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「断らない旅」はどうつくる?奄美大島のマリンアクティビティ施設が実践するインクルーシブ・ツーリズム

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鹿児島県・奄美大島の南部、瀬戸内町にあるマリンアクティビティ施設「ゼログラヴィティ」には、車いすユーザーも、家族連れも、海を楽しみたい旅行者も同じように集まる。

その特徴は、障がいの有無を問わず誰もがマリンアクティビティを楽しめる場として設計されていることだ。

宿泊施設やプール、ボートに至るまでバリアフリー化を進め、多様な利用者を受け入れてきた取り組みは、2024年に、日本各地の魅力的な観光地や体験を表彰するJapan Travel Awardsでグランプリを受賞した。

なぜ同施設は「誰もが海を楽しめる場所」を実現できたのか。施設を運営する一般社団法人ゼログラヴィティの理事兼店長の栗原亮太氏への取材を通じて、その背景にある考え方と実践を追いながら、地域の観光事業者が学べるヒントを探った。       

 

なぜ奄美大島で「誰もが海を楽しめる場所」をつくったのか

鹿児島本土と沖縄のほぼ中間に位置する奄美大島。島の南部・瀬戸内町に、ゼログラヴィティの拠点はある。海岸の砂浜まで施設から歩いて20秒という、海を間近に感じられるロケーションだ。

2016年に設立されたゼログラヴィティは、当初は障がいのある人を対象とした宿泊施設、マリンアクティビティ施設として開業し、2年目以降は障がいの有無を問わず誰もが利用できる形へと移行した。ダイビング、シュノーケリング、SUP、クリアカヤックなど多彩な体験プログラムを提供している。

▲奄美空港から車で約100分の場所に位置する

なぜ、このような施設を造るにいたったのか。その原点について栗原氏はこう話す。
「創業者である鳥畑純一は、ダイビングが趣味でした。水中で感じる無重力(ゼログラヴィティ)の感覚に魅了され、その世界を車いすの人たちにも知ってほしいと考えたそうです。陸では思うように動けなくても、海の中では三次元方向に自由に動ける。その体験を届けたいという思いが出発点でした」

医療機器ビジネスを本業とする鳥畑氏は、仕事を通じて海外を訪れる機会が多かった。海外では街中でも車いすユーザーの姿を多く見かけ、社会の一員として自然に溶け込んでいたという。「そうした光景に触れた経験が、少なからず影響しているのかもしれません」と栗原氏。
鳥畑氏は私財を投じ、理想とする施設を一から造ることを決意する。親族のルーツがあり、穏やかな海と美しいサンゴ礁に囲まれた奄美大島を拠点に選び、2016年、宿泊機能を備えたマリンアクティビティ施設「ゼログラヴィティ」を開業。長年温めてきた構想を形にした。

 

誰もが主体的に海を楽しめる施設と器材の工夫

ゼログラヴィティでは障がいのある人が「介助される人」ではなく、一人の旅行者として主体的に楽しめる環境づくりを徹底している。

宿泊施設「ゼログラヴィティ清水(せいすい)ヴィラ」は全6室、最大13名が宿泊可能。そのうち1階部分はすべてバリアフリーだ。単に段差をなくすだけでなく、客室のコンセントや机の高さは車いすの目線に合わせ、扉はスライドドアを採用。トイレは左右両側に手すりを設置した。車いすユーザーが自立して過ごせることを基準に細部まで設計されている。

▲(左)1階にはトイレ・シャワー付きのツインルームが4部屋。2階にはトイレ、お風呂が共有の2部屋がある。
(右)ランドリーには、車いすのまま使えるドラム式洗濯機を用意

敷地内にはスロープ付きの練習用プールも設けられている。プールに車いすのまま入水し、水に慣れ、呼吸方法や器材の扱い方など必要なスキルを身につけることで、いきなり海に入ることへの心理的な壁を取り除くことができる。

▲長さ約9m、水深最大2.5mのプール
 

さらに、自社で開発したアクティビティ専用ボートも大きな特徴だ。車いすのまま安全に乗船できる設計に加え、車いす対応トイレ、シャワーも完備。船尾には専用リフトを装備し、安全に入水できるようにした。

