インタビュー
地域で当たり前に続いてきた米づくりや食文化を、海外からの旅行者に伝え、地域を訪れるきっかけにつなげていく。そんな取り組みを進めるのが、岡山県真庭市で米づくりを営む「お米文化継承者」の五賀晶子さんだ。
五賀さんは、お米を起点に地域の食文化や生産者をつなぐ「ライスサイクル」の考え方を提唱。真庭市では味噌蔵や酒蔵を自転車で巡る発酵ツアーを提供し、海外では自身のお米を使ったおにぎりづくりのイベントを開催している。訪日客向けツアーの企画や自治体の海外プロモーションにも携わり、お米を入口に地域の魅力を発信している。
今回は、地域の食文化を体験として届ける取り組みや、訪日客が体験に求めるもの、地域と海外をつなぐ工夫について話を聞いた。

米づくりを起点に、ツアー企画や自治体の海外プロモーションも
⸺現在のお仕事、取り組んでいることを教えてください。
実家が200年続く米農家で、岡山市内と岡山県北部・真庭市の蒜山(ひるぜん)で米づくりをしています。農業を軸に、客室乗務員の経験を生かした通訳や訪日客向けツアーの企画・案内、自治体の海外プロモーション、地域事業者の海外進出支援にも携わっています。
こうした活動を通じて、日本のお米だけでなく、お米に関わる食文化や地域の暮らしも国内外に伝えています。自分では「お米文化継承者」と名乗っています。
現在は、真庭市から委託を受け、欧米豪向けの海外プロモーションにも取り組んでいます。海外のインフルエンサーを招いた地域案内や京都でのPRなどを通じて、真庭市の認知度向上と誘客を目指しています。
⸺米づくりを軸に、ツアーや海外プロモーションなど、現在のように活動が広がっていった経緯を教えてください。
実家では岡山市内で大規模に米づくりをしていましたが、近年は暑さで良質なお米をつくるのが難しくなってきました。そこで、夏場の気温が岡山市内より5度ほど涼しい蒜山に田んぼを見つけ、私が中心となって米づくりを始めました。
同じ頃に蒜山で古民家も購入し、家族でリノベーションを進め、将来は農業体験や自分たちのお米を味わってもらう場所にしたいと考えていました。
私は客室乗務員として約5年間働き、海外にも友人が多かったので、もともと海外の人向けの活動に関心がありました。ただ、当時はコロナ禍の影響が残っていたため、最初は日本人向けにお米や雑貨を販売し、2022年頃からインバウンド向けの活動を始めました。
その後、経歴を知った真庭市役所の方から海外プロモーションの相談をいただき、通訳や地域事業者の支援へと仕事が広がりました。最初からインバウンドの仕事を計画していたわけではありません。ひとつ仕事をすると「これもお願いできますか」と次の相談をいただき、徐々に活動の幅が広がりました。
▲五賀さんが米づくりを行う田んぼと、古民家の様子
米から味噌、日本酒へ。「ライスサイクル」で地域の食文化を伝える
⸺日本のお米文化を海外へ伝えるうえで、大切にしていることは何でしょうか。
軸にしているのは、お米そのものだけでなく、米づくりから広がる食文化も伝えることです。日本には、米麹を使った味噌や日本酒など、お米と深く関わる食文化があります。でも、日本人でもそのつながりを意識する機会は少ないと思います。
私は「日本人はもともとお米からできている」と伝えることが、自分の役割だと考えています。そこから、米を起点に地域の食文化や生産者をつなぐ「ライスサイクル」という考え方をつくり、商標も取得しました。
お米をきっかけに、味噌や日本酒などにも目を向けてもらい、それぞれのつくり手から直接話を聞いてもらいます。そうすることで、お米だけでなく、地域の食文化全体の魅力を伝えられると考えています。現在は、その考え方をもとに味噌蔵や酒蔵と連携し、発酵ツアーなどを通じて地域の食文化を発信しています。
⸺発酵ツアーでは、具体的にどのような体験を提供しているのでしょうか。
