インバウンドコラム

1人30万円超、山形出羽三山の修行・巡礼体験がなぜ欧米クリエイティブ層の心を掴むのか?

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欧米クリエイティブ層の心をつかむ、山形出羽三山の修行・巡礼体験がなぜ訪日目的になるのか。

インバウンド向けビジネスを展開する事業者の方に、現場の最前線の事例を紹介してもらうシリーズ。第6回目は、山形県鶴岡市で精神文化体験プログラムの提供を行う、株式会社めぐるん代表取締役の加藤丈晴氏に話を伺った。

株式会社めぐるんが提供するのは「Yamabushido」という、庄内地域の精神文化を通した自己変容プログラム。舞台となるのは出羽三山と呼ばれる、主峰の月山を中心に北に羽黒山、西南に湯殿山が連なる山だ。国内でも知名度が高いとは言えないこのエリアに今、欧米のクリエイティブ層がこぞってやって来ているという。平均単価1人30万円超と高額なこのプログラムの一体何が訪問者の心を掴むのか。トークライブでお話しいただいた内容の一部をお届けする。


▲3つの山を舞台に自己変容を試みるプログラム

 

出羽三山でのインバウンド向け通過儀礼体験で、持続可能な地域作りを目指す

私たちの会社では、出羽三山と言われる3つの山で、通過儀礼の体験を、主にインバウンド向けに提供しています。古来よりそれぞれの山に精神的な意味があり、羽黒山は現世、月山は過去、湯殿山は来世を表していて、過去・現在・未来を巡る生まれ変わりの山として敬われてきました。プログラムの内容は出羽三山講というかつての習慣に付随するものがルーツで、元々あった伝統的なものを現代的な価値に置き換えて、体験価値を再構築しているのが特長です。

観光を軸にしてはいますが、自分たちを旅行事業者と定義しているわけではありません。会社のミッションとして、「幸せで持続可能な家族・地域づくり」を掲げています。よく生きるための場を提供する立場で、同時に事業を通じて地域の文化や自然、経済が持続可能になるよう目指しています。宿坊後継者、自治振興会会長、神社の宮司など多くの地域パートナーを始め、アドバイザーや学識者の方々に支えられています。

現在は事業にあたっているのは9名です。当初よりメンバーが増え、女性や外国人、Z世代などバラエティー豊かな顔ぶれで、賑やかに運営中です。私たちが大事にしているのは、自分たち自身で修行を実践し、そこで気付いたことを伝えられるようにすることです。また、最近になって拠点近くの宿坊街の一角にある大江坊という宿坊を買い取り、新しい拠点にしました。


▲バイリンガルの山伏メンバー

 

事前説明は一切なし、私語厳禁、口にするのは「うけたもう」だけ

具体的なプログラムの内容を疑似体験してみましょう。参加者になったと思って想像してみてください。

まずあなたが身に纏うのは白装束です。宿坊という不思議な施設のなかで正座して始まります。「〇〇しなさい」と言われたら、「うけたもう(I accept)」と答える以外、選択肢はありません。質問したいことがあっても受け付けません。


▲プログラム参加者は全員白装束を纏う

指導者の後ろに付いて森の中を歩いたり、神社でお参りしたり、祝詞の紙を手にして一緒に祈りなさいと言われたらそれに従います。夜は行燈一つで町の中を歩いたり、昼は山に登ったりしますが、私語は厳禁で、隣の参加者の素性もわかりません。

山頂に到着すると、「この山頂には亡くなった人の魂が上がってくる」といった説明があります。指導者の山伏とともに祈りましょう。鬱蒼とした山を下り、滝行で禊をし、火渡りを行います。そして、宿坊に帰って生まれ変わりの儀式へ。最後にお札を渡されて修行は終了。その後は直会(なおらい:祭事の後の食事会)をして、修行の振り返りをしてプログラム終了です。

このプログラムのユニークなところは事前説明なしで、修行の最中にはガイディングやインタープリテーションがありません。参加者同士のコミュニケーションもありません。ただただ共に行動するだけです。直会(なおらい)の場で初めて、隣の参加者がどこの国、地域から来たのか、どのような背景でやって来たのかを知ることになります。口にしていい言葉は「うけたもう」だけ。ありのままを受け止める。それがこのプログラムです。

 

欧米クリエイティブ層をターゲットとした、最低2泊3日の自己変容プログラム

このYamabushidoというプログラムは、前述した「修行」と「巡礼」の2種類があります。修行はやや難易度が高くターゲットも狭いのですが、巡礼は家族連れでの参加も可能です。

私たちがターゲットにしているのは、欧米のいわゆるクリエイティブクラス。経営者やアーティスト、シェフ、武道家といった方々です。日頃から自らの内面と向き合い、研鑽することの重要性を認識している彼らはそもそも、こちらに来るべき理由を事前に構築できています。そんな方々により深く自己対話ができる機会を提供することで、極めて高い評価を得ています。


▲修行と巡礼の体験の違い、左が修行、右が巡礼

当初は半日や1日のコースも用意していました。ところが、現時点での我々の経験・スキルでは、「人生を変えたい」というお客さんの切実な思いにうまく応えきれないので、現在は最短でも3日間に設定しています。長くて6泊7日で、その場合の体験の核は山籠もりです。

海外の方は床に座ることすら慣れていません。そのため初日は準備の意味も兼ねて、手を合わせて祈ったり、頭を下げたり、といった基本を禅寺で学びます。

宿泊は個室もありますが、基本は男女別の雑魚寝です。宿坊を始め地域の資源を活かしながら運営したいと考えているので、あえて雑魚寝です。かつてはこうした地域の精神文化産業によって地域経済が成り立っていました。ところが、時代が進むにつれて巡礼者ではなく観光者が増え、宗教離れが進みました。300あった宿坊は27に激減し、お布施やご祈祷を払う人もいなくなりました。私たちはここが問題だと捉えています。