 
▲横揺れに強く安定感のあるカタマラン船(双胴船)「ゼログラヴィティI号」
 

個々の障がいの状態に合わせたレンタル器材も用意する。関節が固まっている人や力の入らない人でも着脱しやすいウェットスーツ、脳性麻痺などで口をしっかり閉じることが難しい人にはフルフェイスマスクを。足が不自由でも水中スクーターを使えば、海の中で行きたい方向へ簡単に舵をとることができる。

こうした設備や器材の一つひとつは、「できないこと」を補うためだけではなく、「自分の意思で楽しむ」ための環境づくりにつながっている。


「断らない場所」をつくる、対話と受け入れの工夫

自主性の尊重は、ハード面だけでなくソフト面にも貫かれている。障がいのある人がマリンアクティビティを希望する場合は、来訪前にオンライン面談を実施する。知りたいのは病名や診断名だけではなく、その人がどのような動作を行えるのかという点だ。足の可動域や握力の状態、口を閉じることができるかなどを画面越しに確認し、一人ひとりに合った器材やサポート方法を検討する。

面談には、利用者の不安を和らげる役割もある。障がいのある人の中には、過去に利用を断られた経験を持つ人も少なくない。事前に顔を合わせ、「歓迎している」というメッセージを直接伝えることが、安心して来訪できる環境づくりにつながっているという。

現場では、「何を手伝っていいか、まず聞くこと」をスタッフに徹底している。「障がいがあるからと特別視せず、必要な部分だけをサポートします。困っていそうなら声をかけるし、『何かあればいつでも言ってくださいね』という雰囲気をつくっておくことも大切ですね。それは通常のお客さまへの接し方と変わりません」と栗原氏。

▲車いすは「押しますね」「動かしますね」「ブレーキをかけますね」と声をかけてから操作する

一方で、安全管理には細心の注意を払う。利用者ごとの身体状況や移乗時の注意点などはスタッフ間で共有し、同じことを繰り返し尋ねることなく、スムーズに対応できるようにしている。こうした受け入れ体制やノウハウは、特別なマニュアルから生まれたものではなく、利用者一人ひとりと向き合う中で培われてきたものだ。

こうした対応が、利用者や家族にとって忘れられない体験を生むこともある。
気管切開をしており、寝たきりの状態で生活している男の子の家族から、クリアカヤックを体験したいとの相談があった。通常、カヤックは座って利用するため、そのままでは受け入れが難しい。しかし事前の面談やメールでやりとりを重ね、シートを外して横になったまま利用してもらうことを思いついた。浅瀬でスタッフがカヤックを支え、仰向けのまま海を楽しんでもらえるよう工夫したという。

「海が大好きなお子さんでしたが、表情で感情を表すことすら難しい方でした。それでも、お母さまから『クリアカヤックに乗っている時は一度も目を閉じなかったので、すごく楽しんでいたと思います』と聞きました。妹さんと同じ乗り物に乗って遊んだのも、その日が初めてだったそうです。ご本人はもちろん、ご家族が喜んでいる姿も強く印象に残っています」と栗原氏は振り返る。

また、車いす利用のお父さんが家族とともに訪れた際には、シュノーケリング中に水中スクーターを使って、自ら子どもたちを先導していた。陸上では介助を受ける立場でも、海の中では家族を導く存在になれる。同施設が目指すのは、障がいの有無に関わらず、誰もが自分らしく海と向き合える場所の構築だ。

▲水中スクーターを使えば、腕や足の力に頼らず自由に水中を移動できる


インクルーシブな場づくりが、持続可能な事業運営を支える

ゼログラヴィティでは、障がいのある人だけを対象とせず、OTAなども活用しながら、奄美の海を楽しめる施設として幅広く情報発信し、多様な利用者を受け入れている。現在の利用者は障がいのない人が約8割、障がいのある人が約2割。障がいのある人の利用は年間約80名ほどで、その約8割を車いすユーザーが占める。
「障がいのある方の周りには、家族や友人、職場の仲間など多くの人がいます。まずは一人でも多くの人に施設を知ってもらうことが、結果的に必要としている方へ情報を届けることにもつながる」と栗原氏は話す。

