメージを描いた街全体のイラストを持って、地域の方々とお話ししていました」(北川氏)

その後、実績を積み重ねながら地域との関係を広げていき、2020年までに7棟へ拡大。コロナ禍以降、さらに3棟を加えた。

「2024〜2025年に新設した3棟については、これまでの効果をデータで提示しながら協議を重ねました」(北川氏)

東大阪の町工場を感じさせるデザインが特徴の客室▲東大阪の町工場を感じさせるデザインが特徴の客室

 

OTAで見つけてもらえない――「布施そのものを目的地に」発信戦略を転換

開業直後は、想定外の壁に直面した。布施が大阪市ではなく東大阪市に位置することが、OTAでの集客では不利に働いたのだ。大阪の宿泊先を探す旅行者が「大阪市」で検索すると、東大阪市にあるSEKAI HOTEL大阪布施は候補に入りにくい。一時はフロント機能を大阪市内に移す案も検討したが、最終的には布施やSEKAI HOTEL自体を目的地として認知してもらう方向へ舵を切った。

そこで、メディアやSNSでの情報発信に力を入れるとともに、自分たちが提供する価値をより伝わりやすく言語化し直すことに。社内ではクリエイティブ部をつくり、コンサルティング会社の書籍を読んだり、クリエイティブ会社の講演に足を運んだりしながら、伝え方を試行錯誤した。そのなかで、当初「クラウド型ホテル」と呼んでいたものを「まちごとホテル」に改め、ブランドコンセプトを「旅先の日常に飛び込もう」に刷新した。

こうした言葉による伝え方に加え、メディア露出を後押ししたのが、ホテルの特徴的な見せ方だ。もともと婦人服店だった建物では、古い看板をあえて残したままフロントとして使用。外観からは想像できない内装とのギャップが、結果的にメディアにも取り上げられやすいビジュアルになった。

2018年の開業当初から使われている、婦人服店をリノベーションしたフロント▲2018年の開業当初から使われている、婦人服店をリノベーションしたフロント

「看板がそのまま残っていて中に入るとおしゃれなフロントになっている、その意外性がテレビの画(え)として浮かびやすいのだと思います」(北川氏)

 

地域との関係構築は「ホスピタリティ」より「フレンドシップ」を重視

地域の商店主との関係で大切にしているのは、ホテルらしい「ホスピタリティ」ではなく「フレンドシップ」、対等かつ友好的な関係だ。送客数などを条件に店舗側へ何かを求めたり、ホテルのゲスト向けに値引きを求めたりはしない。交渉相手になってしまうと、持続的な関係を築くのが難しいと考えるからだ。

地域の常連さんにも、宿泊客にも愛される「立呑み処 おおにし」▲地域の常連さんにも、宿泊客にも愛される「立呑み処 おおにし」

「一つのお店の印象が良くなかったら、その街に対して嫌な思い出が残ってしまいますが、逆に快く迎え入れてもらえたら、その街の旅行は楽しかったという記憶になり、街全体にポジティブな影響を及ぼすことができるはずです。そのためにも、私たちはゲストを一見客ではなく、街の一員として受け入れていただきたいとお伝えしています」(北川氏)

商店主とは日常的なコミュニケーションを大切にしている。ゲストから寄せられたコメントを店舗へ持って行き、「常連さんによくしていただいたそうです」といったフィードバックをこまめに返す。そうする中で、「次はこんなことをしよう」と新たな取り組みにつながることもあるという。

金銭面でも対等な関係を崩さない。収益の中心は宿泊料で、地域事業者との連携から収益を得ることは基本的にない。パートナー店舗にホテル側から値引きを求めることはせず、正規の価格を支払う。

ここで重要なのは、ホテルと地域の店舗が、それぞれの事業で収益を得る仕組みになっている点だ。地域連携そのものをホテルの収益源の一部にするのではなく、双方の事業が成り立つ形で関係を築いている。

さらにホテルは、ゲスト一組につき宿泊費のうち200円を積み立て、子ども向けイベントの開催など、地域のために還元している。

 

「常連に仲間入り」できる仕掛けで、旅行者と街の日常をつなぐ

ひとたびゲストがホテルを訪れたとしても、実際に街を歩いてもらうためには、ただ「地元のお店に行ってください」と案内するだけでは十分ではない。そこで用意したのが「SEKAI PASS(セカイパス)」だ。パスポートサイズの水色のカードで、首から下げられるため、街の人にもSEKAI HOTELのゲストだとひと目でわかる。提携店で見せると、おまけや裏メニューなどの特典を受けられる仕組みだ。特典の内容は、各店が常連客に提供してきたサービスをベースに、店舗側の負担やゲストの反応をふまえながら、ホテルと店舗ですり合わせて決めている。

「観光地ではない場所に飛び込むこと自体、旅行者にとってはハードルがあると思っています。SEKAI PASSを見せたら常連に仲間入りできますよ、とお伝えすることで、このお店なら安心して入れそうだと感じてもらえたらと考えています」(岡本氏)

実際にゲストからも、SEKAI PASSがあることで店に入りやすかったという声が寄せられている。

もう一つ、街を楽しむための合言葉が「景気良くいこう」。布施に商売繁盛の神様・布施戎神社があることにちなみ、大吉しか出ないおみくじも用意している。宿泊者にまず“景気づけ”をして、気分を高めて街へ出てもらいたいという狙いだ。

宿泊者と地域の店舗をつなぐ「SEKAI PASS」と「館内マップ」、名物の開運おみくじも用意▲宿泊者と地域の店舗をつなぐ「SEKAI PASS」と「館内マップ」、名物の開運おみくじも用意

