インバウンドコラム
2026年3月、ドイツ・ベルリンで開催された世界最大級の旅行博「ITBベルリン」に参加した。今回は、メディアとしての取材にとどまらず、日本の旅行事業者として、欧州を中心とするバイヤーとの商談に参加する機会を得た。
現地で強く感じたのは、日本への関心の高さである。すでに日本旅行を扱っている旅行会社はもちろん、顧客ニーズや日本ブームを受けて、これから日本市場に参入したいというエージェントも少なくなかった。
一方で、商談を通じて見えてきたのは、日本人気の高さだけではない。欧州バイヤーが求める旅の内容は多様化し、従来型のゴールデンルートに加えて、Slow Travel、ハイキング、新しい地域、言語対応など、より具体的な提案力が求められている。
日本人気の先に、私たちは何を届けるべきなのか。ITBベルリンの商談現場と会場で感じたことをもとに考えてみたい。
▲ITBベルリン2026の会場となったMesse Berlin
日本を“これから売りたい”エージェントが増えている
まず実感したのは、日本を新たに扱いたいエージェントの多さである。
すでに日本旅行を扱っている旅行会社だけでなく、これから日本を始めたい、あるいは本格的に商品造成したいというエージェントが多かった。感覚値では、商談相手の6〜7割ほどが、日本への新規参入、または本格展開を検討している層だった。
ドイツ開催ということもありドイツ系の参加者は多かったが、北欧や東欧のバイヤーの存在感も印象的だった。日本は“売れる国”であると同時に、“これから売りたい国”として、欧州市場で裾野を広げている。
ただし、日本を扱いたいという関心が高まるほど、日本側に求められる水準も上がる。ルート設計、価格、ガイド、宿泊、移動、地域との接点まで含めて、海外エージェントが安心して販売できる形に整えることが必要になる。
日本人気を一過性の送客に終わらせず、地域に価値が残る旅へつなげられるか。そこが、これからより問われていくように感じた。
▲多くの来場者が足を運んだ日本ブース
ゴールデンルートの先に、Slow Travelへの関心
商談の中で感じたのは、ゴールデンルートの人気が依然として強い一方で、それだけではない日本を求める声が多かったことだ。
東京、京都、大阪、富士山といった定番ルートへの関心は根強い。しかし、それに加えて、熊野、中山道、みちのく潮風トレイルなど、歩く旅や自然・文化に触れるルートへの関心も高かった。
印象的だったキーワードの一つが「Slow Travel」である。短時間で多くの観光地を巡るのではなく、一つの地域に滞在し、歩きながら自然や文化に触れ、その土地の時間を感じるような旅への関心が高まっている。特に、アドベンチャー、ウォーキング、ハイキングへのニーズは強かった。日本を“見る”だけでなく、実際に歩き、動き、身体を通じて地域に触れる旅を求める声が多かったことが印象的だった。
これは、単なるアクティビティ需要ではない。背景には、混雑を避けたい、自然に触れたい、地域との関係性を感じたい、サステナブルな旅をしたいという価値観がある。企業によって温度差はあるものの、サステナビリティは特別なテーマというより、欧州の旅行会社にとって前提に近い感覚になっているように感じた。
ただし、求められているのは、単に「まだ知られていない地域」ではない。海外エージェントが自社の顧客に説明でき、販売でき、安心して催行できる形に整えられた“+αの日本”である。
これまで地域やDMOの支援に関わる中でも、魅力的な素材はあるものの、海外市場で販売できる形に整理しきれていないケースを多く見てきた。地域に魅力的な素材があることと、それが海外市場で売れる旅行商品になっていることは、必ずしも同じではない。
Slow Travelは言葉としては柔らかいが、商品として成立させるには、かなり緻密な実装力が必要になる。
英語だけでは届かない欧州市場
欧州と一括りにしても、国や地域によって顧客層、旅行スタイル、価格感、言語ニーズは異なる。
商談で多く聞かれたのが、ガイドを確保できるかという点だった。特に、ドイツ語ガイドへのニーズは強い。加えて、フランス語、スペイン語など、英語以外の言語対応を求められる場面もある。
旧東ドイツ圏などでは、英語に不慣れな顧客層もいるという話も聞いた。日本側では「英語対応ができれば海外対応」と考えがちだが、欧州市場に向き合ううえでは、それだけでは十分でないケースがある。
特に、文化や歴史、信仰、地域の暮らしを深く伝える旅では、言語の役割は大きい。旅行商品の魅力だけでなく、それを誰の言葉で、どの深さまで伝えられるか。欧州市場では、この点も競争力になる。
衛星データが観光地経営を変える時代へ
ITBベルリンは、単なる商談会ではない。世界の旅行業界関係者が集まり、先進事例や新しい潮流を学ぶ場でもある。
会場ではAIをはじめとするDX系ソリューションの出展も目立ったが、個人的に特に印象に残ったのは、宇宙データ、いわゆる衛星データを観光や街づくり、気候変動対応に活用する企業のプレゼンテーションである。正直に言えば、観光分野で衛星データがここまで実用的に語られていることに驚いた。
