インタビュー
地域に根付く技術や文化の魅力を、どうすれば海外の人に「伝わる形」で届けられるのか。そのヒントを示すのが、大阪・堺の老舗包丁メーカー・實光刃物(じっこうはもの) で研ぎを担うRyotaさんだ。
「Sharpening culture to the world(研ぎ文化を世界へ)」を目標に掲げ、Instagram、TikTok、Facebook、YouTubeを合わせたSNS総フォロワー数は700万人超。言葉に頼らず、音や映像によって「研ぎ」という専門的な技術を直感的に伝え、世界中から支持を集めている。
今回は、日本の技術・文化を海外へ届けるための発信の工夫や、SNSを入り口にリアルな体験へつなげる考え方について話を聞いた。地域ならではの文化や技術を、訪日客に「伝わる形」へ変えるためのヒントを探る。

包丁職人とクリエイター、二つの顔で「研ぎ文化」を世界へ
― 現在のお仕事を教えてください。
現在は、大阪・堺市で創業した老舗包丁メーカーの實光刃物で社員として働きながら、個人でも包丁の研ぎに関するSNSでの発信や活動を行っています。
会社での仕事は、包丁の製造が中心です。包丁づくりは鍛冶と研ぎの分業制になっていて、私は主に「研ぎ」を担当しています。鍛冶職人が形づくった包丁を、大きな砥石で削り、切れ味や形を整える工程です。
このほか、自社や他社の包丁の修理・研ぎ直し、会社のSNS発信、ホームページ制作のサポート、店舗での研ぎイベントなどにも携わっています。包丁の形状や色を考える商品開発にも、取り組んでいます。
個人では、YouTubeやTikTok、Instagramなどで包丁や研ぎの魅力を発信しています。さらに、研ぎを学びたい人が質問や情報交換をできるオンラインコミュニティの運営に加え、国内外で研ぎ直しのイベントや、研ぎを見せるパフォーマンスも行っています。
会社と個人でさまざまな活動をしていますが、すべてに共通する目標は「研ぎ文化を世界に広めること」です。日本でも包丁を研いだ経験のない方は増えていますし、海外ではまだ身近な文化ではありません。もっと多くの方に研ぎを知ってもらい、家庭で気軽に包丁を研ぐ文化を広げたいと思っています。
▲言葉に頼らない映像表現で、世界中の人に研ぎ文化を届けるRyotaさんのSNSアカウント
料理人時代に実感した「包丁の価値」が、今の仕事と発信の原点
― これまでの経歴を教えてください。
もともとは、日本料理の会席部門で料理人として働いていました。自分用の包丁を購入し、研ぎ始めたことが、今の仕事につながりました。
昔から美術や工作など、ものづくりが好きだったこともあり、研ぎそのものに夢中になりました。実際に研いでみると、切れ味によって食材の切りやすさだけでなく、仕込みのしやすさや料理の見た目まで変わります。料理人だったからこそ、包丁が料理の仕上がりを左右する大切な道具だと実感しました。
次第に「料理をつくるより、包丁をつくる仕事がしたい」と思うようになり、包丁職人を目指しました。当時働いていた兵庫県・有馬温泉から最も近い包丁産地が、大阪・堺だったんです。
堺を訪れた際に立ち寄ったのが實光刃物でした。店舗の雰囲気や商品の見せ方にも惹かれ、その日のうちにアポイントなしで「面接していただけませんか」とお願いしました。
料理人として約3年間働いた後、實光刃物へ入社し、現在は9年目です。研ぎに携わっている期間は、料理人時代を含めて約12年になります。
▲實光刃物で研ぎを行うRyotaさん。包丁の切れ味を左右する重要な工程を担う
まずは「見てもらう」ことから。「誰にでも伝わる発信」への転換点
― 発信活動について詳しく教えてください。
発信を始めたのは、實光刃物に入社してすぐの2018年頃です。最初は会社の公式YouTubeアカウントで、包丁の研ぎ方やメンテナンス方法を解説していました。
ただ、内容が専門的になるほど、包丁に詳しい方にしか届かなくなってしまいます。研ぎ文化を広く届けるためには、まず興味のない方にも見てもらえる入り口が必要だと考え、個人のSNSでショート動画を発信するようになりました。
研ぎ方を細かく説明するのではなく、研ぐ前と後の切れ味を見せれば、「研ぐとここまで変わるんだ」と直感的に伝わります。動画では、食材をうまく切れない様子から始まり、包丁を研ぐ工程を挟んで、最後に同じ食材がスパッと切れる様子を見せています。海外の方にも届くよう、言葉をほとんど使わず、切れ味そのものを非言語で見せることを意識しました。
▲言葉を使わず、「研ぐとここまで変わる」を直感的に伝えるビフォーアフター動画
当初は、よく研いだ包丁でトマトや食パンを極限まで薄く切ってサンドイッチを作るといった動画を投稿していました。その後、現在のようなビフォーアフター形式に変えたことで、研ぎによる変化がより分かりやすくなり、多くの方に見ていただけるようになりました。