宿泊プランにも、街へ出てもらうための工夫がある。基本となる朝食・銭湯付きプランのほか、5枚のチケットを使って街の名物を少しずつ味わえる「食べ歩きプラン」、1泊10食付きの「食い倒れプラン」などを用意。予約段階から、布施での過ごし方をイメージできるようにした。

昭和33年から続く、布施商店街の銭湯「戎湯」。ホテルの大浴場として宿泊者も利用できる▲昭和33年から続く、布施商店街の銭湯「戎湯」。ホテルの大浴場として宿泊者も利用できる

 

メディア露出や新規出店も。取り組みを重ねる中で街に起きた変化

商店街の店舗の情報発信もサポートしている。たとえばGoogleマップの運用では、店舗によって掲載情報や写真にばらつきがあったため、外部のフォトグラファーに撮影を依頼し、各店舗に写真を無償提供した。

こうした取り組みを重ねる中で、街にも変化が表れている。SEKAI HOTELには年間20〜30件のメディア取材があり、ビジネス系番組や報道番組でも紹介されてきた。また、全てがSEKAI HOTELの成果と単純には言えないものの、コロナ禍で途絶えていた商店街のイベントの復活や周辺店舗の新規開店も見られた。土曜夜市は5年ぶり、布施えびすバルは7年ぶりに再開し、だんじりパレードの規模も拡大した。ホテルの開業後、周辺では約20店舗が新規開店したという。

「地元の方が布施を紹介するとき、『SEKAI HOTELがある商店街だよ』と話すほうが伝わりやすいから、と言ってくださるようになったのはうれしかったです」(北川氏)

“なにわコロッケ”が名物の老舗精肉店「肉のやまじん」▲“なにわコロッケ”が名物の老舗精肉店「肉のやまじん」

さらに、住民とゲストの交流も日常の風景になりつつある。

「銭湯の常連さんが使い方に戸惑うゲストを助けてくださったり、お肉屋さんやパン屋さんのスタッフが積極的に話しかけてくださったり。街の方がゲストと関わる姿勢が変化してきていると感じます」(岡本氏)

 

ローカルな日常を求める外国人客への発信とインバウンドの受け入れ

開業当初は関西国際空港から布施への直通バスによるインバウンド需要を見込んでいたが、バスは開業後に運休となった。それでも、口コミやSNSを通じて外国人旅行者は増えており、現在は台湾からのゲストが中心だ。

「台湾のお客様は訪日リピーターが多く、連泊してUSJや奈良観光と組み合わせて布施を拠点にしてくださる方が目立ちます。韓国、香港、欧米豪からのお客様も一定数いて、あえて中心地の喧騒を避け、より静かなローカルエリアを求めて布施を選ばれるケースも多いです」(岡本氏)

そうしたゲストに向け、パートナーショップには英語メニューや、指差しで注文できる「おすすめ3選」のカードも用意。台湾向けにはInstagramを開設し、店舗へのインタビュー動画にAI翻訳による繁体字字幕を付けて発信している。同じ素材を欧米向けにも展開し、地元では当たり前の風景を「異文化」として紹介する。

レセプションのカフェ・バースペースでは、宿泊客と地域住民の交流が生まれることも▲レセプションのカフェ・バースペースでは、宿泊客と地域住民の交流が生まれることも

現在、食べ歩きプラン購入者向けには無料のガイドツアーを提供しており、今後はさらに拡充する予定だ。

 

仕組みは共通化しても、地域の「日常」はコピーしない

SEKAI HOTELは布施だけでなく、2022年から富山県高岡市にも展開している。高岡で掲げる合言葉は「やわやわブルー」。雨晴海岸や立山連峰、伝統工芸の高岡銅器をはじめ、高岡の街に見られる多彩な「青」に着目し、「青のまち高岡」として地域の魅力を表現した。また「やわやわ」は富山弁で「ゆったり、ゆっくり」の意味。高岡のさまざまな「青」と、街に流れるゆったりとした時間を組み合わせ、その土地の日常を表すコンセプトに落とし込んだ。

フロントは、高岡のランドマークである文苑堂書店の旧本店跡地をリノベーション▲フロントは、高岡のランドマークである文苑堂書店の旧本店跡地をリノベーション

「SEKAI PASSやマップといったアイテムは共通化できますが、その街がどういう街なのかという言語化は、地域ごとに変えていく必要があります。観光地ではない場所にどんな体験があるのか、行ってみたいと思ってもらえる言葉に落とし込む作業は根気がいりますが、絶対に欠かせないと感じています」(岡本氏)

また、事業の始めやすさという点でも、分散型ホテルには他地域へ展開しやすい特徴がある。最初から大規模な施設を建てる必要はなく、一棟から始め、周辺の店舗と連携しながら少しずつ広げていけるからだ。

ただし、仕組みだけを移植すれば成立するわけではない。重要なのは、地域の店舗や住民との関係を築き、その土地ならではの日常を宿泊者にとっての価値として再編集することだ。

 

街との接点をさらに広げ、多様な「日常」を旅の楽しみに

今後は「まちごとホテル」として、宿泊者が楽しめる街のコンテンツをさらに広げていく考えだ。現在の提携先は飲食店が中心で、まだ街の一部に限られているが、今後は理美容やマッサージなど、飲食以外の店舗との提携も増やしていきたいという。

「『まちごとホテル』と名乗る以上、街の中にあるもっと多様なお店を紹介できるようにしていきたいと思っています」(岡本氏)

地域の日常に目を向け、そこにある地域らしさを言語化する。そして地域との関係を築きながら、旅行者が街に入りやすい仕掛けをつくる。布施で積み重ねてきた取り組みから見えてくるのは、こうしたプロセスを通じて、地域の日常そのものを旅行者にとっての価値へとつなげられるということだ。

(写真提供:クジラ株式会社)

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