インタビュー
2019年のラグビーワールドカップ、東京2020オリンピックと、大規模な国際スポーツ大会の会場となった静岡県。大会後もスポーツによる交流を地域に残すため、県内への大会・合宿誘致を進めてきました。
スポーツ大会や合宿の誘致を通じて交流人口を増やし、宿泊や飲食など地域経済へ波及効果をもたらすスポーツツーリズムは、観光だけでは人を呼び込みにくい地域にも新たな交流を生み出せる取り組みとして注目されています。一方、誘致には競技団体や旅行会社との関係構築や地域との調整を継続的に積み重ねる必要がありますが、行政組織では人事異動や意思決定のスピードが課題となっていました。
そこで静岡県は2026年4月、都道府県主導のスポーツコミッションとして全国で初めて、一般社団法人「スポーツコミッションShizuoka」を設立しました。法人化によって何を変え、どのように自主財源を確保しながら、自走する組織をつくろうとしているのか。立ち上げに携わった静岡県スポーツ・文化観光部スポーツ振興課の相原崇男氏に聞きました。

20年にわたる人と人をつなぐ仕事で培った経験を、スポーツツーリズムへ
― まず、静岡県庁へ入庁された経緯と、これまでのキャリアについて教えてください。
静岡県庁に入った一番の理由は、地元に貢献したかったからです。入庁して約20年になりますが、振り返ると、その半分ほどは観光など交流人口の拡大に関わる仕事をしてきました。
地域の方や民間事業者と「地域としてどうしたいのか」を一緒に考えながら事業を形にしていく仕事が多かったです。人と人を結びつける仕事が、結果的に自分に向いていたのだと思います。
現在は、静岡県職員の身分のまま、2026年4月に設立された一般社団法人スポーツコミッションShizuokaに派遣され、法人の職員として大会や合宿の誘致を中心としたスポーツツーリズムを担当しています。
― 相原さんご自身もスポーツをされるのでしょうか。
実は、プライベートでは全くスポーツをしません。観戦もほとんどしないです。スポーツの部署には競技経験者やスポーツが好きな人が多いのですが、そういう「好き」や「得意」ばかりの組織だと、施策の方向が偏ってしまうこともあります。だからこそ一歩引いた客観的な視点を持つ人も必要だと思っています。
メガスポーツイベントの熱気を、一過性で終わらせない
― 静岡県が大会や合宿の誘致に力を入れ始めた背景を教えてください。
大きなきっかけは、2019年のラグビーワールドカップと東京2020オリンピックです。
大規模な国際大会が続けて開催されてからは、県内はスポーツで盛り上がり、静岡県としてもスポーツに対する投資意欲が高まってきました。ただ、こうした大会は終わってしまえば、最大瞬間風速で過ぎていきます。そして静岡県が主体となって毎年開催できるものでもありません。そこで、大規模大会によって静岡県ができたことを一過性のものにせず、今後何につなげていくのかを考えました。
静岡県は東京と大阪の中間にあり、その立地条件から選ばれることがよくあります。全国規模の大会を開催する際、関東と関西の双方から集まりやすい立地であることが大きな強みです。こうした立地も生かし、大会や合宿を継続的に誘致し、静岡に滞在する人を増やすスポーツコミッションの取り組みが本格的に始まりました。
▲スポーツコミッションで会場調整をしたサッカーの全国大会「ONE FUTURE CUP 2025」の様子
― 大会や合宿の受け入れは、地域にどのような効果をもたらすのでしょうか。
スポーツを目的に静岡を訪れる人の数は、観光客全体から見れば一部です。また、一般的な観光旅行と比べると、1日当たりの消費単価もそれほど高くありません。
一方、合宿の場合は3日間から1週間ほど滞在することがあります。滞在が長くなれば、宿泊や飲食など、地域で継続的に消費が生まれます。
静岡県内のすべての地域が著名な観光地というわけではありません。観光だけでは人を呼び込みにくい地域でも、スポーツ合宿を受け入れることが、交流人口や地域消費を生み出す一つの方法になると考えています。
「会場が見つからない」を県内35市町のネットワークで解決
― スポーツコミッションでは、具体的にどのような事業を行っているのでしょうか。
静岡県で大会や合宿を開きたいという相談を一元的に受け、条件に合う会場を探し、見つけて紹介することが事業の大きな一つです。
公共のスポーツ施設は、地元住民や地域の団体による利用が優先されるため、県外の大会主催者や旅行会社が空いている施設を探すのは簡単ではありません。また、ホテルのように空室を検索して、その場で予約できるものでもありません。
そこで、静岡県が大会主催者や旅行会社からの相談窓口となり、競技、日程、規模などの条件を県内35市町へ共有します。各市町から対応可能な施設について返答を受け、その中から条件に合う会場を主催者へ紹介しています。
▲スポーツコミッションShizuokaの事務所で作業する相原さん
