インバウンドコラム

旅の総額は1億円超⁉ プライベートジェットで訪日した富裕層の旅の中身とは

2023.08.31 公開日

2024.02.06 最終更新日

やまとごころ編集部

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インバウンド旅行者向けのビジネスを展開する事業者の方に、現場最前線で起きた事件やエピソードを紹介してもらうシリーズ。第二弾では、株式会社インアウトバウンド仙台・松島代表取締役の西谷雷佐氏に話を伺った。西谷氏は仙台松島エリアを拠点に、東北の暮らしぶりを楽しんでもらえるような旅の企画・手配を行いながら、自身もガイドとしてお客様にアテンドしている。

今回のテーマは「富裕層旅行者向けのオーダーメードツアーの企画・手配」。今年4月、プライベートジェットで訪日した10人の富裕層は、宮城県滞在中にどのように過ごしたのか。旅の総額は1億円を超えるのではと予測されるほどの豪華な旅の中身、手配までの準備や当日のエピソードのほか、西谷氏のこれまでの経験から、付加価値の高い旅行の企画、手配にあたって気を付けているポイントなど、トークライブでお話いただいた内容の一部をお届けする。


▲仙台空港でお客様を迎える西谷氏

 

米国から10人がプライベートジェットで訪日、総勢15人の旅を手配

株式会社インアウトバウンド仙台・松島は、地域連携DMOとして仙台松島エリアを拠点に、東北全域の旅行商品の造成の他、ランドオペレーティング(宿、交通、アクティビティなどの手配)、ガイド育成などに取り組んでいます。また、私自身もガイドをしながら、東北に根差した暮らしぶりを楽しんでもらえるような旅づくりを心がけています。

先日、ラグジュアリーに特化して訪日カスタムメイドのツアー手配を手掛ける国内エージェントであるOKUNI合同会社からの依頼を受け、米国からプライベートジェットで来日したお客様に対応しました。お客様は親子連れやご夫婦など合わせて5組10名で、日本には合計23日間滞在し、私は宮城県に滞在する4日間の旅の企画と手配とアテンドを担当しました。

なお、お客様と弊社との間には、エージェント2社を介しており、エージェントからのスタッフ各2名と専属カメラマン1人の5名が帯同したので、総勢15名という規模になりました。

宮城県滞在中は、松島町にある全11室の高級旅館を貸し切り、ここを拠点に県内の様々な場所を案内しました。

例えば、塩竈(しおがま)市では、地域の酒蔵で酒造りを学びながら日本酒のテイスティングを楽しんだり、塩竈神社を参拝し、神事である神楽奉納を体験し、神社とお酒のつながりを感じながらお神酒をいただきました。また、地元の漁師の方に牡蠣棚を案内してもらいながら、蒸し牡蠣とシャンパンのペアリングを楽しみ、お花見や魚市場の見学など、様々な体験をしてもらいました。

 

宮城県での4日間、特にお客様の心に刺さったコンテンツは?

地域に根差した様々な体験を提供するなかで、特にお客様の満足度の高さを実感したコンテンツが2つあります。

1つは桜のお花見体験です。桜の木の下に椅子とテーブルを設置し、地元で採れた食材を中心としたお弁当を食べながら、津軽三味線の演奏を楽しんでもらいました。一番美しい桜を見てもらいたいと、事前に複数の候補地を下見して、当日最も桜が綺麗に見える場所を選んだのもこだわったポイントです。

お花見プランには三味線の演奏が含まれており、海外でも認知度のある楽曲「さくら」などを演奏しました。お客様は特に三味線への関心を示し、「なぜ三味線という名前なのか」「どんな動物の皮を使っているのか」「どんな演奏技法なのか」といった質問が多数出ました。

2つ目は、塩竈市の魚市場でのセリの見学と本マグロの解体、寿司握り体験です。通常、一般の人がセリの会場に入ることはできませんが、事前に特別な許可をもらい、セリを間近で見学した後、本マグロを1匹購入。職人の方のサポートを受けながらマグロの解体を体験し、捌いた魚で寿司を握って食べました。「寿司握り」は全国どこでも体験できるものですが、「セリで購入したマグロの解体」は、特に貴重な経験になったようです。この時ばかりは皆さんスマホを取り出して動画や写真を撮っていたのが、印象的でした。


▲解体したマグロでの寿司握り体験

 

