インバウンドコラム

成熟市場が求める「次の訪日旅行」は何か―フランス市場との対話から見えてきた変化―

2026.07.22

村山 慶輔

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2026年6月、フランス・パリで現地の旅行会社や旅行関係者と対話する機会があった。そこで強く感じたのは、日本への関心の高さ以上に、フランス市場の成熟度である。日本旅行を扱う旅行会社が、すでに定番商品や手配先を持っている市場では、新しい地域を知ること以上に、「なぜその地域を旅に入れるのか」を説明できることが問われる。

 

旅行会社が探す、定番ルートのその先

今回は、訪日を専門に扱う旅行会社に加え、アジア全般を扱いながら日本旅行を長く販売してきた旅行会社とも対話した。東京、京都、大阪をめぐるゴールデンルートはもちろん、富士山、奈良、広島、瀬戸内、熊野や高野山なども、すでに商品化した経験を持つ会社が少なくなかった。日本側の受入事業者との関係を築き、自社で一部の手配を行う会社も見られた。

つまり、現地で聞かれたのは、「日本旅行を始めるにはどうすればよいか」ではなかった。むしろ多かったのは、「次にどの地域を提案できるのか」「定番ルートの先に、どのような日本を見せられるのか」といった問いだった。

▲パリの街を歩きながら、現地旅行会社との対話で見えた成熟市場の変化を考えた(筆者撮影)

 

ゴールデンルートは、いまも日本旅行の入口

まず前提として、ゴールデンルートの価値が下がったわけではない。初めて日本を訪れる旅行者にとって、東京の都市性、京都の寺社や街並み、富士山、温泉、奈良や広島は、いまも強い魅力を持つ。フランス市場でも、日本らしい風景や文化に触れたいという需要は確かにある。ただ、成熟した市場では、旅行会社も旅行者も、日本について一定の知識と経験を持っている。

ある訪日専門旅行会社は、高野山についてこう話していた。

「高野山は、もうこちらから積極的に売る場所ではない。お客様自身で行くほど知られているから」

もちろん、これは市場全体を表すものではない。しかし、20年以上にわたって日本を扱ってきた旅行会社にとっては、高野山のように、かつては“深い日本”を象徴する目的地だった場所も、すでに十分に知られた選択肢になっていることを示す、印象的な言葉だった。

旅行会社はすでに複数の商品を造成し、再訪客や日本文化への関心が高い顧客を抱えている。代表的な観光地は、SNSや動画を通じて事前に見慣れている旅行者も少なくない。そのため、旅行会社にとって重要なのは、ゴールデンルートを置き換えることではない。定番の旅を軸にしながら、その前後に何を足すのか。あるいは、定番を経験した旅行者に、次にどのような日本を提案するのか。その選択肢を持つことが、商品づくりのテーマになっているように感じた。

 

地方は「知られていないから」選ばれるわけではない

対話のなかで繰り返し聞かれたのが、地方への関心だった。東北、九州、四国、北海道、山陰など、東京・京都・大阪以外の地域について、具体的な質問や関心が寄せられた。背景には、リピーター向けの商品開発、オーバーツーリズムを避けたいという意識、そして既存の商品との差別化がある。

ただし、重要なのは、「人が少ない地域」や「まだ知られていない地域」を探しているだけではないということだ。旅行会社が求めているのは、その地域を旅に組み込む理由を、顧客に説明できることである。

なぜそこを訪れるのか。どのような旅行者に合うのか。何を体験できるのか。定番の旅とどうつながり、旅全体にどんな変化をもたらすのか。

地域名を増やすだけでは、旅行商品にはなりにくい。「有名ではない場所」よりも、「行く意味を語れる場所」。今回の対話を通じて、そうした視点が強く求められていると実感した。

 

