インバウンドコラム
連載第1回では、インバウンド旅行ビジネスの全体像と、その中でDMCやツアーオペレーターが担う役割とその重要性について解説しました。では、実際に事業を展開する際には、どのような市場を対象とし、どのような旅行商品を提供すればよいのでしょうか。
DMC/ツアーオペレーターが対応する旅行市場を理解するには、訪日旅行者がどこから来るのかだけでなく、現地でどのような体験を求め、誰がその旅行を形にしているのかを見ることが重要です。そのために、市場からの「距離」は一つの手がかりとなります。近距離のショートホール市場と、長距離のロングホール市場では、滞在日数や周遊範囲、好まれる観光体験が異なります。そして、その違いに応じて、地域の情報やネットワークを生かし、旅行を企画・手配するDMCやツアーオペレーターの役割も変わります。
本稿では、この旅行距離による市場特性の違いを入り口に、DMC/ツアーオペレーターがどのような市場と対峙し、旅行商品やサービスを展開、地域の価値を高めようとしているのか、その考え方と具体例を紹介します。
ショートホールとロングホールで異なる旅行ニーズ
観光・旅行ビジネスでは、観光地までの移動距離により、短距離市場をショートホール(Short Haul)、長距離市場をロングホール(Long Haul)と呼びます。旅行市場を理解するうえで、距離は昔から注目されてきた大切なポイントの一つです。観光地の選択や、観光地内での行動、滞在期間、旅行頻度、好まれる活動などに影響するからです。
たとえば距離が短ければ、観光地での滞在期間が短く、周遊する範囲が狭くなりますが、長距離になれば、滞在期間は延び、周遊範囲が広がります。また文化遺産などへの興味関心も大きくなるともいわれます。

訪日旅行市場はアジア、欧米豪に分けて説明されることが多いですが、それぞれショートホール、ロングホールとして理解すれば、訪日旅行の行動パターンがみえてきます。アジアからの観光客は直行便が就航する主要都市を中心に、比較的短い日程で頻度高く訪れます。一方、欧米豪市場では、滞在日数が比較的長く、ゴールデンルートを中心に日本各地を広く移動する傾向があります。
ロングホール市場でDMC/ツアーオペレーターのビジネスチャンスが大きくなる理由
こうした市場特性の違いが、DMC/ツアーオペレーターにさまざまなビジネス機会をもたらします。とくにロングホール市場は、DMC/ツアーオペレーターにとって重要です。発地の旅行会社にとって、距離の遠い国・地域は言語や商習慣が異なり、細かい現地の情報を入手することが簡単ではないため、現地(観光目的地側)に拠点を置くDMC/ツアーオペレーターは、信頼できるビジネスパートナーとなるからです。それはインターネットが普及した現在でも変わっていません。旅行ビジネスにおける経験価値を実現するために、サプライヤーとのネットワークや信頼関係、細かい交渉などが伴うからです。
ロングホール市場に対して提供する観光商品・サービスが受け入れられるかどうかは、その質や内容により決まります。長距離を移動する旅行者は、旅行に多くの時間やお金をかけるため、それに見合う観光体験をしたいと思うでしょう。そのため、専門ガイドによる解説やインタープリテーションを伴う、現地ならではの文化体験プログラムが選ばれやすくなります。
一方で、アジアのようなショートホール市場の旅行客にはテーマパークなど、短い滞在中に効率よく楽しめる観光施設や都市型コンテンツが選ばれるケースもあります。
DMCが強みを発揮する領域
DMCビジネスは、海外のインセンティブハウスやミーティングプランナーといった発地側のMICEを専門とするプランナーとの取引を中心として、観光地側でMICEに関わる手配の専門家として発達してきました。たとえば、日本最初のDMC専門会社である株式会社DMC沖縄(本社:沖縄県那覇市)は、テーマパーティーやチームビルディングといった、MICEのプログラムに欠かせないノウハウを提供しています。
一方で、DMCの中にはMICE手配にとどまらず、地域におけるネットワークや専門性を活かして、特別な目的を持った旅行の手配を行い、事業規模拡大を目指す企業もあります。最近JTBが買収して話題となった東南アジアを拠点とするEXO Travelは、ラグジュアリー、アドベンチャーなどMICE以外の分野をウェブサイトで紹介しています。さらにアドベンチャートラベルのように、特定の分野を取り扱う旅行会社がDMCを名乗るケースも多くなっています。Destination Management(観光地マネジメント) という呼称は、観光地におけるすべての手配を任せられることを示すために使用されているといえるでしょう。
