インバウンドコラム
連載第2回では、訪日旅行市場を「距離」の観点からショートホールとロングホールに分け、それぞれの市場特性と、自社の強みを生かした事業領域の見極め方について解説しました。今回はDMC/ツアーオペレーターのマーケティング戦略についての基礎を解説します。地域の魅力を旅行商品に仕立て、誰に、どのような価値として届けるのでしょうか。DMCやツアーオペレーターにとって、マーケティング戦略は販売を促すだけでなく、顧客に新たな体験を提供し、地域の価値を高めるための道筋です。さらに、地域を発信するDMO(観光地域づくり法人)や観光協会、全国を手配するナショナルDMCと地域に根差すローカルDMCが協力すれば、一社だけでは届けることが難しい体験も市場へつなげられます。本稿では、BtoBとBtoCそれぞれの特徴を押さえながら、地域との協業を含むマーケティング戦略の基本を考えます。
マーケティング戦略を策定する
DMC/ツアーオペレーターの仕事は、地域の素材を商品に仕立て、告知をして販売することだけではありません。それらの活動を通じて「顧客に対する価値を創造すること」であり、そのために必要なのがマーケティング戦略の策定と実践です。言い換えれば、マーケティングは価値創造の行為であり、地域(デスティネーション)に訪れる価値をもたらすものです。DMC/ツアーオペレーターの存在は、地域をワクワクするような体験で満たし、魅力ある地域の競争力向上につながります。ひいては、地域の生活と観光産業が共存する持続可能な発展を実現することへとつながるのです。
マーケティング戦略の策定は、自社が価値を提供する相手先となる市場や顧客を決めることから始まります。初回来訪者向けか、富裕層を狙うのか、あるいはエコツアーやアドベンチャートラベルのように特定の興味・関心を持った層を対象とするのか、対応する市場セグメントとターゲットを決定します。市場の成長可能性や自社が持つ経営資源、拠点とする地域で活用できる観光資源などを考慮し、「どのような顧客を選び、いかなる価値を提供できるのか」を理解して定義することが極めて重要となります。
DMCとツアーオペレーターのマーケティング戦略の相違点
DMC/ツアーオペレーターが取引する顧客には、企業(BtoB)と消費者(BtoC)の2つのタイプがあります。一般的にDMCの取引先は発地のツアーオペレーターであり、企業間取引(BtoB)の形態をとります。一方、ツアーオペレーターは自らが企画した商品を直接消費者に販売する形態(BtoC)が主流です。自社が講じる戦略によってBtoBとBtoCの取引割合は異なりますが、それぞれのマーケティング戦略上の特徴について解説します。
BtoBマーケティングの特徴
主な顧客は、発地の旅行会社(Tour operators)です。DMC/ツアーオペレーターは、彼らがツアーを企画・販売する業務(業界用語で「造成」といいます)の一部をサポートする立場となります。具体的には、見積もりや、宿泊・交通手段・ガイドなどの手配です。新しい旅行素材(宿泊、飲食、体験など)や行程を提案したり、旅行者のサポートを請け負ったりすることもあります。
BtoBにおいては、見込み顧客(リード)を見つける方法が多様化していること、そして接点を得てから実際に取引が成立するまでのプロセスが長いことが特徴です。旅行見本市での商談やウェブサイトからの問い合わせなどをきっかけに接点が生まれても、見積もりや企画の提出から実際の受注までには数カ月から1年はかかるでしょう。したがって、リードとなる旅行会社といかに良好な関係性を構築していくかが取引継続のカギとなります。これは「リードナーチャリング」と呼ばれ、BtoBマーケティングで非常に重視されています。
関係性構築のためには、取引先である旅行会社の声を聞き、ニーズを正確に把握することが重要です。そのため、海外の展示会や日本にバイヤーを招聘して開催されるトレードショーなど、直接提案ができる場は欠かせません。そして最初に見積もり依頼が来た時点から、ナーチャリングが本格的に始まります。迅速で丁寧な対応はもちろんのこと、海外の相手とのビジネスではコミュニケーションの中心がメールとなるため、正確な英文を使用することも信頼関係を醸成する大切な要素となります。
また、発地市場の動向にアンテナを張っておくことも重要です。日本酒がブームになっている国や、メディアに取り上げられて話題となっている特定の地域など、現地で日本に関して何が流行っているのかを知っていれば、旅行会社から共感を得る機会となり、新しい提案へとつながります。
▲対面でのコミュニケーションを通じた信頼関係の構築(リードナーチャリング)がBtoBマーケティングでは重要となる
BtoCマーケティングの特徴
消費者が直接の取引先となるBtoCマーケティングは、商品特性に応じてセグメントを設定するものの、告知や募集は基本的に不特定多数を対象とします。現在はインターネットを活用したデジタルマーケティングが主流です。認知獲得から始まり、興味・関心を高め、比較・検討を経て購入に結びつけるまでの「AIDMA」や「ファネル」といった考え方が有名ですが、昨今ではさらに多様化しています。
ネットで販売するための具体的なノウハウは、OTA(オンライン旅行会社)の記事なども参考になります。たとえばViator(ビアター)では、商品の魅力を伝えるために写真を6枚以上掲載することを推奨しています。7枚以上の画像を閲覧した旅行者は、予約する確率が約5倍高くなるとされています。また、レビューによって旅行者を安心させることや、間際予約に対応する柔軟性を持たせることなど、より具体的な手法が紹介されています(参照:[より速く予約する方法:成功への三つの鍵])。
