インバウンド事例
広島の成功モデルは他地域でも通用するのか。サイクリングツアーに学ぶ、地域に合わせた横展開の実践
2026.08.25
やまとごころ編集部
地域資源を生かした体験ツアーは全国各地で造成されている。しかし、継続的に選ばれ、地域を代表するブランドへ育つ事例は決して多くない。そんな中、広島発のストーリー型サイクリングツアー「sokoiko!(ソコイコ)」は、トリップアドバイザーの「トラベラーズチョイス」を獲得し、参加者数も立ち上げ当初の年間30人から、2025年には約2500人へと伸ばすなど、訪日旅行者から支持を集めてきた。
一方で、その成果は、平和記念公園や宮島という世界的な観光資源を擁する「広島」だからこそ実現できたようにも見える。同社が現在取り組むのは、北広島町や島根県津和野町、奈良県明日香村など、地域特性も知名度も異なるエリアへの横展開だ。
広島で培った手法のうち、他地域でも再現できるものは何か、一方で、地域の事情に合わせて変えるべきものは何か。株式会社mint代表取締役社長の石飛聡司氏に、広島での試行錯誤と地域連携型ブランドとして進める横展開の実践を聞いた。
レビューが付かなかったサイクリングツアーが、年間2500人に選ばれるまで
広島を拠点にストーリー型のサイクリングツアーsokoiko!を運営する株式会社mintは、代表の石飛氏がUターンで広島に戻り、2014年にデザイン会社として設立した。地域に貢献できる事業を模索するなか、2015〜16年頃に増加していた訪日旅行者の動きに着目したのが観光事業へとシフトする出発点となった。
広島を訪れる訪日客の行動を調べると、訪問先は平和記念公園と宮島の2カ所に集中しているものの、日帰りで次の目的地へ向かう旅行者が大半を占めることがわかった。そこで、3時間ほど滞在してもらえるような体験をつくれば、宿泊や観光消費額を伸ばせるのではないかと考え、ローカルを案内するサイクリングガイドツアーを始めた。石飛氏はこう語る。
「ウォーキングツアーと比較しても、自転車ならより広範囲のローカルスポットを土地の空気を感じてもらいながら案内できます」
そうしてスタートしたサイクリングツアーだが、立ち上げ当初の参加者は年間30人ほどにとどまった。そこで参加者へのヒアリングを重ねる中で、多くの人が広島で平和について知りたいと望んでいることが分かった。そこで、2年目から「平和を学ぶツアー」を開始。参加者数は年間200人まで増えたものの、レビューはほとんど集まらなかった。石飛氏は、その結果をツアーの完成度に対する評価として受け止めたという。
「知識として学びにはなるが、心に刺さるものがなかった。ガイドツアーとしては成立していても、人を感動させるところまで昇華しきれていなかった」
転機となったのが、3年目に開発した「ピースツアー」である。戦争の被害や歴史的事実だけを解説するのではなく、戦前、戦中、戦後の広島を一つの流れとしてたどり、その先に今も続く市民の日常を伝える内容へと変えた。
悲劇の記憶だけでなく、その土地で暮らしをつないできた人々の時間を物語として組み込んだことで、年間参加者は約1000人へ増加。レビューも集まり始め、トリップアドバイザーの「トラベラーズチョイス」を獲得した。
▲ガイドとの対話や交流を通じて、広島の歴史と現在に触れる参加者たち
コロナ禍には、地域住民向けのマイクロツーリズムや国内客向けのストーリーツアーを展開。渡航制限の解除後はインバウンドが急回復し、参加者数は2023年に約1500人、2024年は約2000人、2025年には約2500人へと伸びた。
現在は3時間ツアーを1万3000円、2時間ツアーを9000円で販売。参加者の9割をインバウンド客が占め、豪州や欧米圏を中心に幅広い国・地域から参加者を集めている。販売はOTAを通じたBtoCが中心だが、最近は、最大5人までの貸切に対応するプライベートツアーを軸に、旅行会社とのBtoB取引も広げている。
「広島だから」だけでは選ばれない、体験価値を高めたストーリーとガイド
平和記念公園や宮島を擁する広島は、もともと旅行者が集まるという優位性がある。それでもレビューがほとんど集まらなかった経験から、石飛氏は「人が訪れること」と「体験そのものが支持されること」は別だと捉えた。そこで、歴史的事実を一方向に伝えるのではなく、過去の出来事と現在の暮らしをつなぐ物語へとツアーを作り直したうえで、参加者自身が考え、感情を動かす余白を設けたのだ。