多くのDMCに共通するのは、主な取引形態がBtoB(企業間取引)であるという点です。つまり海外のMICE専門プランナーや、ツアーオペレーター(旅行会社)が取引先となり、直接消費者にアプローチすることは一般的には行いません。取引先を飛び越えて競合する立ち位置になってしまうためです。このような流通戦略については、別の回に詳しくご紹介します。
ツアーオペレーターが扱う領域
一方でツアーオペレーターは、自らが旅行内容の企画や値付けを行い、直接消費者に販売することを志向する業態です。多様な消費者ニーズに合わせて、多彩な商品が提供されています。
ここでは、市場特性に合わせた二つのビジネスモデルを紹介しましょう。一つは共通するニーズに合わせて多くの顧客を集客し利益を出すバスツアー型、二つ目は観光地の深い経験を価値として提供するタイプのアクティビティ型ツアーです。
バスツアー
現在、多くの訪日外国人客向けのバスツアーが催行されています。東京や京都の半日観光、富士山・箱根1日ツアーなど、日本に来たら欠かせない観光スポットを巡る定番ツアーは、ロングホール、ショートホール市場ともに、初めての訪日の際に利用されることが多いです。また、相撲観戦や茶道体験のような体験交流プログラムが含まれるバスツアーは、文化体験などを志向するロングホール市場だけでなく、ショートホール市場のリピーターのニーズも満たすでしょう。
訪日市場拡大に伴い、地域を訪れたいインバウンド客向けに、東京や大阪といった主要都市からのバスツアーが数多く生まれてくることは、多様化する顧客ニーズに応えるだけでなく、旅行者の地域分散にもつながると考えられます。
たとえば、海外に目を向けると、人気の観光地パリからのモンサンミッシェル1日観光(約14時間)、ロワール渓谷と古城めぐり(約13時間)のように、個人で公共交通機関を利用していくことが簡単ではないような場所を訪れるバスツアーが数多くあります。主要な都市に滞在する観光客向けに、周辺地域へ旅行者を送り出すツアーは、日本でも今後、地域への誘客を促す一つの手段となるでしょう。

アクティビティ型ツアー
昨今注目されているのは、少人数でガイドや専門家が同行するアクティビティ型のツアーです。たとえば、アドベンチャートラベルは、欧米豪からのロングホール市場を中心に、日本の自然や文化・歴史に興味がある旅行客の好奇心にこたえます。海外には地質学者が火山などの地形を解説するジオツアー、コーヒーを飲みながら星空解説を聞くツアーなど数多くの分野があり、旅行者の興味の数だけツアーが企画できるかもしれません。
少人数型のツアーは、もともとマスツーリズムの拡大により観光地への悪影響が顕在化した1990年代に、持続可能な観光(サステナブルツーリズム)や責任ある観光への関心が高まるなかで環境負荷の低いスタイルとして推奨されました。エコツーリズムはその代表例です。日本でも持続可能な観光への関心が高まりつつありますが、実はすでに約40年近い歴史を持つ市場でもあるのです。欧米市場で日本が新しいデスティネーションとして注目される理由に、そのような社会的な背景があるとすれば、今後も持続可能な観光へのニーズは高まり、それはツアーオペレーターにとってのビジネスチャンスが拡大することを意味します。
市場特性と自社の強みを掛け合わせる
以上、今回は市場特性を理解することで、DMC/ツアーオペレーターが自社の強みを生かした商品を企画販売し、事業領域を見極めることの重要性を見てきました。日本の地域にある様々な自然、文化・歴史といった資源を活用して多種多様なツアーの供給が増えることで、日本の各地を訪れる需要が喚起されることでしょう。ぜひDMC/ツアーオペレータービジネスを通じて、オリジナルな価値を提供してみませんか。
本連載について
| 本連載では、DMCやツアーオペレーターの実務について、市場の捉え方からマーケティング、商品造成、海外営業、サステナビリティ対応まで、現場の事例を交えながら体系的に解説していきます。地域で持続可能なインバウンド旅行ビジネスを展開するための実践的なヒントを、全11回、隔月でお届けする予定です。 |
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