インバウンドコラム

成熟市場が求める日本の地域の価値は何か―旅行者が「地域の内側」に入りたくなる理由―

2026.07.23

村山 慶輔

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前回は、フランスの旅行会社との対話を通じて、成熟市場がゴールデンルートの先にどのような地域を求めているのかを紹介した。今回は、その地域を選ぶ決め手となる「人」や「暮らし」との出会い、そして旅行者を地域の内側へとつなぐ存在について考えたい。

>>前編はこちら成熟市場が求める「次の訪日旅行」は何か―フランス市場との対話から見えてきた変化―

 

地域は「見る場所」から「関わる場所」へ

フランスの旅行会社との対話で、地方への関心と並んで印象に残ったのは、「旅行者が地域の内側に入れるか」という問いだった。

旅行者は、名所を巡り、その土地を外から眺めるだけでは満足しない。誰と会い、どのような時間を過ごし、その土地の暮らしや価値観にどこまで触れられるのか。成熟市場では、そうした体験の質が地域選びを左右しているように見えた。

東北、九州、四国、北海道、山陰など、ゴールデンルートの先にある地域への関心は確かに強い。背景には、リピーター向けの商品開発や混雑回避の意識もあるが、旅行会社が探しているのは、人が少ない場所そのものではない。

商談では、「観光客向けに整いすぎた場所ではなく、昔ながらの営みが残る場所に行きたい」「外から見るだけではなく、その土地の暮らしに少し触れたい」といった趣旨の声を聞いた。

旅行者が求めているのは、昔ながらであることや不便さそのものではない。地域の人と出会い、その土地の暮らしや文化に無理なく触れられる時間である。

 

人の物語を、旅行者の体験へつなぐ

今回の対話では、地域名だけを伝えるよりも、そこに関わる人の話をしたときの方が、相手の反応が明らかに変わる場面があった。

宿の経営者がどのような思いで地域に向き合っているのか。地域の人が、自然や文化をどのように守っているのか。土地に根ざした体験が、なぜその場所で続いているのか。固有名詞や顔の見える存在、具体的な場面が加わることで、地域は急に遠い存在ではなくなる。

▲やんばるの海

やんばるでは、長寿というテーマが旅の入口になる。ウェルネスへの関心ともつながるが、焦点は健康法や特別なプログラムだけではない。日々の食事、自然のなかでの暮らし、そして人と人が支え合うコミュニティのあり方まで含めて、地域の価値が形づくられている。

商談でも、長寿を支える食や日常、地域の人々のつながりについて伝えた際に、相手の関心が大きく高まった。自然を眺めるだけではなく、どのような暮らしが営まれ、それが人の健やかさとどう結びついているのか。そこに、成熟市場の旅行者が惹かれる理由があるように感じた。

奄美では、豊かな自然や独自の文化とともに、島の人々が自らの暮らしや土地に抱く誇りが、滞在の印象を形づくる。外国人旅行者が比較的少ないことは、そうした地域の空気や人との距離感に、無理なく触れやすい条件の一つでもある。

価値は、単に「知られていないこと」にあるのではない。島の人々が自然や文化、暮らしをどう語り、どう大切にしているのか。その誇りに触れながら、島の空気のなかで時間を過ごすことに、旅の深みが生まれる。

長門湯本温泉では、温泉そのものだけでなく、宿や地域の人が主体的に土地を見せ直し、どのような滞在をつくろうとしているのかが、旅の意味を深める。温泉に入ることだけではなく、温泉街を歩き、宿で過ごし、地域の人が整えてきた場に触れる時間まで含めて、滞在が形づくられている。

長寿を支える暮らしとコミュニティ、島の人々が抱く土地への誇り、地域の人が主体となってつくる滞在。三つの地域は入口こそ異なるが、いずれも景観や施設だけではなく、人や土地との関わりが、その旅ならではの価値を生み出している。

 

旅行者を地域の内側へつなぐローカルガイド

そして、その物語を旅行者の体験へつなぐ存在として、ローカルガイドの役割がある。

商談では、必ずしも全行程に同行する案内役ではなく、その地域をよく知り、地域の人やコミュニティとの接点をつくれる案内人を求める声がいくつか聞かれた。

旅行者は、地域を外から眺めるだけでは満足しない。名所を巡り、写真を撮り、説明を聞くだけではなく、その土地の暮らしや文化の内側に少し入りたいと考えている。

地域の人と自然に関係を築き、会話をつなげられる。土地の背景や暗黙のルールを理解している。旅行者の関心を地域の人に翻訳し、地域側の事情や距離感を旅行者に伝える。こうした存在がいることで、旅行者は単なる見学者ではなく、その地域の時間に一時的に参加することができる。

交通や宿泊を予約するだけなら、旅行者自身でもできることは増えている。しかし、その地域で誰と会い、どのような話を聞き、どこまで地域の内側に入れるかは、オンライン上の情報だけでは組み立てにくい。この点にこそ、旅行会社を通じて旅を手配する意味があるのだろう。

特にフランス語で地域の魅力を伝え、人と旅行者をつなげられるローカルガイドや案内人が限られていることは、今回の対話でも繰り返し聞かれた課題だった。これは単なる語学人材の不足ではない。旅行者が地域の内側に入るための接点が、十分に用意されていないという課題でもある。

 

新しい施設よりも、地域の時間をどう届けるか

地方誘客では、新しい宿泊施設や体験コンテンツの整備に目が向きがちである。もちろん、宿泊、交通、案内、予約といった受入環境は欠かせない。ただし、成熟市場に向けて地域の価値を高めるうえで、必要なのは新しいものを増やすことだけではない。

地域が最初に整理すべきなのは、大きく三つあるのではないだろうか。誰に来てほしいのか。その人に、地域でどのような時間を過ごしてほしいのか。そして、その時間を支える人は誰で、どのような場所があるのか。

施設や体験の一覧をつくる前に、この三つを言葉にできるかどうかが、海外市場に地域の価値を伝える土台となる。地域の魅力は、見どころを増やすことだけで生まれるわけではない。

旅行者がその土地の人と出会い、暮らしの背景を知り、「ここに来てよかった」と感じる時間をどうつくるか。その問いから地域の旅を考えることが、成熟市場に選ばれる出発点になるのではないだろうか。

 

※本記事は「観光フィールドノート」の一編です。続きの思考は、月1回配信しているメール版で記しています。 → メルマガのご案内はこちら

 

著者プロフィール:

株式会社やまとごころ 代表取締役 
インバウンド戦略アドバイザー 村山慶輔

神戸市出身。米国ウィスコンシン大学マディソン校卒業後、アクセンチュアを経て、2007年にインバウンド観光情報サイト「やまとごころ.jp」を立ち上げる。以来、観光事業者・自治体・DMO等に向けて、情報発信、人材育成、研修、コンサルティングを通じ、インバウンド戦略の立案・実行を支援。観光庁をはじめ、国や地域の観光政策・事業に関する委員・アドバイザー等を務め、持続可能な観光地域づくりにも取り組む。著書に『観光再生』など計10冊。やまとごころ.jpでは、観光・インバウンドの現場視点を綴る連載「観光フィールドノート」を執筆中。

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