ただし、すべての取引がインターネット上で完結するわけではありません。ある調査では、自社サイトおよびOTA経由を含めたオンライン販売は全体の約3割程度にとどまるという結果もあり、出発間際の消費者やホテルのコンシェルジュからの電話予約といったアナログな流通ルートも今なお重要です。そのため、拠点とする地域において旅行者のタッチポイントとなる観光協会やホテルなどへの泥臭い営業活動も欠かせません。
デスティネーションマーケティング
DMC/ツアーオペレーターのマーケティングは、地域全体のマーケティング活動と大きく重なります。地域のマーケティング主体はDMOや観光協会です。そのため、DMC/ツアーオペレーターにとって彼らとの協業は非常に重要となります。
たとえば、海外の展示会では一般的に国や地域ごとにエリアが分かれており、「日本」や都道府県などの広域エリア内に展示ブースを構えることになります。消費者の購買行動を考えると、一般的には「行き先」を決めてから「現地でどのような体験ができるか」を検討します。したがって、地域をマーケティングする役割を担うDMOや観光協会は、自然や歴史文化といった地域資源をアピールするだけでなく、旅行者がそれらをどのように体験できるのかまで伝える必要があります。その際、DMC/ツアーオペレーターが提供する商品・サービスは、地域での具体的な体験を示す重要な情報となるのです。
また、発地の旅行会社が新しい取引先を求めてDMOにアプローチしてきた際、DMOが信頼できるDMC/ツアーオペレーターを紹介するような連携体制を地域内で構築しておくことが取引拡大につながります。こうした連携は、旅行会社にとってもスムーズな取引につながり、DMOにとっても適切な対応を実現できるため、地域の関係者全員にとって「Win-Win」となります。
ナショナルDMCとローカルDMC
訪日旅行商品を造成する海外の旅行会社は、DMCに対して日本全国の旅行手配をワンストップで行うことを求めてくることがあります。旅行会社にとって日本の地域ごとに複数の手配会社を使い分けるのは手間がかかるためですが、一度取引が始まれば「信頼できる1社にまとめて依頼したい」という意向もあります。これはDMCにとってビジネス拡大の大きなチャンスです。
しかし、日本全国の宿泊や体験プログラムを手配することは容易ではありません。宿や飲食店といったサプライヤーとの契約維持や、地域に深く根差した体験コンテンツを網羅的に把握するには、相応の企業規模が必要となります。そのため、特定の地域に特化した地域密着型のDMCも生まれつつあります。最近では、全国対応型のDMCを「ナショナルDMC」、特定地域の企画手配に特化したDMCを「ローカルDMC」と呼び分けることがあります。
ナショナルDMCとローカルDMCにはそれぞれの提供価値があり、両者が連携するケースも多く見られます。ナショナルDMCは、自社でカバーしきれない地方の手配をローカルDMCのネットワークを活用して行います。逆に、ローカルDMCからナショナルDMCへ営業をかけることもあります。一方で、ローカルDMCが独自の強みを伝えるために、海外の旅行会社へ直接アプローチする事例もあります。
たとえば、宮崎県高千穂町に拠点を置く「株式会社訪(おとな)う」は、事業拠点である高千穂に古くから伝わる「夜神楽」の価値に共感してもらうため、海外バイヤーへ直接説明することを重視しています。その価値を正しく理解してもらうことで、価値に見合う正当な対価を得ることが可能となっています。
また、ウェブサイトで自社商品を販売するBtoC取引が、海外旅行会社とのBtoB取引へと発展することもあります。DMC天童温泉(山形県天童市)では、冬に銀山温泉を訪れるツアーはFIT(個人旅行者)が主流でしたが、商品が台湾や香港の旅行会社の目に留まったことをきっかけにグループツアーへも展開され、「天童に宿泊し、銀山温泉を訪れる」という新しい旅行スタイルが定着しました(参照:[やまとごころ.jp コラム])。
▲DMC天童温泉が手がけた、冬の銀山温泉を巡るツアー。地域の魅力を活かした商品企画が海外旅行会社の目に留まり、人気コンテンツとなった
このように、ナショナルDMCとローカルDMCがそれぞれの役割を果たしながら協業していく流通形態は、今後の訪日インバウンド市場の更なる拡大にも大きく貢献することでしょう。
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以上、本稿ではDMC/ツアーオペレーターのマーケティング戦略の基礎について解説しました。マーケティング戦略を明確に策定することで、自社が持つ経営資源を最大限に活かし、適切なターゲットを選択した上で、商品・サービスを通じて顧客と地域双方に高い価値をもたらす活動を目指していきたいものです。次回以降は、「商品企画」および「流通戦略」について詳しく解説します。
本連載について
| 本連載では、DMCやツアーオペレーターの実務について、市場の捉え方からマーケティング、商品造成、海外営業、サステナビリティ対応まで、現場の事例を交えながら体系的に解説していきます。地域で持続可能なインバウンド旅行ビジネスを展開するための実践的なヒントを、全11回、隔月でお届けする予定です。 |
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