市町の枠を越えて会場を探せることが、県が窓口を担うメリットです。現在、県内35市町の200を超えるスポーツ施設から候補を探せる体制を整えており、主催者の要望に応じて、会場周辺の宿泊施設を紹介することもあります。
宿泊や飲食につながるスポーツ大会を誘致の軸に
― どのような大会や参加者を主なターゲットにしているのでしょうか。
大学生のオープン大会や、子ども、シニアなどが参加する大会を重視しています。
競技性の高い選手権大会では、参加者は試合を終えると、そのまま帰ることが多く、観光や地域消費には結びつきにくい傾向があります。
一方、交流やレクリエーションの要素がある大会では、空き時間に観光したり、お土産を買ったりする可能性があります。子どもの大会であれば保護者も一緒、シニア大会であれば、競技以外にも時間を使ってもらいやすいと考えています。
また、スポーツ施設は土日に予約が集中します。比較的平日にも大会を開催しやすい大学生も、重要なターゲットです。
私たちが目指しているのは、数年に一度の大規模な大会ではなく、中小規模でも毎年静岡に来てもらえる大会を増やすことです。
海外チームの事前合宿受け入れで、地域との接点に
― 海外チームの受け入れ状況について教えてください。
合宿については、国内案件が多く、インバウンド案件は全体の1割ほどです。日本国内のエージェントを通じた相談が中心です。ただ、日本で世界規模の大会が開催される時期には、海外代表チームから事前合宿の相談があります。
たとえば、福岡で世界水泳が開催された際には、アメリカのアーティスティックスイミング代表チームや、スイスの水泳チームを静岡県内で受け入れました。富士山静岡空港があることから、福岡まで飛行機で1時間半で移動できることや、大会前の練習に対応できるプールがあることなどが選ばれた理由です。
▲アメリカの水泳チームの合宿歓迎会の様子
また、スイスの水泳チームについては、東京2020オリンピック大会のホストタウンとして受け入れた富士市との関係が、その後の世界水泳の事前合宿にもつながりました。国際大会をきっかけに市町と海外チームの間に生まれた関係が、継続的な受け入れへ発展しました。
関係が続かない、迅速に動けない。行政直営の限界
― 大会や合宿の誘致を進める中で、法人化を決めた背景や経緯を教えてください。
大会の誘致は、規模が小さくても決定までに時間がかかります。競技団体や旅行会社との関係をつくり、複数の自治体と調整しながら、数年かけて実現することもあります。
一方、行政職員には通常2~3年で人事異動があります。競技団体やエージェントと築いてきた関係が、担当者の異動によって一度途切れてしまう。この状態では、長期的な誘致活動を続けることが難しくなります。
法人化すれば、専従職員を採用し、専門人材として長く働いてもらうことができます。担当者が替わるたびに関係を一からつくり直すのではなく、組織として継続的に相手と向き合える体制をつくりたいと考えました。
もう一つの課題は、意思決定のスピードです。行政組織では、何かを決めるまでに複数の手続きが必要です。しかし、大会の誘致では他地域との競争もあり、対応が遅れれば機会を逃してしまいます。
法人化の目的は、こうした行政直営ならではの課題を解決しながら、関係の継続性と対応の迅速性を両立させることにあります。私たちが把握している限り、行政主導で立ち上げた都道府県単位のスポーツコミッションを一般社団法人化したのは、静岡県が初めてです。
― 法人化によるデメリットや課題は何でしょうか。
一番大きいのは、財源の問題です。行政組織の中にいれば、職員の人件費を組織として稼ぐ必要はありません。しかし法人になれば、事業を続けるための収入を自分たちで確保しなければなりません。
スポーツコミッションには、収益を上げられる業務がそれほど多くありません。旅行業登録をして手数料収入を得たとしても、それだけで大きな収益を生み出すのは難しいことです。法人化を考える自治体があっても、その後の財源を確保できるのかという課題から、議論が進まないケースが多いのだと思います。
会費を自主財源に、会員制度で支える新たな運営モデル
― 法人の運営資金は、どのように確保しているのでしょうか。
設立直後の現在は、県から補助金や委託を受けています。ただし、補助金や委託料は使途が決まっており、制度上、県から派遣されている職員について法人が負担する一部の手当には充てられません。
そのため、少なくとも人件費に充てられる収入は、自分たちで確保する必要があります。そこで自主財源の柱として導入したのが、企業や団体を対象とした会員制度です。
年会費は、ゴールドパートナーが100万円、シルバーパートナーが50万円、ブロンズパートナーが10万円の3段階です。会費は、用途を限定されずに使える法人の財源となります。
― 会員には、どのようなメリットを提供するのでしょうか。