古くからの町並みが残る真庭市の勝山エリアでは、味噌蔵や酒蔵を自転車で巡り、それぞれのつくり手から製造過程を学ぶ日帰りツアーを提供しています。味噌蔵では麹室や味噌樽を見学し、麹や商品を試食。酒蔵では酒づくりを学び、軟水と硬水の飲み比べも行います。町並みの散策や寺での坐禅、発酵食のランチなども組み合わせ、10時頃から15時頃まで巡ります。
米づくりをしている蒜山も同じ真庭市内ですが、勝山からは距離があります。そのため、蒜山での体験を加える場合は、宿泊を挟んだ1泊2日程度の行程にしています。蒜山では田んぼを見学したり、私の古民家で田植えから収穫までの流れを紹介したりします。
大切にしているのは、ただ見るのではなく「体験して、学ぶ」ことです。
ヨーロッパからの旅行者の中には、すでに麹や発酵の教室に通っていて、実際の製造現場を見たいという人もいます。麹室を見学すると「こうやってできていたんだ」と喜んでくれます。完成品だけでなく、背景や製造過程への関心が高いですね。
旅行者によって関心の入口も異なります。麹や発酵の製造過程を知りたい人もいれば、食生活や健康への関心から、お米や米粉に興味を持つ人もいます。相手の関心に合わせて伝え方を工夫しています。
▲発酵サイクリングツアーで訪れる味噌蔵
⸺ツアーにサイクリングを取り入れたのはなぜですか。
真庭市は公共交通が少なく、移動のたびにタクシーを使うと費用がかかります。勝山周辺は歩くには遠くても、自転車なら10分ほどで移動できる距離なので、サイクリングを取り入れました。
すると、特に北欧などヨーロッパから予約が入るようになりました。自転車文化が根付くオランダからの旅行者には、相性が良かったようです。一方、台湾の旅行者はレンタカーでの見学を選ぶ傾向があります。国や地域による暮らしや旅行スタイルの違いを踏まえ、体験を提案することが大切だと感じています。
「米のつくり方を教えて」。ベルギー人家族から感じた、旅先で学ぶ意欲
⸺実際にツアーへ参加した訪日客で、印象に残っている方はいますか。
勝山の発酵サイクリングツアーに参加した、ベルギーの4人家族です。発酵に関心のあるお母さんが、子どもたちにも学ぶ体験をさせたいと参加してくれました。
ツアーで移動している途中、お父さんから「ここで一回止まって、子どもにこのお米のつくり方を説明してほしい」と言われたんです。
このツアーでは、お米については米農家である私が説明し、味噌蔵や酒蔵でも、それぞれのつくり手から直接話を聞けます。ご家族も、つくり手から直接学べることを喜んでくれました。観光を楽しむだけでなく、旅先でも積極的に学ぼうとする姿勢が印象的でした。

米を洗い、おにぎりを握る。普段の暮らしが観光体験になる
⸺地域を案内していて、日本人には当たり前でも、海外の人が特に面白がるものはありますか。
田舎暮らしそのものですね。例えば、オランダやベルギーの平坦な地域から来た人は、山のある風景だけでも喜んでくれます。
お米も同じです。お寿司などで食べたことはあっても、自分で炊いた経験がない人もいます。だから、お米に触れて洗い、土鍋で炊くだけでも「へえ!」と驚いてくれるんです。
おにぎりづくりイベントも盛り上がります。私たちは当たり前のように三角形に握れますが、初めての人にはなかなか難しいんです。手の使い方を教えても、最後はみんなで形を整えることも多く、そのやり取りで参加者同士が盛り上がります。
⸺地域の方からすると、「それが体験になるの?」と思ってしまいそうですね。
私も最初は、親を含め周囲から「おにぎりづくりなんかで海外の人は喜ぶの?」と言われました。
でも、お米を炊いたり、おにぎりを握ったりすることが初めての人もいます。味噌汁をつくるところを見せるだけでもいいんです。
だから地域の人たちにも、「特別なツアーをつくらなくても、普段の暮らしが観光になる」と伝えています。自分たちには当たり前のことでも、海外からの旅行者にとっては初めての体験かもしれません。
▲五賀さんの案内で、地域ならではの体験を楽しむ訪日客
採石場はなぜここに? 地域の日常を学びある体験にする背景の伝え方
