インバウンド特集レポート

価格は何のためにあるのか? いま観光地が向き合いたい「価格」の役割

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宿泊料金の上昇やダイナミックプライシング、外国人料金、宿泊税など、観光分野では価格や料金制度を見直す動きが広がっている。その背景にあるのは、物価や人件費の上昇に加え、訪日需要の拡大、人材やサービス水準の維持、観光資源の保全、地域住民の暮らしとの両立など観光地が抱えるさまざまな課題である。こうした課題が、価格のあり方そのものを問い直している。

一方で、一律に価格を引き上げればよいわけではない。では、地域や事業者は何を基準に価格を考えればよいのか。本稿では、観光価格をめぐる変化の背景と日本の現在地を整理した上で、「いくらにするか」より先に考えるべきことを探る。

 

第1章 なぜ今、観光価格が見直されているのか

観光分野で進む価格の見直し、宿泊料はコロナ禍前から3割超上昇

宿泊、交通、体験、観光施設など、観光のさまざまな分野で価格や料金体系を見直す動きが広がっている。なかでも、その変化が目に見えやすいのが宿泊料金である。 総務省「消費者物価指数」によると、2026年5月の宿泊料は2019年同月と比べて約3割高い水準で推移している。コロナ禍を経て回復した宿泊需要に加え、食材やリネンサプライ、光熱費、人件費などの上昇を料金に反映する動きが続いている。

宿泊施設以外でも、航空運賃の変動や、体験アクティビティにおける高付加価値プランの投入、テーマパークや観光施設における入場料の改定、繁閑や需要に応じて料金を変えるダイナミックプライシングなど、価格設定を見直す事例がみられる。外国人旅行者と国内客などで異なる料金を設定する外国人料金や、宿泊税・入域料を観光地の維持管理に充てる議論も進んでいる。

物価3.2%上昇、最低賃金は過去最大の引き上げ

価格を見直す直接的な要因の一つが、事業コストの上昇である。

2025年の全国消費者物価指数は、総合指数が前年比3.2%上昇した。生鮮食品を除く総合指数も3.1%上昇しており、食料やエネルギーをはじめとする幅広い価格上昇が事業運営に影響している。

人件費も増えている。2025年度の地域別最低賃金は全国加重平均で1121円となり、前年度の1055円から66円上昇した。引き上げ額は、現在の目安制度が始まった1978年度以降で最大である。

宿泊・飲食サービスなどの観光産業は、接客や清掃、調理といった業務を人が担う労働集約型の産業である。人手不足のなかで従業員を確保し、サービス水準を維持するには、賃金の引き上げも欠かせない。食材費や光熱費と併せて固定的な支出が増えるなか、従来の料金を維持することが難しい事業者も増えている。

訪日客4268万人、拡大する需要への対応も課題に

旅行需要も大きく変化している。日本政府観光局によると、2025年の訪日外客数は4268万3600人で、前年から15.8%増加した。過去最多だった2024年を580万人以上上回り、初めて年間4200万人を超えた。訪日需要の拡大は収益機会となる一方、一部の観光地では混雑や交通への負荷、地域住民の生活への影響、観光資源の維持管理といった課題も生じる。需要を受け入れる人材や設備が不足すれば、旅行者数が増えても、十分なサービスを提供できるとは限らない。

2026年3月に閣議決定された観光立国推進基本計画も、「観光の持続的な発展」「消費額拡大」「地方誘客促進」などを施策の方向性に掲げた。旅行者数の増加だけでなく、住民生活との両立や観光産業の強化も政策課題となっている。

物価、人件費、旅行需要をめぐる環境変化は、従来の価格を前提に事業や観光地を運営することが難しくなっていることを示している。では、日本の観光価格は世界と比べてどのような水準にあるのか。次章では、物価や生活コスト、宿泊・観光施設の料金を海外と比較し、日本の現在地を整理する。

 