ただ会費をいただくだけでは、会員制度は続きません。そこで、ゴールド、シルバー、ブロンズの区分ごとに会員特典を用意しています。
ブロンズパートナーには新規事業テーマの探索や検討材料にしていただくため、スポーツビジネスの最新動向・事例情報を発信し、シルバーパートナーにはこれに加えて、スポーツビジネス人材の育成、コミッションによるPR支援などを提供します。ゴールドパートナーは、大会会場でのブース出展や自社製品のPRに加え、大会をモニタリングや実証実験の場として活用することもできます。また、希望に応じて、他企業とのマッチングも支援します。
例えば、大学生の大会で企業がブースを出し、採用活動につなげることができます。自社の商品を参加者へ試してもらい、サンプリングや実証実験の場として使うこともできます。
企業にとっては、学生やほかの事業者との接点が生まれます。大会主催者にとっては、協力企業が増えることで大会の内容を充実させられます。参加者にとっても、新しい商品やサービスに触れる機会になります。
これまでは、大会を開きたい主催者と施設をつなぐところで業務が終わっていました。法人化後は、そこに会員企業も加え、大会を通じて新しいビジネスが生まれるところまでつないでいきたいと考えています。
なお、基本となる施設の紹介や調査は、会員以外も利用できます。その上で、大会を活用したマーケティング機会の提供など、追加の支援を会員向けに提供する仕組みです。
法人化で得たスピードと、想定以上の事務作業
― 法人化してから、実際に感じている変化はありますか。
行政にいた時と比べると、断然動きやすくなりました。
来客へ少額の手土産を用意する場合も、行政では購入までにさまざまな手続きが必要でした。法人であれば、必要なものをその場で判断して手配できます。移動についても、カーシェアなどを使って柔軟に動けます。
小さなことに見えるかもしれませんが、相手を待たせずに対応できることは、誘致活動では大きな違いになります。
一方、法人化によって新しく発生した仕事もあります。現在3人で事業を回していますが、スポーツコミッションの業務をやりながら、これまで行政職員として経験してこなかったバックオフィス業務も自分たちで行っています。
▲2026年4月に開設した「スポーツコミッションShizuoka」の事務所
会員の獲得は当初の計画に沿って進んでいますが、こうした事務作業には想定以上に時間がかかっています。事業だけでなく、法人そのものを運営する仕事を同時に進めなければならないことは、実際に始めてみて分かった大変さです。
自走する組織を目指し、地域に新たな価値を生み出す
― 今後、どのような大会を増やしていきたいと考えていますか。
大学生のオープン大会などを、毎年決まった時期に静岡で開催し、定例化していきたいと考えています。
大会開催にあたっては毎年同じ会場を確保することが難しく、開催地が変わることも少なくありません。主催者や旅行会社に会員となってもらい、私たちが継続的に会場を調整する代わりに毎年静岡で開催するような仕組みができれば、大会そのもののブランド価値も高められます。
参加する学生にとっては「毎年静岡で開かれる定番の大会」になります。会員企業にとっては、採用や商品PRの場として継続的に活用できます。主催者、参加者、企業、地域のそれぞれにメリットが生まれる大会を増やしていきたいです。
▲スポーツコミッションShizuokaが誘致、会場調整をした「オールデンタル全日本歯科学生総合体育大会」のバスケットボールの試合
また、現在は無償で行っている大会・合宿の調整業務も、将来的には有償化していく必要があります。そのため、旅行業登録も目指しています。
旅行会社など民間企業からの参画も進めながら、人材と体制を整えていきたいと考えています。
― インバウンドについては、今後どのような展開を考えていますか。
現時点では、インバウンドに限定した具体的な事業が固まっているわけではありません。ただ、法人の代表理事は海外とのつながりがあり、そこから生まれた相談を新しい交流につなげようとしています。
現在は、スペインのサッカーチームを静岡へ招き、地元の子どもたちとの交流大会を開く構想があります。
私たち自身が海外へ営業をかけられるだけの人員や体制は、まだありません。だからこそ、国際大会や既存のネットワークから生まれた一つ一つのきっかけを大切にし、そこから次の関係へ広げていきたいと考えています。
法人化を機に、行政の枠組みの中ではできなかったことに、チャレンジしていきたいと思っています。
今後は、主催者と施設をつなぐだけでなく、会員企業も巻き込み、大会を採用活動や商品開発、実証実験の場として活用できる仕組みをつくりたいと考えています。行政直営では難しかった事業にも挑戦し、地域に継続的な利益が残るスポーツツーリズムを目指します。
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