⸺米づくりや食文化に限らず、地域の魅力を海外からの旅行者に伝える際、どのような工夫が必要だと感じていますか。
海外からの旅行者には、「どうやってできたの?」「なぜそうなったの?」と、背景まで深く知りたがる人が多いと感じます。
以前、採石場のある島を通訳として案内した際、「なぜここに採石場ができたの?」と聞かれました。地域の人にとっては「そこで石がよくとれたから」ですが、旅行者は、なぜそこに石があるのかまで知りたかったようです。
そういう経験があるので、案内先の地域の人に「この部分をもう少し分解して説明できますか」「もう少し詳しく説明できるようにしておいてもらえますか」とお願いすることがあります。
一方、海外の人が喜びそうだと考えた「日本らしさ」が、実際の暮らしとずれていることもあります。以前担当したツアーでは、毎朝抹茶体験が組まれていました。でも、日本人も毎朝抹茶を飲むわけではありませんよね。
特別な「日本らしさ」をつくり込むより、普段の暮らしを見てもらい、その背景をきちんと説明することが大切だと思います。
地域と海外の間で「伝え方」を調整する
⸺訪日客の案内だけでなく、地域事業者への支援も行っているそうですね。具体的にどのようなことをされているのでしょうか。
食品事業者の海外販路開拓や、訪日客向けのツアーづくりをお手伝いしています。食品関係では、海外に販路を広げたい事業者からの相談が多いですね。例えば、岡山で唐辛子を栽培し、辛味調味料を製造・販売する事業者の輸出支援では、海外の人との間に入り、商品の魅力を伝えています。JETRO(日本貿易振興機構)とのつながりを生かした支援も行っています。
また、訪日客向けのツアーをつくりたい事業者には、行程の組み方や海外へのPR方法についてアドバイスしています。
▲五賀さんが輸出を支援した、岡山の辛味調味料メーカー。現在はオランダで商品が販売されている
⸺海外展開の支援や訪日客の案内など、地域と海外をつなぐ仕事で大切にしていることは何ですか。
語学力は必要ですが、それ以上に大切なのは、地域の人と海外の人、双方の考え方や事情を理解し、コミュニケーションを調整することです。
例えば、海外展開の支援では、仕事の進め方の違いが課題になることがあります。海外側が一度の会議で結論を求めても、日本側は何度か話し合って決める場合もあります。そんなときは、双方に事情を説明し、納得して進められるようにしています。客室乗務員時代に海外の人たちと働いた経験も役立っています。
訪日客を案内する通訳でも同じです。例えば、地域の人が熱心に語ってくれた内容をすべて訳すと、ツアーの進行に影響が出ることがあります。一方で、短くしすぎると話した人が不安に思うこともあります。要点を伝えながら、地域の人にも納得してもらえるよう、そのあんばいを調整しています。
単に言葉を置き換えるのではなく、双方の間に立って、バランスをうまく取ることが私の役割だと思っています。
お米を入口に、岡山と世界をつなぐ
⸺今後、どのような活動に取り組んでいきたいですか。
お米を通じて、岡山と世界をつなぐ架け橋になりたいです。
そのために、今後も世界各地でのおにぎりづくりイベントを継続していきたいです。直近では、台湾やオランダ、スイスでの開催が決まっています。
おにぎりは、さまざまな食材と組み合わせられるのが魅力です。岡山の具材や海苔、調味料なども一緒に紹介することで、私のお米だけでなく、地域の食材や事業者の魅力も海外へ届けていきたいと考えています。そして、お米に興味を持った人が実際に岡山を訪れ、地域の食や暮らしにも触れてくれたらうれしいですね。
こうした活動を続けたい背景には、米づくりを次の世代につないでいきたいという思いもあります。蒜山で田んぼを借りている集落では、米をつくっているのは私を含めて3人だけです。つくり手が減るなか、海外への発信が、日本の方にも「お米っていいよね」と改めて感じてもらうきっかけになればと考えています。
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