インバウンドコラム

サステナブル観光はどう変わるのか、欧州制度改革と台湾の実践から考える「認証」の本来の役割【セミナーレポ】

印刷用ページを表示する



観光分野におけるサステナビリティは、もはや一部の先進事例やCSR(Corporate Social Responsibility)活動ではなく、事業運営や観光地経営の前提条件となりつつあります。特に欧州では、企業や観光事業者が環境配慮を訴求する際のルール整備が進み、「持続可能であること」をどのように証明するのかが重要なテーマとなっています。

本セッションでは、台湾でサステナブルツーリズム推進に取り組む非営利組織Sustainable Travel Taiwan代表のモニーク・チェン氏を迎え、欧州認証制度の変化と台湾における実践事例が紹介されました。ディスカッションは、一般社団法人JARTA代表理事であり、Asian EcotourismNetwork(AEN)創設者の高山傑氏が担いました。

本記事では、認証制度を取り巻く国際的な変化とその課題を整理しながら、日本の観光地や事業者にとっての示唆を読み解いていきます。

サステナブルセミナーレポ(モニーク・チェン氏と高山氏)

 

台湾で15年以上続くサステナブルツーリズムの実践と人材育成

台湾でサステナブルツーリズム推進に取り組むSustainable Travel Taiwan(以下STT)代表のモニーク氏は都市計画を専門とし、エコミュージアムや地域づくりの現場を経て、2008年からサステナブルツーリズムの推進に携わってきました。現在はSTTを率い、観光地や宿泊施設、ツアー事業者に対する支援を行っています。

STTが一貫して目指してきたのは、国際的なサステナビリティ基準を地域レベルへ落とし込み、環境・文化・地域社会への負荷を最小限に抑えながら、観光によるポジティブな効果を高めることです。

その取り組みの特徴は、認証取得支援そのものではなく、人材育成に重点を置いている点にあります。監査員やコーチ、コーディネーターを育成し、地域や事業者が自ら改善を続けられる仕組みづくりに取り組んできました。

 

認証取得から実践へ 改善を続ける仕組みづくり

台湾では2016年からGreen Destinations(観光地の持続可能性を評価・認証する国際団体)の取り組みに本格的に参画し、観光地認証やTop100 Storiesへの応募を進めてきました。当初は宿泊施設を中心に支援を行っていましたが、その後は観光地全体へ対象を拡大し、さらに観光地内の事業者へと支援の範囲を広げています。

その中核となっているのが、観光事業者認証のGood Travel Sealです。Good Travel Sealは中小規模の観光事業者でも取り組みやすいサステナビリティ認証として開発され、台湾はその実証フィールドの一つとなりました。

現在台湾では、200以上の事業者が参加し、そのうち100を超える事業者が認証基準を満たしています。こうした数字以上に重要なのは、認証を通じて事業者が継続的な改善サイクルを回せるようになっている点です。

モニーク氏は、長年の取り組みを振り返りながら、「測定していないものは管理できない」という考え方を重視していると説明しました。エネルギー使用量や廃棄物削減などのデータを継続的に把握し、改善につなげることがサステナビリティの基盤であるという考え方です。

 

欧州制度改革が問い直す 認証制度の価値と信頼性

一方で、サステナビリティ認証を取り巻く環境は大きく変化しています。背景にあるのは、EUが進めるグリーンクレーム規制の強化です。企業が「環境に優しい」「サステナブル」といった表現を用いる際、その根拠や第三者検証の透明性が厳しく求められるようになります。

これに伴い、これまで広く活用されてきた認証制度も見直しを迫られています。モニーク氏は、台湾でもここ数年で認証機関や監査員が急増している現状を紹介しました。その一方で、監査の質やサステナビリティへの理解にばらつきが生じていることへの懸念も示しました。

認証制度が市場として拡大すること自体は歓迎すべき変化です。しかし、認証取得が目的化し、本来目指すべき行動変容や改善が置き去りになるリスクも生まれています。

また、実際に認証を取得していないにもかかわらず、認証取得を示唆するような情報発信を行う事例も紹介されました。欧州で進む制度改革は、こうしたグリーンウォッシュへの対策という側面も持っています。

