インバウンド事例

【農泊:青森県平川市】台湾からの修学旅行生受け入れのノウハウをもとに、さらなるインバウンド誘致

2018.09.13

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事例のポイント

  • 人々のありのままの暮らしがコンテンツ
  • 地域の活動にアンテナを立てることでチャンス
  • 受け入れ体制は、国内の修学旅行生と同じように
  • 東北発着の国際線を視野にアジアからの観光客を誘致

7月に観光庁が発表した2017年の宿泊旅行統計調査によると、青森県の昨年の外国人延べ宿泊者数は26万人で、前年からの伸び率は62.5%となっている。この数字は、大分の67.7%、福島の65.2%に次いで全国3位である。その青森県で「ホスピタリティセミナー&おもてなしアワード」の最高賞、『おもてなしアワード2017 青森県知事賞』を受賞した「グリーンファーム農家蔵」が主催する「平川ねぷたまつり農泊モニター」に参加、青森県平川市へのインバウンド誘致の取り組みを取材した。

祭_中からの臨場感

青森市の「青森ねぶた祭」は東北三大祭りの一つに数えられ、例年280万人程を動員する有名な祭りだが、青森県にはその他にも多数のねぶた・ねぷた祭が存在する。津軽地方で最も有名なのは、弘前市の「弘前ねぷたまつり」で県内最多の山車が出る。その他には、高さ20mの長身の立佞武多(たちねぷた)が人気の、五所川原市の「五所川原立佞武多」など、県内には個性豊かな祭が目白押しだ。「ねた」と「ねた」の違いは、地域による発音の仕方によるもので、青森市周辺と下北地方では「ねぶた」、弘前を中心とした津軽地方では「ねぷた」と呼ぶ。

 

まずは平川ねぷたまつりの知名度を上げる

今回訪れた平川市は、青森県南部、弘前市と接する、人口約3万人の市だ。平川ねぷたの特徴は、各山車がそれぞれ違ったお囃子や踊りを持っていることで、青森のねぶたのような「跳人(はねと)」と呼ばれる自由参加の踊り手はいない。
祭_観客席より_世界一の扇ねぷたねぷたの形状は扇型が主で、練り歩く通路が広いため、大きさもたっぷりで迫力満点である。目の前で次々に繰り広げられる様々な趣向の舞台に夢中になっていると、行列のトリを大迫力の「世界一の扇ねぷた」が飾る。平川ねぷたは息つく暇のないエンターテインメントだ。

昨年末に発表された、最新の青森県観光入込客統計によると2016年に平川市を訪れた観光客は約39万3千人で、ねぷた祭が開催される8月が最も多く、約7万人を呼び込んでいる。冒頭紹介した観光庁の昨年のデータでは、青森県には外国人が急増中なのだが、「平川市ではその実感は全くない」と、モニターツアーを企画した、グリーンファーム農家蔵の乗田和耶氏は言う。まだまだ知名度の低い「平川ねぷた」を国内外にPRしようと、「平川ねぷたまつり 農泊モニター」を企画した。

平川ねぷたと農泊を体験する2泊3日のツアーは、国内外の旅行会社やランドオペレーターを含む、10名ほどが参加した。初日は、午後に弘前駅に集合し、車窓から青々とした田園風景を眺めながら20分ほどローカル線で移動する。早めの夕食を頂くと早速まつりへ出陣だ。「金屋地区」町内会の一員として揃いの法被を拝借し、「ヤーヤ ドー」と、大きな声で掛け声をかけながら、ねぷたを引いて通りを練り歩く。2日目は、日中は宿泊先の農家で農業体験をし、夜には平川市観光協会が設けた有料席からねぷた祭りをじっくり観覧する。地元の人々と共に祭りの一部となる経験をした翌日に、観客として外から観ることで、前夜の体験がいかに貴重なものであったかが実感できるプログラムだ。

 

写真撮影するホフマン

▲スイスの旅行会社のホフマン氏も熱心に祭の様子を写真撮影

 

地域の他団体との連携や横の繋がりが新しいステップに

そもそも平川市が農泊を始めたのは2006年のこと。当時農家の経営状況が悪化し、なんとかできないかと考え出したのが、農泊だった。農家の所得向上と労働力の確保、そして地域の活性化の「一石三鳥の施策」だ。修学旅行を企画する旅行会社と連携し、生徒を農家で受け入れるシステムを構築した。そして7年ほど前から、青森中央学院大学内にある「アジアからの観光客誘致推進協議会」を窓口に、台湾からの修学旅行生を受け入れるようになったという。もともと青森県南部で受け入れていたのだが、キャパの問題と、海外参加者から津軽地方でも体験したいという声が上がったことで、平川市に声がかかった。日本人修学旅行生の受け入れ実績を積むと同時に、地域の活動にアンテナを張っていたことが、インバウンドへのきっかけとなった。外国人観光客がいなかった地域に、現在では年に3校程、年間約150名の台湾人がやってくる。