「観光客のための場所」から少し距離を置きたい

複数の旅行会社から、ほぼ同じ趣旨の言葉を聞いた。

「フランス人は、フランス人のいるところには行きたくない」

もちろん、すべてのフランス人旅行者に当てはまる話ではない。それでも、この言葉には、成熟市場の旅行者が求める旅の方向性が表れているように思う。

有名な観光地を訪れること自体を否定しているわけではない。初めて日本を訪れるなら、東京や京都といった象徴的な場所を見たいという需要は強い。

その一方で、旅のなかでずっと同じ国籍の旅行者に囲まれるような状況は避けたい。観光客向けに整いすぎた場所よりも、自分たちのペースで地域に入り込み、その土地ならではの時間を過ごしたい。多少の不便さや移動時間があっても、自分たちらしい発見がある旅をしたい。こうした志向は、地方への関心ともつながっているのだろう。

興味深かったのは、旅行会社を通じて日本旅行を手配する顧客であっても、地域によってはレンタカーで巡る旅への関心があることだ。これは、旅行会社を利用する旅行者が、すべてをガイドや専用車に委ねたいわけではないことを示している。移動や宿泊に関する不安は減らしたい。一方で、地域では自分たちのペースで走り、寄り道し、土地の空気に触れたい。

成熟市場の旅行者は、「自由旅行か、手配旅行か」という二者択一ではなく、安心を確保したうえで自由に過ごせる旅を求めているように見えた。地域側には、無理のないルートや安心できる宿、必要なときに頼れる案内を整えながら、旅行者が自分たちらしく地域に入れる余白をつくることが求められる。

 

日本側に求められる「地域を説明する力」

地方への関心が高まっているからといって、地域名を旅程に組み込めば、それだけで選ばれるわけではない。移動のしやすさ、宿泊の選択肢、荷物の扱い、現地での案内、体験の予約や運営など、旅として無理なく成立するかどうかも重要になる。とくに、フランス語で地域の魅力を伝えられるガイドや案内人の不足は、地方周遊を広げるうえでの課題の一つという印象を受けた。

ただし、受入環境だけを整えても、地域の価値が十分に伝わるとは限らない。なぜその地域を訪れるのか。どのような旅行者に、どのような時間を過ごしてほしいのか。その地域が旅のなかで果たす役割を伝えられるかどうかが問われている。

地域の価値を旅の文脈で伝える必要は、地方部だけの課題ではない。たとえば沖縄も、海やリゾートとしてだけ紹介していては、成熟市場向けの商品として差別化しにくい。長寿、地域の暮らし、自然、食、ゆったりとした時間の流れを、どのような旅行者に向けて、どのような滞在として届けるのか。そこまで整理されて初めて、地域は旅程の中で明確な役割を持ち始める。

見どころを並べるだけではなく、誰と出会い、どのような時間を過ごし、他の地域とどうつながるのか。そこまで言語化できて初めて、地域は「立ち寄る場所」ではなく、旅行者にとって「行く意味のある場所」として選ばれる。

成熟市場が求めているのは、単に新しい地域名ではない。日本側に求められているのは、その地域の価値を、旅の文脈で語る力だ。

 

※本記事は「観光フィールドノート」の一編です。続きの思考は、月1回配信しているメール版で記しています。 → メルマガのご案内はこちら

 

著者プロフィール:

株式会社やまとごころ 代表取締役 
インバウンド戦略アドバイザー 村山慶輔

神戸市出身。米国ウィスコンシン大学マディソン校卒業後、アクセンチュアを経て、2007年にインバウンド観光情報サイト「やまとごころ.jp」を立ち上げる。以来、観光事業者・自治体・DMO等に向けて、情報発信、人材育成、研修、コンサルティングを通じ、インバウンド戦略の立案・実行を支援。観光庁をはじめ、国や地域の観光政策・事業に関する委員・アドバイザー等を務め、持続可能な観光地域づくりにも取り組む。著書に『観光再生』など計10冊。やまとごころ.jpでは、観光・インバウンドの現場視点を綴る連載「観光フィールドノート」を執筆中。

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