フルオーダーメイドの旅の企画手配、気をつけるべきコツやポイント

宮城県滞在の4日間の旅程ですが、全行程の体験内容や実施日時は事前に決めます。天候に左右されるコンテンツもあるため、雨が降った場合の代案も事前に細かく提示します。ただ、雨が数日続く場合もあれば、1日延期したとしても、受け入れ側の事業者の都合がつかないケースもあり、「できない」と言わざるを得ない時もあります。こういう場合、私が気をつけているのは、中途半端にせず「できない」ことをはっきりと伝えること、ただしすぐに答えずに一度検討すること、そして「代案」と共に提示することです。

また、こうした事態も想定し、スケジュールには余裕を持たせることも大切です。「遠路はるばる日本に来てくれたんだから」と、予定を詰め込んでしまいがちですが、それではただ「こなす」だけの旅になり、お客様も疲れてしまいます。多くても1日2コンテンンツまでにするのが良いでしょう。

また、都合でどうしても朝早くから動き回る場合は、休憩時間を長めにとったり、翌日の出発時間を遅めにして午前中はゆっくり過ごせるようにするといった心配りが大切です。

今回の旅程でも、特に予定を入れず、温泉に入ってのんびり過ごすなど、それぞれが思うがままに過ごす自由な時間も設けました。

 

現地のライフスタイルを理解することで、お客様に最良の提案ができる

宮城県滞在での最終日には、お客様からの要望で、ホテルのラウンジにスクリーンを設置し「ムービーナイト」をしました。

この日は地元のバーガー店の方に宿まで来ていただき、用意した数種類のメニューから好きなものを選んでもらい、その場で作ってもらいました。また、マカロニアンドチーズやナチョスなど普段食べ慣れているメニューも並べ、皆で「ラストサムライ」を鑑賞しました。

こうした過ごし方は日本旅行中でなくともできますが、旅が長期間になればなるほど、慣れ親しんだものに触れたり、のんびりした時間を過ごしたりしたくなるものです。

今回は「ムービーナイト」がリクエストでしたが、お客様の国ならではの文化やライフスタイル、余暇の過ごし方などを知っていれば、お客様からの要望に対して、その背景を理解したうえで最善の提案や対応ができると思います。


▲宿のラウンジでの映画鑑賞のひととき

 

必ずしも高価なものでなくてもよい、その場で判断し瞬時に行動することが大切

旅の最中は、お客様からはありとあらゆる要求があります。今回の旅でも、ある日朝の6時頃に「散歩がてらハイキングしたいから、今から案内してくれないか」というリクエストがありました。事前に想定して宿周辺の下見をしていたので、迷いなく「OK」と答えましたが、同時に「何をすれば喜んでくれるのか」を考え、あるものを持っていきました。
少しの間散策をして、景色のきれいな場所に到着したところで、リュックから取り出したのは、温かい珈琲です。

外国人の方は、日本人以上に朝の珈琲を大切にすることを知っていたので用意しましたが、綺麗な風景を見ながらの1杯の珈琲は、お客様にも喜んでいただけたようです。

富裕層だからと言って必ずしも高価なものを用意する必要はありません。些細なことであっても、できることを瞬時に判断して行動に移せるかどうかも、大切な視点の1つだと思います。珈琲は、お客様からの散歩のリクエストを受けて、出発までの15分の間に、宿の方に用意していただきました。

ただ、1つ今回の旅行中に、私自身、想像力が足りなかったと痛感した出来事もありました。宮城県での滞在2日目、日本に来て7日目のことです。お昼に寿司を食べた後、同行していたエージェントの方が「そろそろみんなピザでも食べたいんじゃない。おやつにピザを頼もう」というので、私は地元の食材を使った美味しいと評判のピザ屋さんを紹介しました。すると、「違うよ。今、きっと皆ホームシックになっているころだから、食べ慣れたジャンキーなものが良いんだよ。ピザハットとかはないの?」と言われ、はっとしました。

私自身、良かれと思って提案したことですが、お客様の状況や気持ちを想像したうえで提案することの重要性を改めて認識した瞬間でした。


▲旅の最中のある日の食事、食べなれた食事を用意することも大切

 

訪日手配を手掛ける中で、特に気を付けている3つのポイント

私自身の経験も踏まえて、プライベートツアーなどの富裕層の訪日手配、案内を手掛ける中で特に気をつけているポイントを3つに絞って紹介します。

1つめに、営業方法についてです。弊社の場合、旅行会社や現地エージェント経由でお客様を受け入れるBtoBの事業が主流です。BtoBの営業と聞くと、旅行博や商談会への参加が思いつくでしょう。もちろん商談会も新しいパートナー探しの良い機会ですが、私は、あえて何もない時期に現地を訪問してエージェントにアプローチしています。

