インバウンドコラム
鉄道やバスなどの交通機関と観光施設の入場券、割引などをセットにし、広域周遊を促進するパスはこれまでも多く登場しているが、2025年に発売された「北九州周遊パス」の販売が好調だ。第10回ジャパン・ツーリズム・アワード2026でも入賞している。
なぜ利用者に支持されているのか。事業を主催する九州観光機構の担当者に取材し、商品設計、情報発信、運営などのポイントを探った。
決済したクレジットカードでJRと観光施設を何度でも利用
「北九州周遊パス~タッチKyushu~」(以下「北九州周遊パス」)は、2025年7月23日の発売当初、JR九州の門司港駅〜八幡駅間の普通・快速列車と13施設が対象だったが、2年目の2026年7月1日からは区間を黒崎駅まで延ばし、対象を19施設に拡充した。
現在の価格は1日券が2500円、2日券が3000円。オンラインでチケットを購入し、決済に使用したクレジットカードやデビットカード、プリペイドカードで、JRの駅や各施設に設置された専用端末にタッチするだけで利用できる。日本語に加え、英語、中国語の繁体字・簡体字、韓国語に対応している。

今回は、主催する一般社団法人九州観光機構地域共創部の部長代理・平田剛司さんと、同部次長の基太村(きたむら)翼さんに話を伺った。
「交通機関と観光地・施設が一体化した周遊券を開発し、当該エリアにおける周遊・回遊を促すことを目的に、機構内で検討していたところ、JR九州や北九州の地元関係者との協議の結果、今回のパスの販売に至りました」と基太村さん。
昨年度は、発売当初の目標の約8倍を売り上げ、今年度も販売は好調という。利用者の構成は約8割がインバウンドで、日本人が約2割。その中でも台湾の利用者が大半で、次いで韓国と、北九州市に多く訪れる東アジアの個人旅行者に届いている点が特徴だ。
平田さんは本事業の次の2つのポイントを提示してくれた。
「今回は三井住友カードの『Pass Case』のシステムを利用しています。まず、購入者は、決済したクレカをタッチすることで使えるので、利便性が高く、さらにお得な設定になっています。2点目は、利用者の属性登録データと利用データがデジタルデータとしてすぐに蓄積されることで、現場対応や販売促進に活かせることです」
▲皿倉山ケーブルカー(北九州周遊パスでスロープカーと合わせて利用できる)
台湾からの利用が大半、自発的な口コミが認知を広げる
このような周遊パスは、企画が良くても、利用者になかなか届かず、販売実数が伸び悩む場合も少なくない。ではなぜ、北九州周遊パスは利用者を獲得できたのか。特に台湾からの利用者が大半を占めている点が興味深い。
その理由については、九州観光機構による情報発信のほか、北九州市が長年にわたって続けてきた情報発信を挙げる。ウェブやSNSでの発信・広告、商談会でのチラシ配布、インフルエンサーを通じた紹介などを重ねてきた。
そんな中、一人の台湾人インフルエンサーが、招聘事業など運営側からの働きかけではなく、自らパスを利用したうえで投稿したことも認知拡大につながった可能性があるという。
その投稿では、北九州市の門司港、小倉、皿倉山を巡るコースを紹介。門司港レトロの街並みを歩き、小倉城や小倉城庭園で歴史に触れ、夕方には日本新三大夜景といわれる皿倉山から夜景を楽しむという行程を、1日券でお得に便利に楽しめると伝えている。
旅行者にとっては、対象施設が一覧で分かり、交通費と入場料がセットになっているうえ、カードをタッチするだけで便利に利用でき、特典も多くて得だという実感が、口コミとして情報拡散されたと考えられる。
「19施設という選択肢も多すぎず、少なすぎず、ちょうどいいと感じられるのでは」と基太村さんは話す。
▲台湾人インフルエンサーの2025年12月当時の投稿。YouTubeでは福岡県の旅全体を詳しく発信している
利用データを地域で共有、定例会議が生む新たな連携
もうひとつ、販売好調を支える仕組みとして注目したいのが、毎月1回、関係者が参加して行われる定例会議だ。
商品販売当時から北九州に関係者が集まり、利用者の属性を含めた施設の利用実績、施設利用の前後の動きなどをデータとして共有、現場からの声をあわせて分析し、改善につなげているという。
「自分の施設の前にここに行っているのであれば、その施設と連携してみよう、という事業者同士の販促施策のヒントにもなっている」と、平田さんは当初から継続して定例会議を行っている効果を好調の要因として挙げる。単にパスを販売するだけでなく、利用データを地域の関係者で共有し、それぞれの施設の改善や連携に活かしている点が興味深い。