2026年7月現在、TikTok、YouTube、Instagram、Facebookの各アカウントで、ありがたいことにフォロワー数はそれぞれ100万人を超えています。
最近は、まず映像で興味を持ってもらった方に向けて、ショート動画にも少しずつ研ぎ方の解説を入れています。そうした解説動画は、以前は多くても70万回ほどだった再生数が、ショート動画では400万〜500万回に届くこともあります。さらに深く学びたい方向けには、チャットアプリのDiscordやYouTubeのメンバーシップを使ったコミュニティも運営しています。
参加者は国内外の料理人だけでなく、趣味で研ぎを楽しむ方も多いです。「この研ぎ方で合っていますか」「うまくできなかった部分をどう直せばいいですか」といった相談に答え、参加者同士でも知識を共有しています。
まずは直感的に「面白い」「もっと知りたい」と感じてもらい、解説動画やコミュニティを通じて、背景にある技術や文化まで段階的に伝えることを意識しています。
専門的な技術を「伝わる形」へ 音・映像・リアル体験の使い分け
― SNSを通して日本の包丁の魅力を海外に発信する際、どのような点に気をつけていますか。
一番意識しているのは、できるだけ言葉に頼らず、映像でしっかり伝えることです。研ぎの話は、詳しく説明するほど専門的になります。だからこそ、「解説せずに解説する」ような感覚で、手の動きや包丁の角度が見ただけで伝わるよう、映像の撮り方を工夫しています。
特に大切にしているのが音です。研ぎは本来、手の感覚や音など、五感を使う作業です。砥石の種類や包丁の傾きによって、研ぐ音は変わります。動画では触覚までは伝えられませんが、視覚と聴覚は使えるため、その違いが分かるよう、映画制作で用いられるようなマイクで音を収録することもあります。
切れ味を見せる際も、どの角度なら滑らかさが伝わるか、スロー映像にした方がよいか、切る音をどう拾うかまで考えます。映像だけで足りない部分を、テロップや言葉で補うイメージです。
▲手の動きや研ぐ音まで伝わるよう工夫を重ねる撮影現場
一方で、切れ味が一定以上になると、その違いは映像だけでは伝わりません。砥石や研ぎ方によっては、食材の切れ方だけでなく、味の感じ方まで変わります。例えば、トマトの酸味や甘みの感じ方が変わることもあります。
そうした違いは、長尺動画や対面イベントで伝えています。同じ包丁を異なる段階まで研ぎ、実際に食材を切り比べてもらうことで、映像では伝えにくい感覚まで体験してもらいます。
多くの方に届く分かりやすさを大切にしながら、興味を持った方には技術や文化の奥深さまで届ける。そのバランスを意識しています。
SNSがリアルな体験を生む。来店や「研いでみた」につながる発信
― 発信を始めてから、周囲の反応に変化はありましたか。
SNSでの発信を始めてから、「動画を見て研ぎに挑戦しました」という声をもらう機会が増えました。最近では、日本の中学生や高校生など、若い世代が研ぎを始めてくれているのも嬉しい変化です。
海外の方からも「研いでみた」とコメントをいただくようになりました。動画への反応も、「切れ味がすごい」というものだけでなく、「もっと研ぎ方を教えてほしい」「この場合はどうすればいい?」といった具体的な質問へと広がっています。そうした声をもとに、新しい動画をつくることもあります。
SNSを見て堺にある店舗を訪れてくれる海外からの旅行者もいます。試し切りで日本の包丁を使い、ほとんど力を入れずに切れることに驚く姿を見ると、映像で伝えた興味が実際の体験につながっていると感じます。
さらに、ここ最近は海外での活動にも力を入れています。フランスやイタリア、アメリカなどを訪れ、現地のシェフとコラボ動画を制作したり、研ぎ方をレクチャーしたりしています。そこで出会ったシェフが後日日本を訪れ、實光刃物で包丁を購入してくれたこともありました。その方の紹介をきっかけに、包丁を見に来てくれる方が増えたこともあります。発信や人とのつながりを通じて日本の包丁の魅力が広がっていることを実感しています。
▲海外でも研ぎのレクチャーやワークショップを実施。現地のシェフとの交流も広がっている
商品の価値は、「買った後」の体験まで伝えてこそ深まる
― 店舗での接客や対面イベントの際、日本の包丁の魅力を海外の方にどう伝えているか教えてください。
海外の方は、「日本の包丁はよく切れる」というイメージを持って来店されることが多いです。日本刀の文化と重ねて、日本らしいものを持ち帰りたいという思いから選ばれる方もいます。