▲地域にある資源を活用したプログラムを提供している

 

平均滞在5泊、消費単価1人1日6万円超、半数以上が出羽三山目的に訪日

体験を終えた参加者が「人生が変わった」「私はこの体験のためにこれまで生きてきた」など、涙ながらに語ることがあります。また、「山からエネルギーをもらった」「亡くなった方からのパワーを感じて感動した」といった声もあります。あまりに大きな自然のエネルギーを感じて、「注射をされているように感じた」と表現する方もおられるほどです。

2023年の来訪者の平均滞在は5泊で、2019年の4.2泊から伸びました。1日当たりの売上も4.4万円から6.2万円に増えています。ツアー代金の中にご祈祷の料金も含まれていますが、2023年1年の弊社経由の来訪者の延べご祈禱消費額は95万5000円で、一人当たり1万494円となりました。先述のようにお布施やご祈禱のお代をしっかりいただくことを大切にしています。

注目していただきたいのが、来訪者の半数が出羽三山目的で訪日していることです。2023年に関しては初訪日の割合は2割でした。山形という場所柄、リピーターは期待しにくいですが、2023年はスイス、イタリア、フランス、ブラジルからの再訪問者がいらっしゃいました。2022年から2023年にかけて問い合わせ件数も増えていて、前年同時期の倍近くになっています。訪日来訪者事業の年間の売上は約2000万円で、うち直販は1400万円、残りはBtoBです。


▲来訪者は自然が放つ圧倒的なエネルギーを感じるという

 

商品造成、磨き上げ、参加者の声を素直に受け入れ反映させる

プログラム名の「Yamabushido」は実は造語です。本来は修験道が正しい。ところが、海外から来て修行を体験された方から、修験道だけだと、伝わりやすさの点で課題があると指摘がありました。「Yamabushido」には欧米でよく知られている「Bushido(武士道)」と同じ「道」という言葉が入っているので、外国人に響くはずだと提案されたのです。実際にその通りでした。ちなみに、標語の「Back to Nature Back to Yourself」も同じ方のアドバイスを取り入れました。ホームページに書かれている表現なども、お客さんの感想の言葉などを使わせてもらっています。


▲参加者のアドバイスで修験道(Shugendo)から「Yamabushido」へ

参加者については、事前にオンライン面接を全員に対して行い、プログラムの趣旨をわかってもらえる人だけに来てもらっています。問い合わせ数は増えていますが、参加のハードルを上げていますので当然、成約率は下がります。以前は面接なしで参加できるプログラムもありましたが、そうするとミスマッチが起こり、途中で帰ってしまう方が出てくるなどトラブルも多発。以降は面接を必須にしています。

プログラムは2016年から着手し、プロトタイプが完成。その後、コロナで身動きが取れなくなりましたが、明けてプログラムを再構築しました。自己変容を本気で目指すような人だけをターゲットにしよう、人生が変えられるプログラムに絞ろうと決め、短期のプログラムを全て廃止しました。そう割り切ってプログラムや参加までのプロセスを調整し、現在もブラッシュアップし続けています。

商品設計をするときは、山伏の先達、通訳を始め地域人材に多くお支払いできるよう努力しています。私たちにとって地域の人材は一番の資源です。日本トップクラスのフィーが払えるよう設定。その上で、粗利率が50%になるような値付けによって、地域社会・文化・自然の保全に寄与し、私たち自身も拡大再生産できるようにしています。

 

サステナブルへの取り組みを訴求、継続できるビジネスモデルを目指す

会社のミッションに掲げているように、持続可能性には強くこだわっています。特別天然記念物であるスギ並木のスギが以前、朽ちて下の社を崩壊させたことがありました。以来、危険木の伐採を始めとするスギの管理に着手。文化財保護にも力を入れています。こうしたサステナビリティの取り組みは、ターゲットのクリエイティブクラスに刺さっているように感じます。

プロモーションについてはあまりしていないのが実情ですが、HPとニュースレターが効いているようです。HPにニュースレターのエントリーフォームを付けて、希望者に毎月1回、山からのお知らせをメールで配信中です。外国人スタッフが丁寧にやってくれています。当初私は「求められているのだろうか?」と懐疑的だったのですが、しっかり読んでくれているのです。訪れる方から「ホームページがよくできている」ともよく言われます。そもそも来てくれた方の意見をもとに商品設計をしてきたので、プログラム自体がいいのだと自負しています。

私たちが強く意識しているのは、税金をしっかり納められる事業を行うことです。補助金や助成事業も行っていますが、それはある意味では次世代からの借金です。私たちの事業で稼げるようにして、スタッフにもしっかりと支払い、地域へ納税する。そういう事業を展開したいと常々思っています。

 

プロフィール:

株式会社めぐるん 代表取締役 加藤丈晴

1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。羽黒山伏(先達)。株式会社博報堂を退社後、2011年に山形県庄内地方鶴岡市に家族と3人でIターン移住。同年、羽黒山伏となる。「幸せで持続可能な家族、地域へ」をミッションに、株式会社めぐるん起業。地域文化交流事業、山伏修行、自然エネルギーなどに取り組む。現在、海外の人向けに、山伏体験、巡礼体験など、主に出羽三山エリアでの精神文化による自己変容プログラムYamabushidoプロジェクトを推進中。趣味は読書(最近は息子オススメの漫画)、自分マネジメント。

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