また、障がいのある人の受け入れには、より多くの人手や配慮が必要となる場合もある。しかし、その多くは家族や友人と一緒に訪れるため、グループ全体で見ればスタッフの負担は分散される。こうした利用者構成があるからこそ、障がいの有無によって料金に差を設けることなく、一律のサービスを提供できているという。

誰もが利用できる施設として運営することで、年間を通じた安定した集客と、障がいのある人へのサービス提供の両立を実現。インクルーシブな場づくりは、理念であると同時に事業の持続性を支える仕組みでもあるのだ。

▲ボートの専用リフトを使って海へ入水する車いすユーザー

 

アワード受賞を機に広がる、国内外への認知

ゼログラヴィティは2024年、日本各地の魅力的な観光地や体験を表彰するアワード「Japan Travel Awards」でグランプリを受賞した。外部からの推薦をきっかけに初めて応募。審査員が実際に現地を訪れて施設やサービスを確認した上で、高い評価を得たという。これまで積み上げてきた取り組みが第三者の視点で高く評価されたことは、スタッフにとっても「自分たちのやってきたことは間違っていなかった」と自信を深める大きな契機となった。

▲授賞式に出席した、創業者・鳥畑純一氏

授賞式では海外メディアからの取材もあり、海外に向けて施設の存在を発信する機会が得られた。現在、訪日外国人の利用は全体の数パーセント程度に過ぎないが、栗原氏は今後の可能性を感じているという。

「世界的に見ても、障がいのある人が安心して海や旅行を楽しめる施設はまだ多くありません。利用できる場所があることを知らずに、最初から諦めてしまっている人が国内外に数多くいると思います」
Japan Travel Awardsの受賞は、そうした人々にゼログラヴィティの存在を届ける新たなきっかけとなった。受賞を一つのステップとして、ゼログラヴィティの視野は世界へと広がりつつある。

 

受け入れる姿勢が、インクルーシブ・ツーリズムの第一歩

2027年夏、ゼログラヴィティは神奈川県葉山町への2号店出店を予定している。SUPや電動バギー型車いすによる浜辺散策など、より気軽に海と触れ合える場を展開する計画だ。首都圏から日帰りでアクセスできる立地を活かしてゼログラヴィティのコンセプトを広く発信し、奄美への来訪につなげる狙いもある。

また、東京の障がいのある子どもたちと奄美の子どもたちによる合同アクティビティや、理学療法士・作業療法士・看護師などを対象としたユニバーサルツーリズム研修も計画している。障がいの有無を超えた交流や、支援者側の理解促進を通じて、インクルーシブ・ツーリズムの裾野を広げたい考えだ。

▲車いすのまま利用できる専用ボートのシャワー。一つひとつの設備に配慮が行き届く

日本のインクルーシブ・ツーリズムの現状について、栗原氏は「まだ課題が多い」と指摘する。バリアフリー化が進んでいても、航空機での移動や空港から目的地までの二次交通、飲食店の受け入れ体制など、旅のプロセス全体を支える環境は十分とは言えないからだ。 「一つの事業者だけが頑張ればいいという話ではありません。必要な人が安心してたどり着ける環境を、地域全体で整えていくことが大切だと思います」

一方で、個々の事業者にできることもある。
「完璧な設備がなくても、まずは受け入れる姿勢を示すこと。現在の設備や体制でどこまで対応できるかを伝え、判断はお客さまに委ねればいい。ウェルカムな姿勢が伝わるだけで、旅行を諦めていた人にとっては大きな一歩になるはずです」

栗原氏自身、当初は障がいのある人の受け入れに難しさがあるのではと感じていた。しかし利用者と向き合う中で、それは先入観や思い込みだったと気づいたという。大切なのは、特別な設備よりも、一人ひとりに向き合い、その人に合った方法を一緒に考えること。

ゼログラヴィティが約10年にわたり実践してきたのは、このシンプルで本質的なアプローチだ。まずは受け入れる姿勢を示す。それこそが、インクルーシブ・ツーリズムの第一歩なのかもしれない。

▲2019年からゼログラヴィティの専任として現場を担う栗原亮太氏

(写真提供:一般社団法人ゼログラヴィティ)

取材/文:吉野友紀

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