もう一つの要となるのがガイドだ。被爆2世・3世の広島出身者のガイドに加え、県外出身者や外国人ガイドもおり、地域の内側と外側の双方から広島を捉え、伝える体制を築いている。
また、ガイドは一般公募をせず、まずツアーの内容や考え方に共感した人を採用する。研修では脚本に基づいてストーリーラインや要所となるメッセージを共有する一方、最後に伝えるメッセージはガイド自身の言葉に委ねている。
▲共通のストーリーを軸に、それぞれの出自や視点を生かして広島を伝えるガイド
「アメリカ人ガイドならアメリカ目線、地方から移住してきたガイドなら、広島を外から見た日本人の目線というように、それぞれの出自を生かして語っている。ガイド自身がツアーに魅力を感じているからこそ、思いや情熱がこもった言葉を伝えることができる」
共通の脚本によって一定の品質を保ちつつ、ガイド自身の経験や視点によって語りに温度を加える。sokoiko!が培ってきたのは、地域の歴史や暮らしを、参加者の感情に届ける物語へと編集する方法や仕組みである。
広島の成功をコピーしない、地域ごとのストーリーをどうつくるか
広島でツアーを軌道に乗せた石飛氏は、次に他地域への展開を構想した。原点の一つは、かつてライターとして島根県津和野町を取材し、「いつかここでsokoiko!を実現したい」と感じた経験である。コロナ禍で観光の意義を見つめ直したことも「観光を通じて地域を次世代へ残したい」という思いを強めた。
2020年には津和野町、北広島町、2021年に奈良県明日香村・東京千代田区でサイクリングツアーの展開を開始。さらに2025年には、広島市、北広島町、津和野町、明日香村、東京の5地域で「sokoiko! Cycling Tours協議会」を設立し、各地の取り組みを地域間の連携へと発展させた。
「全国各地にそれぞれのストーリーがあります。sokoiko!が、ローカルを旅したい人に選ばれるブランドになれば、関わる地域すべてに送客できるようになる。そこを目指しています」
▲地域ごとの歴史や暮らしを掘り下げて造成したツアー。津和野町(左)と明日香村(右)
ただし、広島で完成したツアーをそのままコピーするわけではない。旅行者が地域を訪れる理由も、住民が大切にしてきた記憶も地域によって異なるからだ。石飛氏は自ら現地に入り、地域の関係者との対話を通じて「地域側が大切にしてきたもの」と、「旅行者がその土地を訪れる理由」を捉え、テーマや脚本やコースへと落とし込んでいく。
「広島で成功した型をそのまま当てはめても、ほかの地域ではうまくいきません。地元の人々の受け止め方や思いを丁寧に汲み取りながら、その地域を自分の地元のように捉え、魅力を引き出していく必要があります」
横展開で共通化する運営、地域ごとに変える売り方
その土地ならではの物語を見つけ、旅行者に届く体験へと組み立てる。商品造成の答えは地域ごとに異なる一方、運営面では広島で培ったノウハウを共有している。OTAなどでの即時予約への対応やガイド育成、レビュー獲得の導線など、ツアーの品質や運営を支える仕組みである。
なかでも重視するのがレビューだ。ツアー終了後の案内や後日のお礼メールなどの手法も共有する一方、投稿に対するプレゼントなどのインセンティブは設けていない。
「レビューを書いてもらえなければ、感動するツアーとして未熟だったということ。逆に書いてもらえたら、それだけ相手に響いたということです」
広島で参加者が増えてもレビューが集まらなかった経験から、現在はレビューをツアーの完成度を測る指標の一つと捉えている。
また、ツアーの運営主体は観光協会や地域事業者、個人事業主など地域によってさまざまだが、5地域の関係者は月1回オンラインで情報共有し、年1回は全地域で集まる場を設けている。形式はフランチャイズだが、加盟費などは徴収していない。
▲各地域の運営メンバーが集まり、課題やノウハウを共有する年1回のネットワーキング
都市と地方で変える、販路と目標設定
一方で、集客方法や目標設定は地域によって変えている。広島や東京のような都市部では、競合も多く、OTA上での見せ方やレビュー、ブランドの差別化が重要になる。対して、地方部では、そもそも地名で検索する旅行者が少ないため、歴史や文化、暮らしといったテーマから興味を喚起し、その価値観に共感するDMCや旅行会社へのBtoB営業を重視する。
たとえば島根県津和野町では、フランスの旅行会社と直接商談を行うなど、地域特性に合わせた販路開拓も進めている。提携先は、富裕層向けに限らず、1万3000〜1万5000円程度の体験商品を利用するミドル層を顧客とする旅行会社も想定する。将来的には、2回目、3回目の訪日で地方を巡るリピーターの受け皿となることも見据える。
