インバウンドコラム

ASEANのサステナブル観光はどう進化しているのか。タイ国家戦略に学ぶ、観光地マネジメントと国際評価の獲得手法【セミナーレポ】

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ASEAN地域において、サステナブル観光は理念ではなく、国家戦略として実装される段階に入っています。

本セッションでは、タイ政府のサステナブル観光開発を担うDesignated Areas for Sustainable Tourism Administration(持続的観光特別地域開発管理機構、以下DASTA)の幹部であるチュウィット・ミッチョブ博士を迎え、同国がどのように観光地マネジメントを設計し、国際的な評価を獲得してきたのかが共有されました。ディスカッションは、一般社団法人JARTA代表理事の高山傑氏が担いました。

チュウィット博士と高山氏は、アジアのエコツーリズム推進を目的とする国際ネットワークAEN(Asian Ecotourism Network)の立ち上げ期から、ASEAN地域でのサステナブルツーリズム推進に共に取り組んできた関係にあります。

国際的に「持続可能であることの証明」と「継続的な改善」が求められる中、タイは制度設計から現場運用までを一体で構築する数少ない事例の一つです。本記事では、その構造を整理し、日本の観光地経営にとっての示唆を読み解いていきます。

チュウィット・ミッチョブ博士と高山氏

 

国家主導の観光政策構造 サステナビリティを前提に組み込む

タイのサステナブル観光政策の特徴は、観光開発の初期段階からサステナビリティを組み込んでいる点にあります。

中核を担うDASTAは、2003年に設立された政府直轄の組織であり、観光の「供給側」を担います。これに対し、制度や認証を担うDepartment of Tourism(観光局、以下DOT))、マーケティングを担うTourism Authority of Thailand(タイ国政府観光庁、以下TAT)が役割分担を行い、三層構造で観光政策が設計されています。

この構造により、観光開発→評価→市場展開といった一貫した流れとして機能しており、サステナビリティが後付けではなく、前提として組み込まれています。

さらに特徴的なのが、「指定エリア制度」です。一定の地域を対象に集中的な支援を行い、約5年間で地域主体の運営へ移行する仕組みが採用されています。外部支援に依存し続けるのではなく、最終的に地域が自走できる状態を目指す点に、制度設計の意図が表れています。

タイのサステナブル観光政策の構図

 

 

国際基準×人材育成による評価 認証で終わらせない改善サイクル

タイでは、観光地の評価において国際基準との接続が重視されています。具体的には、国際基準(GSTC)をベースに、Green Destinations(観光地の持続可能性を評価・認証する国際団体)やUNESCO Creative Cities Network(創造産業を軸に都市の価値向上を目指す国際ネットワーク)など複数の枠組みを活用しながら、観光地の価値を多面的に評価しています。

重要なのは、評価を制度として整備するだけでなく、それを担う人材の育成まで含めて設計されている点です。大学と連携し、評価を担う専門人材を育成することで、第三者性と継続性を担保しています。

チュウィット博士は、観光政策の役割分担について、「私たちは観光地の供給側を整備し、その後に制度やマーケティングへとつなげていきます」と説明し、開発・評価・市場を分断せずに設計する重要性を強調しました。

また、評価は一度きりの認証ではありません。課題認識から改善、成果に至るプロセスを段階的に可視化する仕組みとなっており、継続的な改善を前提とした運用が行われています。

 

国際評価の獲得を戦略的に活用する観光地づくり

タイでは、サステナブル観光の取り組みを国際的な評価と結びつけることで、観光地の競争力を高めています。

UNESCO(国連教育科学文化機関)、UN Tourism(国連世界観光機関)、Green Destinationsなどの枠組みに積極的に参加し、アワードの獲得を通じて成果を可視化していますが、その狙いは単なる評価の取得ではありません。文化、自然、コミュニティ、ガバナンスといった複数の観点から評価を受けることで、観光地の価値を多層的に強化しています。

また、こうした取り組みはUNDP(国連開発計画)やEU、金融機関、民間企業との連携によって支えられており、資金と知見を外部から取り込むことで、取り組みの持続性が担保されています。

 

観光需要と供給のギャップが示す構造的課題 「成果はあるのに伝わらない」日本の盲点

講演では、観光の成長と持続可能性の間にあるギャップについても指摘がありました。

タイは国際観光客数で世界上位に位置する一方で、観光地の供給力や持続可能性の面では改善の余地があるとされています。

この視点は日本にも通じます。日本は観光収入やサービスの質において高い評価を受けている一方で、その取り組みが体系的に整理され、国際的に発信されているとは言い難い状況にあります。

成果は出ているものの、それらが一つの戦略として整理されているとは言い難い状況です。この点が、今後の競争力を左右する要素となりつつあります。

 

日本への示唆 分断された開発・評価・発信をどうつなぐか

ディスカッションでは、日本の観光に対する具体的な示唆も提示されました。

タイの事例から見えてくるのは、観光政策において「誰が何を担うのか」が明確に設計されている点です。開発、評価、マーケティングが役割分担されながらも連動しており、政策全体として一貫した方向性を持っています。

一方、日本では優れた取り組みが各地に存在するものの、それらが横断的につながり、体系化されているとは言えません。特に、供給側の強みをどのように評価し、発信していくかという視点は十分に構造として定着しているとは言えない状況です。

また、評価や認証を単発の成果として終わらせず、継続的な改善につなげる仕組みの設計も課題となります。評価→改善→発信という循環をどのように構築するかが、今後の重要な論点となるでしょう。

チュウィット博士と高山氏、セミナー時の様子

 

編集後記 制度ではなく「継続の仕組み」をどうつくるか

本セッションを通じて印象的だったのは、タイの取り組みが個別の成功事例ではなく、「再現可能な仕組み」として設計されている点です。

観光地の開発、評価、人材育成、国際連携がそれぞれ独立するのではなく、一つの流れとして接続されていることで、取り組みが継続的に積み上がる構造がつくられています。

また、本セッションで共有された内容は、単なる制度紹介にとどまらず、実際の運営や政策設計の背景にまで踏み込んだものでした。その背景には、DASTAとAENが2015年の設立時から築いてきた協力関係があります。AEN創設者である高山氏も、ASEAN域内のサステナブルツーリズム推進に長年携わっており、本対談は、そうした実務的な連携と相互信頼の延長線上で実現したものです。

サステナブル観光は、制度や認証だけで成立するものではありません。地域、行政、事業者、そして国を超えたネットワークの中で、継続的に知見を共有しながら育てていく取り組みでもあります。こうした国際的な実務連携の積み重ねが、日本の観光地にとっても具体的な学びとして還元された点は、本セッションの大きな意義だったと言えるでしょう。

 

「サステナブルツーリズム国際トークセッション」は、観光を単なる集客や経済効果の手段としてではなく、地域・社会・自然との持続的な関係性の中で捉え直すことを目的とした連続対談シリーズです。世界の最前線で議論されている観光の潮流をタイムリーに共有し、それを日本市場にどのように活かせるのかを明らかにすることを目指しています。

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