また、世界的に知られるシェフが日本の包丁を愛用しているケースも増えていて、それをきっかけに「自分も使ってみたい」と興味を持つ方も多いと感じています。
ただ、私が伝えたいのは切れ味だけではありません。日本の包丁は、一度買えば、研ぎながら何十年も使い続けられる道具です。海外では包丁を使い捨て感覚で買い替える文化も珍しくないので、砥石を使って手入れする文化はまだ十分に知られていません。
そのため、包丁だけでなく、研ぎやメンテナンスまで含めて説明するようにしています。長く手入れしながら使う道具だと理解していただいた上で、大切に使ってもらえたら嬉しいですね。
例えば、鋼の包丁は切れ味に優れていますが、錆びやすい面もあります。使った後は水分を拭き取ること、必要に応じて油を塗ること、錆びても専用の消しゴムで落とせることなどを伝えます。
また、日本の包丁は海外の包丁より刃が薄く、強く叩くのではなく、前後に押したり引いたりすることで切れるようにつくられています。海外で使い慣れた包丁と同じように力を入れると、刃が欠けることもあるため、使い方まで含めて伝えることを大切にしています。
地域の魅力は、SNSとリアル体験を組み合わせて伝える
― これまでの活動を通して、日本の伝統や技術を海外へ伝える際に大切だと感じたことを教えてください。また、若いクリエイターと自治体や地域事業者が連携する際、どのようなことが重要だと思いますか。
日本の伝統や技術を紹介する際、歴史や背景を詳しく説明するだけでは、教科書のようになり、興味のない方には届きにくいと思います。
まずは、何を伝えたいのかという軸を決めることが大切です。その上で、そのストーリーが自然と伝わるような、見た瞬間に興味を持ってもらえる映像や、体験を考えるとよいのではないでしょうか。
私の場合は、「研ぎ文化を広めたい」という軸があります。ショート動画では、冒頭の1秒で「すごい」と思ってもらえる映像を見せながら、最後には研ぐことの大切さが伝わる構成を意識しています。そこを入り口に、堺の伝統産業や日本のものづくりにも興味を持ってもらえたらと思っています。
また、SNSでの発信を、地域ならではのリアルな体験につなげることも重要です。例えば、包丁の試し切りや研ぎ体験では、言葉が十分に通じなくても、技術の違いや面白さを実感してもらえます。SNSで関心を持ってもらい、現地での体験を通じて理解を深めてもらう。この組み合わせは、インバウンド向けの発信とも相性がよいと思います。
若いクリエイターと連携する場合は、最初から完成形を決めすぎず、「一緒に何ができるか」を考えながら、まず取り組んでみることも大切です。
私自身、料理人だけでなく、農家や漁業関係者、日本刀の材料となる「たたら製鉄」に関わる方など、異分野の人たちと一緒に発信してきました。接点が少ない分野でも、実際に組み合わせることで、想像以上に面白い企画になることがあります。
地域の技術や食、風景と、クリエイターの表現力を掛け合わせることで、その土地ならではの新しい伝え方が生まれると思っています。
▲発信活動に加え、リアルな場でも研ぎの技術や魅力を伝えるRyotaさん
研ぎを「文化」として世界へ。「研ぐ時間」の魅力まで届ける
― 今後の展望を教えてください。
一番大きな目標は、「研ぎ文化を世界に広めること」です。これは明確なゴールがあるものではなく、一生をかけて取り組むテーマだと思っています。
そのための一つの目標として、「世界一の研ぎ師になる」ことも掲げています。自分の技術や発信を多くの方に知ってもらえれば、研ぎそのものへの関心も広がり、自治体や地域事業者とも新しい取り組みができるかもしれません。
同時に、「研ぎ師」という仕事の存在も広めたいです。包丁の製造工程で刃をつける職人はいますが、完成した包丁を長く使い続けるため、メンテナンスとして研ぎを専門にする仕事は、まだ十分に確立されていません。研ぎの文化とともに、それを支える仕事の価値も伝えていきたいです。
さらに、研ぐことそのものの楽しさにも注目しています。研ぎには包丁を手入れする実用的な役割がありますが、作業に集中する時間は、自分にとって禅にも通じる感覚があります。気づけば3〜4時間経っていることもあるほどです。
海外では今、日本の禅やマインドフルネスへの関心も高まっています。今後は、研ぎをメンテナンスだけでなく、趣味やエンターテインメント、自分と向き合う時間としても届けたいと思っています。そうした多様な入り口をつくりながら、世界の人に研ぎをより身近に感じてもらいたいです。
▲研ぎをメンテナンスではなく、一つの文化として世界へ届けることを目指している
▼関連記事はこちら
地域の魅力を届ける人材をどう増やす? “やってみたい人”を観光現場につなぐ仕組み
最新のインタビュー
-

