インバウンドコラム

【体験レポ】なぜ訪日客は東京のライブハウスにハマる? ローカルな音楽シーンへ入り込む体験ツアーの舞台裏

2026.09.24

飯田 千聖

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東京には数多くのライブハウスがあり、インディーズのアーティストが日々ステージに立っています。しかし訪日旅行者だけで、ライブハウスを訪れるのは意外と簡単ではありません。

チケットはどう買うのか。写真や動画は撮っていいのか。観客が突然始める独特な動きには、どう加わればいいのか。そんな「興味はあるけれど、一人では入りづらい」東京のライブシーンへ旅行者を案内しているのが、J-Rock Toursの田島弘隆さんが手掛けるライブ体験ツアーです。

今回は一参加者としてツアーに同行しました。実際に体験してみると、その価値は単なる「ライブ鑑賞」にとどまらないことが見えてきました。

ライブハウス体験の様子

 

東京のローカルな音楽シーンに入り込む、約3時間半のライブ体験

今回参加したのは、訪日旅行者向けのライブ体験ツアー「Explore Tokyo’s music scene with an insider」です。ファンの独特な楽しみ方やアーティストとの交流など、ローカルなライブシーンを体験します。

所要時間は約3時間半で、ライブの開演時間に合わせて集合します。平日は18時ごろ、土日は16〜17時ごろから始まることもあります。開催頻度は週4回程度、多い月には20回ほど催行されています。

ツアーの料金はガイド料が9500円〜で、別途ライブチケット代(3000〜5000円程)がかかります。Airbnbでは★4.96を獲得し、多くの訪日客から支持されています。

ツアーでは、下北沢、新宿、渋谷、池袋などのライブハウスを訪れることが多く、その日の公演に合わせて会場を選びます。今回は新宿のライブハウスを訪れました。

予約時点では、どのライブを見るのか決まっていないケースが多いのも、このツアーの特徴です。参加者の約3割は、予約前に田島さんへ問い合わせ、好みのジャンルなどを相談したうえで、候補の中から自分に合ったライブが開催される日を選んで予約するといいます。一方、約7割は先に日程を決めて直接予約するケースです。その場合は、田島さんが日頃から収集している都内200ものライブハウスやアーティストの公演情報をもとに、その日におすすめのライブを選びます。

案内する際に田島さんが意識しているのは、東京の音楽シーンから、まだ広く知られていない、海外でも支持される可能性を感じるバンドやアイドルを自身の目で選ぶことです。ジャンルはJ-ROCKやメタルコア、パンクを中心に、J-POP、シティポップ、テクノなど幅広く、なかでもアイドルやヴィジュアル系、ガールズバンドなど、海外の参加者にとって新鮮に映るスタイルは人気だといいます。

ライブハウス体験の様子2

この日の参加者は、オランダから3人、アメリカから1人、チリから1人の計5人。アメリカからの参加者はプロのバイオリニストでした。音楽の専門家から、東京のローカルな音楽シーンを体験してみたい旅行者までが集まりました。

集合後は、「日本は初めてですか」「普段はどんな音楽を聴きますか」といった会話を交わしながらライブハウスへ向かいます。その日のエリアの音楽シーンや出演アーティストについて紹介しつつ、それぞれの音楽の好みを聞き、参加者との距離を縮めていきます。

 

見えないルールを事前に伝え、安心してローカルな世界へ

このツアーでまず参考になるのは、旅行者がライブを楽しむうえでの障壁を、事前に取り除いている点です。

予約後には、チケット代や待ち合わせ場所、撮影ルール、支払い方法などの注意事項に加え、出演アーティストの情報やMVを共有します。ライブハウスでは、常連客には当たり前のルールでも、初めて訪れる外国人には分からないことが少なくありません。知らずに動画を撮影して注意されれば、体験そのものへの印象を損ねる可能性もあります。

また、会場に着くと、田島さんは常連のファンにも「今日初めての人たちだからよろしく」と声をかけます。参加者と受け入れる側、双方の戸惑いを減らすことで、安心してその場を楽しめる環境を整えます。

会場に入る前、田島さんは話をしながら、ライブ関係者やファンと参加者をつなぐ▲会場に入る前、田島さんは話をしながら、ライブ関係者やファンと参加者をつなぐ

地域の日常に近い体験では、「何を体験してもらうか」だけでなく、その世界に入る際の障壁を事前に取り除くことも大切です。

 

説明しすぎず、参加者が「自分なりに楽しめる」余白をつくる

事前準備を丁寧に行う一方、当日の田島さんは体験を仕切りすぎません。

ライブが始まると、ステージ近くで写真撮影を楽しむ人、観客の輪に入って踊る人、少し離れて静かに音楽を楽しむ人など、楽しみ方はさまざまです。田島さんも全員に同じ行動を求めず、それぞれの様子を見ながら必要な場面でサポートします。