 

台湾画像1

 

国内修学旅行生受け入れノウハウをそのままインバウンドに

台湾からの修学旅行生の農泊のプログラムは、国内の修学旅行生と同じだ。日中は受け入れ家庭で農作業体験をし、夜は食事の支度と後片付けなどの生活体験をすると言うもの。違いといえば、夕食後の各家庭での交流の時間に、台湾の生徒さんの為に、着物着付け、茶道、囃子体験など日本の伝統文化に触れる時間を設けてくれる家庭が多いことくらい。農泊では当初から、「お客様扱いしないありのままの受け入れ」を貫いてきた。初めて台湾からの受入れをする家庭にも、「国内の修学旅行生同様の対応をしてください」と伝えている。滞在中の行程も同じなので、段取りよくこなせていると言う。意思疎通については「通じないことが醍醐味ですから」と乗田氏がいうように、言葉の壁を双方ともに楽しんでいるようだ。納豆がダメな子が多いくらいで、大きな問題が起こったことはない。

 

「ありのまま」に受け入れてくれる家庭を探す地道な努力

「人々のありのままの暮らし」が魅力的なコンテンツとして成立している平川市の農泊だが、「ありのまま」に受け入れてくれる家庭をどう集めているのかと聞くと、乗田氏から意外な答えが帰ってきた。「全て飛び込み営業です。はじめは大抵断られます。断られても熱意を伝えて2−3年かけて受け入れてもらう感じです」。現在では農泊受け入れ農家は125 件に上る。農家の発展の為に始めた取り組みだけに、受け入れたい農家はいくらでもあるのかといえば、そうではない。「ありのままの暮らし」の中に、客人を受け入れようと思ってもらうにはまず、その意義と喜びを伝え、不安を取り除かなくてはいけない。地域の中にいて、地域の事を思う人の、まっすぐな努力があって初めて、「ありのまま」が、観光客に開かれる。

茶道体験_石山さん

▲石山さんによる茶道体験

2006年から農泊の受け入れをしている石山順子さんは「ここは良いところだから、お客さんが来てくれればいいなと思ったの」という。「自分が楽しい事だけを一緒にするようにしている」と、花炭作りや茶道を、宿泊者に心を込めて丁寧に教える。
3年程前からは、石山さんも台湾の修学旅行生の受け入れも始めた。当初は言葉の問題への不安から、ご家族の反対もあったが、受け入れてみると、片言の英語や携帯のアプリを使って、コミュニケーションが取れることわかった。「台湾の学生さんは気持ちの良い子達が多く、帰った後は清々しい気分になる」と話す。

 

様々なチャンネルを利用しての発信

そこで平川市が今後取り組んで行きたいのが、インバウンド個人客の誘客だ。受け入れ態勢は整っている為、様々なチャンネルを利用して発信している。農水省の農山漁村振興交付金を活用し、日本最大の民泊予約サイトSTAYJAPANへ「ねぷたまつり体験&農家民泊」と「りんご栽培・収穫体験&農家民泊」のページを作った。これは申込みから受け入れまで一連の流れの確認としても役立った。台湾台中市と平川市が「友好交流協定」を締結している縁から、台湾のランタン祭りで「平川ねぷた」のプロモーションもしている。また、アジア協議会とともに現地へ赴き誘致活動も行う。今回のモニターツアーも、人との繋がりを駆使して多様な参加者を集めた。スイスの旅行会社のホフマン デニス氏は「現代の旅人は、その場に足を運ばないとできない経験を求めている。ここまで地元の人との距離が近く、自然に迎え入れてくれる場所はあまりない」と、来年のスイスから送客に意欲的だ。

平川市観光協会の畳指謙自氏は「インバウンド誘客を考える時、問題は距離だ」という。外国人観光客は東京からやってくるという発想を捨て、青森を含む東北発着の国際線を活かし、アジアからアジアへのルートの途中で青森に立ち寄ってもらえるような誘客も念頭におく。津軽平野南端の長閑な町は、ありのままに、その良さを失わない方法と速度で、世界からのお客様を迎える準備を着々と整えている。

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