自治体から法人化では全国初、行政直営から自走する組織へ、静岡県が挑む全国初のスポーツコミッション法人化 (2026.08.19)
-

瀬戸内国際芸術祭はなぜ20年近く続くのか? 集客数を追わず、地域とともに育てる運営の裏側 (2026.06.25)
-

地域との関係性を旅の価値に、山形発DMCが挑む高付加価値インバウンド (2026.06.17)
-

観光人材不足の前にある「入口」の課題 多言語人材をどう現場につなぐか (2026.06.08)
-

訪日客のレビューを生む仕掛け、3カ月でわずか3-4組から伸ばした三味線体験の現場の工夫 (2026.04.08)
-

「安い・浅い・狭い」奈良インバウンド、 観光データから課題を可視化し、打ち手を考える行政担当者の挑戦 (2026.03.18)
-

訪日客が「また会いたくなる」ツアーガイド、満足度を高める“距離感”のつくり方 (2026.03.05)
-

「みちのく潮風トレイル」のオーストラリア出身ガイドが実践する、地域と旅行者の双方に価値ある観光 (2026.02.09)
-

広島発アドベンチャートラベルはどう磨かれたか? 平和と地域の物語を海外市場に届ける商品造成の裏側 (2025.12.24)
-

なぜ訪日客の心に届くのか? 9万人に届いたインスタアカウント「MAP JAPAN」の発信メソッドとは? (2025.12.03)
-

京都で磨いた”人力車”の技と心、地元・出雲で観光を仕事に変える 車夫の挑戦 (2025.11.20)
-

俳優兼ツアーガイドとして活躍、「演じる力」で届ける、忘れられない旅の時間 (2025.11.06)