さらに、この定例会議では、パスに関する情報だけでなく、旅行者の生の評価や地域の動向、最新の情報などを共有できる。こうした積み重ねは、今後の広域連携の事業にも活かされていくだろう。
課題は「沿線から離れた施設と国内の利用者増加」、今後は別エリアでの展開も
一方で、課題もある。
「JR沿線から離れて点在する施設や、バスや車などで利用する施設にもっと誘客したい。また、日本人の利用者は2割程度なので、まだまだ伸ばしていきたい」と基太村さんは話す。
筆者自身も9月下旬の平日に、1日券2500円を購入して、利用してみた。人気の門司港の各施設や皿倉山ケーブルカー&スロープカーでは団体・個人ともに外国人旅行者が多く、日本人の方が少なかった。
だが、夕刻に訪れた「旧安川邸」では、外国人旅行者は2人しか見かけなかった。戸畑駅からバスやタクシーを利用する必要があり、鉄道駅から離れた施設への誘客の難しさを感じた。
旧安川邸は、安川電機や九州工業大学などの設立に関わった実業家の居住宅で、素敵な和カフェは日本人の若者にも人気で、韓国人にも好まれるだろう。孫文も宿泊した歴史的価値などを打ち出すことで、中国人の注目を集めることもできるかもしれない。
▲孫文が揮毫した「世界平和」の額がかかる旧安川邸の大広間
また、紹介されているモデルコースには、JRだけでなく、車を利用して周遊するコースもある。車を利用する地元住民や国内旅行者には、アウトレット北九州や小倉井筒屋で使える各1000円分のクーポン(購入が必要条件だが、当日以降も利用できる)など、お得な特典を訴求することもできる。
2日券は3000円と、1日券との差額が500円で、お得感もあるため、販売も好調だという。宿泊して楽しむ国内外の旅行者はもちろん、地元住民にも魅力を感じてもらえるのではないだろうか。
今後について、基太村さんは「北九州周遊パスは継続しつつ、九州内の他エリアでの実施にもトライしたい」と意気込む。
旅行者、事業者、地域の三方にメリットがある成功モデルの横展開は、多くのエリアで求められるのではないだろうか。
周遊パスを育てるデータマーケティングと地元の熱意
これまでの周遊パスには、発券やチケットの引き換えが必要なものも多かった。その点、北九州周遊パスは決済したカードがそのまま使えるという利便性が高く、「北九州市ならここが定番」といったモデルコースも分かりやすい。交通費と施設入場料を合わせたお得感も、利用者にとって大きな魅力だろう。
こうした利便性や満足度があってこそ、台湾人インフルエンサーによる自発的なSNS発信などの「口コミ」にもつながった。これはプロモーションに力を入れるだけでは難しく、使ってみての満足度が高くないと引き出せないことである。
事業者側も、特典を提供することで利用者が純増し、定例会議での最新データの共有で正しく旅行者の動きを把握することができ、改善や連携の施策につなげられるというメリットがある。当初は九州観光機構からの提案に応じる形だった北九州市や事業者も、今では積極的にコンテンツ開発や特典収集に動いているという。持続可能でかつ今後も成長が見込まれるプロジェクトになっているのだ。
今後は、地元の人にもこのパスの価値を理解し、実際に使って、旅行者にすすめてもらえるかが重要になるだろう。外国人旅行者からの人気を一過性のものにしないためにも、地域全体でパスを育てていく視点が欠かせない。
ここで思い出すのが、小倉城や小倉城庭園の指定管理者であり、今回のパスの立ち上げや数々の観光プロジェクトに関わってきた「一般社団法人まちはチームだ」の代表理事である岡秀樹さんに伺った話だ。
▲武将隊が迎えてくれる小倉城(通常1~2名が毎日対応)
小倉城では、武将隊のお迎えのほか、体験型の展示を行い、XR技術を使った脱出ゲームや季節ごとのイベント、天守閣の最上階での土曜日夜のバー営業など、多彩な取り組みを行っている。
岡さんによると、「北九州市民の入場利用がもっとも多く、リピーターも多い」とのこと。地元の方に「ここがいいよ」と紹介されることこそ、旅ナカを中心に国内外からの利用者を引き寄せる力となる。あわせて緻密なデータ分析も行っているそうだ。
筆者自身のプロジェクトや観光まちづくりの経験を振り返っても、冷静なデータマーケティングと持続的な改善、そして地域や施設に客を呼び込み、もてなす情熱。そのバランスが不可欠なのだと痛感する。成功への道程は、それらの「継続」をエリアやチームで行っていくしかないと考える。
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