自分の会社ができること、力になれることをアピールして、何か一緒にできることを探りたいとメールを送り、決裁権のある人と直接会って話すようにしています。もちろん、返事すらない、会ってもらえない、会って話したけれど話が合わなかった、ということも多いです。100件アプローチしてビジネスに繋がるのは数件というレベルです。

ただし、あなたと一緒に仕事したいとアプローチし、私自身の人となりを知ってもらい、信頼関係を構築していくことも大切ではないかと思っています。

私たちが提供するコンテンツの中には、ここでしかできない特別な体験もありますが、寿司握り、花見、酒蔵見学など、極端に言えば日本全国どこでも体験できます。体験そのものでの差別化が難しくなるなか、「誰から買うか」が、重要になると考えているからです。


▲事前に複数の候補場所を下見して、最も綺麗に見える場所を選んだ 桜の花見

先日1人あたりの単価が70~80万円程のフライフィッシングのツアーで10名強のお客様を受け入れましたが、これも現地エージェントに直接アプローチした結果、信頼関係を構築でき、ビジネスに繋がったものです。

2つめに、ビジネスの進め方です。これは、当たり前にも聞こえますが「商流に忠実になってビジネスを展開する」ことです。

今回、弊社と最終顧客である旅行者の間には、海外代理店のA社と、国内代理店のOKUNI合同会社の2つの会社が介在しており、今回は後者から宮城県滞在中の旅の手配依頼をいただきました。 私にとって一番考えるべきは国内代理店がお客様の役に立つことで、彼らとの信頼関係を構築することです。たとえツアー中にお客様から私に対して直接何か要望があっても、自身で勝手に判断せずに、必ずOKUNI合同会社に確認したうえで行動していました。もし万が一、ツアー中に良かれと思って勝手に行動したことで何か問題になった場合には、彼らからの信頼を失ってしまいます。

「誰からの依頼なのか」「自分にとって最も信頼関係を築くべきお客様は誰なのか」に立ち返って行動することも、継続してビジネスをするためには大切だと思っています。


▲空港内に貸切バスを配車してお客様をお出迎え

3つめは、特にプライベートツアーでお客様を案内する際に言えることですが、相手の大切な時間にお邪魔しているという感覚を持ち、自分から喋りすぎないことです。

今回の旅でも、松島の絶景ポイントを案内しましたが、そこでお客様は景色をゆっくりと楽しみたいかもしれません。そんなときに「ここは、日本三景の1つで~」など私があれこれ話してしまうと、邪魔されたと感じてしまうでしょう。何か質問があったときに答えられる引き出しを用意しておくことは大切ですが、全て見せる必要はありません。お客様は興味があれば必ず聞いてきますので、それに応えれば十分だという意識で案内しています。

最後に、たとえ地域にどれだけ魅力的な素材があっても、それが自然に売れていくということはほとんどありません。それらをお客様に伝えていくためには、その素材を編集して価値を高め、お客様に届けるディレクターのような存在が不可欠です。
そして、プロのディレクターになろうと思えば、何よりもまず自ら経験してみることです。自分が経験したことでなければ、お客様に提案したり、その魅力を伝えたりするのは難しいとつくづく感じます。興味のある宿には自分で泊まってみたり、お客様に紹介したいコンテンツは自身で体験したりすることが大切ではないかなと思います。

(写真提供:株式会社インアウトバウンド仙台・松島 西谷雷佐氏)

 

プロフィール:

株式会社インアウトバウンド仙台・松島 代表取締役 西谷雷佐

青森県弘前市出身。ミネソタ州立大学卒業後、地元旅行代理店に勤務。2012年、着地型観光に特化した旅行会社「たびすけ」を創業。「短命県体験ツアー青森県がお前をKILL」等、地域の暮らしぶりに注目したユニークなツアーを多数企画実施。2018年、インバウンド事業に特化した「株式会社インアウトバウンド仙台・松島(DMO法人第20065号・第2種旅行業)」を創業。2020年からはAdventure Travelに精力的に取り組みAdventure Travel World Summit 2021北海道オフィシャルエキスカーション(全国5本)に選出。全国各地にて持続可能な観光地域づくりやサスティナブルアドベンチャーをテーマとした講演を行い、地域資源を活用したツアー造成、ガイド育成、コンサルティング等にも取り組んでいる。

 

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