▲観光地経営を支える衛星データ活用のプレゼンテーション
紹介されていたのは、欧州の衛星データ活用プログラムであるCopernicusなどを活用し、都市分析、自然災害リスク、水質、陸地・海面温度、土地利用、将来予測などを観光地経営に生かす取り組みだった。
たとえば、気温や水質、土地利用、自然災害リスクなどを把握し、ハイキングやアウトドアアクティビティの適地判断、混雑・環境負荷の管理に生かすという発想である。
日本で観光分野のデータ活用というと、宿泊統計、人流データ、検索データ、SNS分析、予約データなどが中心に語られることが多い。しかし、ITBで見た議論は、さらに一段広かった。
データ活用の射程は、集客や販促を超え、観光地そのものをどう管理し、守り、持続可能に運営するかという領域へ広がっている。気候変動による暑さや豪雨、災害リスク。観光客の集中による混雑や環境負荷。自然資源の保全と利用のバランス。これらは今後、日本の観光地にとっても避けて通れない課題である。
ITBで感じたのは、世界の観光産業におけるデータ活用が、観光地経営そのものを支える基盤になりつつあるということだった。
商談会は、会期前後を含めて設計する
ITBでは、専用ポータルを通じて事前に商談を組むことができる。一方で、ポータル上でアポイントが成立していても、実際に当日ブースに来ないケースもある。
オンライン上でマッチングできることと、質の高い商談が実現することは別である。だからこそ、事前のやり取り、当日の対応、会場での偶発的な出会い、会期後のフォローまで含めた設計が重要になる。
一方で、ITBの公式サイト上に掲載された日本側旅行事業者の情報を見て、事前・事後に直接問い合わせが入るケースもあった。私自身が関わる旅行事業でも、会期前後の問い合わせが具体的な案件につながる場面があり、商談会の価値は会期中のアポイントだけでは測れないと感じた。
商談会は、会期中のアポイントだけで完結する場ではない。事前に何を発信し、誰と接点をつくり、会期後にどう関係を続けるか。そこまで含めて設計することで、商談会の価値は大きく変わる。
また、ブースは情報を置く場所ではなく、関係性を生む場所でもある。日本ブースにも多くの来場者が足を運んでいたが、他国ブースでは飲食の提供なども含め、より大きな交流の場をつくる工夫も見られた。
▲アドベンチャートラベル関連のブース。会場での偶発的な出会いも重要になる
観光は平和産業である。日本人気の先に何を届けるのか
ITBでは、観光産業の可能性だけでなく、その脆さを感じる場面もあった。
開催時期が中東情勢の緊張と重なり、中東地域、あるいは中東経由での移動を予定していた関係者の一部が、予定通りベルリンに来られない状況もあったと聞いた。会場では、立派なブースが設けられているにもかかわらず、出展者が少ないエリアも見られた。
華やかな旅行博の場であっても、国際情勢や航空網の混乱が起これば、人の移動は一瞬で制約される。
その光景を前に、観光は平和産業であることを改めて強く感じた。人が国を越えて移動し、互いの文化や地域に触れることは、平和と安定があって初めて成り立つ。
日本人気は確かに追い風である。しかし、その追い風を地域に価値が残る旅へ変えるには、地域の魅力を海外市場に届く形へ翻訳し、販売・手配・催行できる状態に整える必要がある。
ITBベルリンで見えたのは、日本が選ばれる可能性の大きさだった。しかし同時に、その期待に応えるには、Slow Travel、ハイキング、地域の文化や自然、言語対応、観光地経営の視点まで含めて、一つの旅として組み立てる力が問われていることも痛感した。そして、そのすべては、人が安心して移動できる平和な環境の上に成り立っている。
日本人気の先に、何を届けるのか。観光に関わる一人として、その問いを改めて持ち帰る機会となった。
※本記事は「観光フィールドノート」の一編です。続きの思考は、月1回配信しているメール版で記しています。 → メルマガのご案内はこちら
著者プロフィール:
株式会社やまとごころ 代表取締役
インバウンド戦略アドバイザー 村山慶輔
神戸市出身。米国ウィスコンシン大学マディソン校卒業後、アクセンチュアを経て、2007年にインバウンド観光情報サイト「やまとごころ.jp」を立ち上げる。以来、観光事業者・自治体・DMO等に向けて、情報発信、人材育成、研修、コンサルティングを通じ、インバウンド戦略の立案・実行を支援。観光庁をはじめ、国や地域の観光政策・事業に関する委員・アドバイザー等を務め、持続可能な観光地域づくりにも取り組む。著書に『観光再生』など計10冊。やまとごころ.jpでは、観光・インバウンドの現場視点を綴る連載「観光フィールドノート」を執筆中。
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