長々と解説することもありません。「あの手の動きにはどんな意味があるの?」と聞かれれば説明し、ライブの合間には「誰が良かった?」と感想を聞いて次のバンドを紹介。アーティストが近くにいれば、自然に会話ができるように橋渡しします。

また、曲に合わせた独特のコールや動きが始まると、興味を示した参加者をファンの輪へ誘うことも。最初は様子を見ていた参加者が、いつの間にか周囲と一緒に体を動かす姿も見られました。

ファンに担ぎ上げられる参加者。「初めてのクラウドサーフィン」と喜んでいました▲ファンに担ぎ上げられる参加者。「初めてのクラウドサーフィン」と喜んでいました

田島さんが重視しているのは、自らが「楽しませる」ことではなく、参加者が「自分で楽しめる」環境をつくることです。提供側がすべてを説明するのではなく、参加者自身が発見し、自分なりに楽しめる余白を残すことも、体験を深めるポイントとなると感じました。

 

「一人でも行ける。でも一人ではできない」をツアーの価値に

このツアーの大きな価値は、旅行者だけでは入り込みにくいローカルなコミュニティとつながれることにあります。

ライブハウスへ行くだけなら、旅行者自身でできます。しかし、日本のファンと一緒に盛り上がり、アーティストと言葉を交わすところまで踏み込むのは簡単ではありません。それを可能にしているのが、田島さんが長年築いてきたアーティストやファンとの関係です。チケットを事前に確保してもらうなど、これまで築いてきた関係があるからこそ、ライブの選択肢や楽しみ方を広げることができます。

この日の参加者からも、「広い会場で高いチケットを買って見るライブもいいけれど、小さな会場でアーティストと話したり、直接グッズを買ったりして交流できるのがすごくいい」という声が聞かれました。

パフォーマンスを見たアーティストとの会話を楽しむ参加者▲パフォーマンスを見たアーティストとの会話を楽しむ参加者

参加者から好評なのが、アーティストとの写真撮影や、日本独特の「チェキ文化」です。チェキは、旅の思い出を形に残せるお土産としても喜ばれているといいます。この日は、参加者がアーティストと撮ったチェキを見せ合ううちに周囲の常連客との交流が生まれ、最後には一緒に記念撮影をする場面も見られました。

「こんなユニークな体験は初めてだと言われます」と田島さんは話します。曲に合わせた掛け声や独特の動きで盛り上がるオタ芸を見たり、チェキを撮ったり、さらにはファンと一緒にモッシュピット(観客同士が激しく体を動かして盛り上がる空間)に参加したり。旅行者にとっては、参加する前には想像しにくかった体験が次々と生まれます。

今は「その場所へ連れていく」だけでは、ツアーならではの価値を生み出しにくくなっています。だからこそ体験ツアーでは、「個人でも行ける場所で、個人では得られない体験をどうつくるか」という視点が重要だと感じました。

アーティストと撮ったチェキを見せ合い、ライブの常連客と一緒に記念撮影する参加者▲アーティストと撮ったチェキを見せ合い、ライブの常連客と一緒に記念撮影する参加者

 

ライブでの出会いが、再訪や新たなファンへとつながっていく

ライブハウスでの出会いは、その日だけで終わるとは限りません。ツアーで知ったアーティストを気に入り、再来日して自分でライブへ足を運ぶ人もいるといいます。

この日も、以前田島さんのツアーに参加した後、再び日本を訪れ、自分たちで同じライブ会場に足を運んでいた旅行者に出会いました。ツアー自体のリピーターも約2割で、過去の参加者の友人や家族が訪れるケースもあるそうです。

こうした広がりを支えているのが、参加者による口コミです。田島さんがツアーを始めたのは2018年。当初は集客に苦戦しましたが、共通の趣味や関心を持つ人が集まるコミュニティサービス「Meetup」で在日外国人をライブへ案内し、その反応に手応えを得たことから、Airbnbで体験の販売を始めました。

その後、参加者の口コミが少しずつ広がり、当初は日本の音楽に詳しい外国人が中心だった参加者層も、近年では「東京のローカルな音楽シーンを体験してみたい」という旅行者へと広がっています。

日本のライブハウス体験3

そして田島さんには、このツアーを続けるもう一つの理由があります。

「日本のアンダーグラウンドには、才能のあるアーティストがたくさんいます。海外の人たちにも、そういう人たちを知ってもらう機会を増やしたい」と田島さんは話します。

旅行者にとっては、まだ知らなかった日本の音楽と出会う機会に、アーティストにとっては、海外の新たなファンと出会う機会になります。田島さんは、その間をつなぐ役割を担おうとしています。

 

今回のツアーで印象的だったのは、ライブハウスというもともとそこにある文化が、田島さんの橋渡しによって、旅行者にとって特別な体験になっていたことです。

地域にも、旅行者だけではなかなか入りにくい場所や、まだ知られていない日常の楽しみ方があるかもしれません。そうした地域の日常と旅行者をつなぐことも、旅ナカ体験を考えるうえでのヒントになりそうです。

 

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