▲フランスの旅行会社との商談の様子。地方への送客につなげるため、海外の旅行会社への直接営業にも取り組む
販路だけでなく、目指す規模も地域ごとに異なる。観光客数や受け入れ体制、市場規模が違う以上、年間2500人が参加する広島の実績をそのまま他の地域の目標とはしない。運営ノウハウは共有する一方で、誰に、どのように届け、どの程度の規模を目指すかは、各地域に委ねている。
海外商談から地域間送客まで、横展開が生み始めた成果
こうした横展開は、販路開拓や地域間の送客にも、少しずつ成果として表れ始めている。
2025年9月には、sokoiko!ブランド全体で「VISIT JAPANトラベル&MICEマート2025」に出展し商談を行った。そこで手ごたえのあったドイツの旅行会社を後日訪問し、さらなる営業活動を実施した結果、契約獲得につながったという。
▲ドイツ商談時の様子
また、東京では旅行会社からカスタマイズツアーの相談が寄せられるなど、地域で旅行会社との接点が広がりつつある。
旅行者の動きにも変化が見え始めた。Instagramを通じてsokoiko!を知ったケニアからの訪日旅行者から、2週間かけて各地域のツアーをめぐりたいとの依頼があり、5地域のsokoiko!をつなぐツアーとして催行される予定だ。全国のツアー情報を発信するInstagram「sokoiko_japan」も約2万人のフォロワーを抱え、そのうち95%以上が海外在住で、各地域を知ってもらう入り口となりつつある。
地域間の送客を促すため、各地域のメンバーが互いのツアーに参加する「全国研修」も実施した。他地域のツアーを知らなければ自信を持って参加者に紹介できないとの課題があったためだ。
「それまでは『各地域のツアーを紹介しよう』と言っていても、杓子定規にしか話せませんでした。実際に体験すると、広島のガイドが『奈良に行くなら明日香村のツアーがおすすめですよ』と自然に伝えられるようになった。これは大きな成果でした」
▲他地域の魅力を自らの言葉で紹介できるよう、各地のツアーを実際に体験する「全国研修」(写真は明日香村)
複数地域をまとめた提案や、ガイドによる他地域の紹介など、一つのブランドでつなぐことで、地域単独では生まれにくかった販路拡大や周遊が形になり始めている。
地域を信じ、変わり続ける。持続可能な横展開の条件とは
地域連携型のブランドを持続させるうえで、石飛氏が重視するのが、各地域でツアーを育てる担い手の存在である。
「この地域のポテンシャルを信じているかどうか。自分のブランドに対する揺るぎない信念と、素直に修正できる柔軟さ。この両方がすごく大事だと思っています」
地域の可能性を信じることと、旅行者の反応を受けて商品や売り方を変えていく柔軟性の両方が各地域でツアーを育てる条件となる。
▲sokoiko!を各地で育てる地域の担い手たち
一方で、協議会の収益モデルはまだ模索段階だ。現在は広島でのツアーを催行する株式会社mintがSNS運用も含め、ブランド全体を支えるほか、各地域での立ち上げには補助事業なども活用している。将来的には各地域が事業として自立し、その収益の一部をブランド全体の運営に還元する仕組みを目指す。
今後に向け、神戸・姫路や福井でもsokoiko!ツアー展開に向けた準備を進めるほか、九州、四国、北海道、沖縄、東北などの未展開地域も視野に入れる。その先には、日本人が海外で地域に根差した体験を楽しめるアウトバウンド事業の構想もあるという。
「地域のストーリーは単なる歴史の羅列ではなく、過去の出来事や人々の思いが積み重なって現在につながる、感情の流れを含むものです。それは人を感動させる大きな要素になり得る。そうしたストーリーを、日本全国で発掘し、共に世界へ伝えていきたいと思っています」
sokoiko!が全国へ広げようとしているのは、広島で完成したサイクリングツアーそのものではない。運営ノウハウは共有しながら、物語や販路、目指す規模は地域に合わせて変える。成功事例を横展開するうえで重要なのは「何をコピーするか」ではなく、「何を共通化し、何を地域に委ねるか」を見極めることだ。
▲広島で培った仕組みを生かしながら、各地域ならではのストーリーを世界へ届ける石飛聡司氏
(写真提供:株式会社mint代表取締役社長 石飛聡司氏)
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