 

認証取得はゴールではない 問われる「なぜ取り組むのか」

今回のセッションで大きな論点となったのが、認証取得の目的化に対する問題提起でした。高山氏は、日本でも認証取得そのものが目的になり、本来の意義が見えにくくなりつつある現状に警鐘を鳴らします。

例えば、宿泊施設の認証基準には、客室や共用部にゴミ箱を設置することが求められるケースがあります。こうした基準の背景には、廃棄物やマイクロプラスチック問題といった環境課題があります。本来は環境課題への理解が先にあり、その解決策として具体的な基準が存在するはずです。しかし現場では、「基準だから実施する」という順序になってしまうことも少なくありません。

高山氏は、「なぜその基準があるのかを理解しないと、認証は単なる作業になってしまう」と指摘しました。認証制度が本来果たすべき役割は、事業者や従業員、さらには利用者やサプライヤーまで巻き込みながら、環境や地域社会に対する理解を深め、行動変容を促していくことにあります。

 

リジェネラティブ・ツーリズムにも求められる実効性

セッションでは近年注目を集めるリジェネラティブ・ツーリズムについても議論が交わされました。リジェネラティブ・ツーリズムは、環境負荷を最小限に抑えるだけでなく、地域や自然をより良い状態へ再生していくことを目指す考え方です。

一方で、高山氏は「リジェネラティブ」という言葉が独り歩きしている現状にも言及しました。観光によって本当に地域や自然が再生されているのか。その成果をどのような指標で示すのか。こうした検証がなければ、単なるキャッチフレーズになりかねません。

サステナビリティと同様に、リジェネラティブもまた、エビデンスに基づく実践が求められる段階に入っていると言えるでしょう。

 

日本への示唆 サステナビリティは現状把握から始まる

日本でも兵庫県や岐阜県などを中心に観光地単位での認証取得支援が進み始めています。一方で、今後は認証を取得すること自体ではなく、認証取得後の運用や継続的改善がより重要になっていくでしょう。

また、高山氏と村山の対話では、日本の中小事業者が認証制度に対して抱く心理的なハードルについても議論が行われました。

認証という言葉から、「費用が高い」「手続きが複雑」といった印象を持つ事業者も少なくありません。しかしモニーク氏は、まずは自社のエネルギー使用量や廃棄物排出量を把握することから始めればよいと説明します。認証取得そのものを目標にするのではなく、自社の現状を把握し、改善を積み重ねる仕組みづくりから始めることが重要です。

 

編集後記 認証の価値は「ラベル」ではなく「変化」にある

本セッションで印象的だったのは、認証制度そのものが大きな転換点に差しかかっているという事実です。これまで認証は、「取得しているかどうか」が重視される傾向がありました。しかしEUを中心とした制度改革によって、今後は認証そのものよりも、その根拠や実効性が問われる時代へと移行していきます。

高山氏はセッションの中で、「なぜその基準があるのかを理解しなければならない」と指摘しました。認証制度は本来、事業者や観光地の課題を発見し、改善を促すための仕組みです。基準の背景にある目的や課題を理解しないまま取得だけを目指せば、認証は単なるラベルに留まってしまいます。

こうした認識のもと、認証制度のあり方そのものを問い直す動きも広がっています。欧州で進む制度改革は、日本の観光業界にとっても無関係ではありません。認証を取得するかどうかではなく、その仕組みを通じて自社や地域の未来をどう変えていくのか。その問いが、これからのサステナブルツーリズムを考える上で、ますます重要になっていくのではないでしょうか。

 

「サステナブルツーリズム国際トークセッション」は、観光を単なる集客や経済効果の手段としてではなく、地域・社会・自然との持続的な関係性の中で捉え直すことを目的とした連続対談シリーズです。世界の最前線で議論されている観光の潮流をタイムリーに共有し、それを日本市場にどのように活かせるのかを明らかにすることを目指しています。

▼関連記事はこちら

前回のトークセッションレポート:ASEANのサステナブル観光はどう進化しているか

最新記事