第2章 世界との比較で見える日本の観光価格

日本の物価水準は米国の約6割、G7で最も低い水準

日本の観光価格を考える上では、国内での値上がりだけでなく、世界の中で日本がどのような価格水準にあるのかを把握する必要がある。

各国の物価水準を国際比較するための指標であるOECDの2025年物価水準指数では、米国を100とした場合、日本は63.3ポイントとなり、OECD加盟38か国中19位、G7では最も低い水準だった。オーストラリアやカナダも80ポイント台後半、欧州主要国も70~90ポイント台に位置しており、日本の物価水準の低さが際立つ。円安も重なり、海外旅行者から見ると、日本は価格面で魅力のある旅行先となっている。では、旅行者が実際に支払う観光関連の価格はどうだろうか。

ビッグマック指数は30カ国中23位、米国の約半額

日本の物価水準の低さは、旅行者が日常的に利用する外食にも表れている。ラーメンや定食、牛丼などを手頃な価格で楽しめることは、日本旅行の魅力の一つとして語られることも多い。

各国の価格差を身近な商品で示す参考指標が、英誌『The Economist』が考案したビッグマック指数である。2025年時点では、日本のビッグマックは30カ国中23位(480円)で、世界平均(685円)を下回った。米国は962円、英国は1131円、スイスは1468円と、日本の約2~3倍の価格水準となっている。

ビッグマック指数だけで物価全体は比較できないものの、海外旅行者から見た日本の「食事の割安感」を示す一つの目安になる。

日本の博物館・美術館の入館料も欧米より低水準

主要な博物館・美術館でも、日本の料金設定は低い。東京国立博物館の一般料金は1000円であるのに対し、ルーブル美術館やメトロポリタン美術館など、欧米では約3500~6000円となっている。

テーマパークでも価格差が見られる。東京ディズニーリゾートでも変動価格制を導入しているが、海外の主要ディズニーパークと比べると価格水準はなお低い。

宿泊料金は全体として低いが、一部では世界水準も

宿泊料金は都市や時期、施設のグレードによって異なるものの、一般的なホテルでは海外主要都市との価格差が見られる。メトロエンジンリサーチがOTA上の公開価格を集計した2026年5月のデータでは、2人1室・1室当たりの平均価格は東京が約3万7700円、大阪が約2万7900円、京都が約4万5700円だった。一方、海外主要都市の中価格帯を中心としたホテルでは、ニューヨーク・マンハッタンが約5万~6万円台、ロンドン、パリでは約4万~5万円台である。単純比較はできないものの、東京や大阪の宿泊料金は欧米主要都市より相対的に低い傾向がみられる。

一方、京都のように需要が集中する地域では、海外主要都市に近い価格水準まで上昇している。さらに、大手不動産サービス会社サヴィルズによると、2025年の東京都内のラグジュアリーホテルの平均客室単価はロンドンとニューヨークを上回った。ただし、東京のラグジュアリーホテルは市内のホテル全体の1割未満であり、これは最上位市場に限った動きである。

世界との比較から、日本の観光価格は外食や文化・観光施設を中心に相対的に低い一方、宿泊など一部の分野では、すでに世界水準の価格が成立していることが分かる。
ただし、海外との価格差だけで、引き上げるべき価格を決めることはできない。では、地域や事業者は何を起点に価格を考えるべきなのか。

 

第3章 観光価格は「いくら」ではなく「何を実現するか」で考える

世界との比較だけでは、価格は決められない

ここまで見てきたように、物価や人件費の上昇、訪日需要の拡大や観光政策の変化などを背景に、観光分野でも価格を見直す必要性が高まっている。また、世界との比較では、日本の観光価格は依然として相対的に低い水準にあることも分かった。

しかし、こうした背景や海外との価格差だけで、地域や施設にとって適切な価格が決まるわけではない。観光地には国内外の旅行者が訪れ、地域によって需要や市場環境も異なる。さらに、日本では長年のデフレを背景に「安くて良いもの」を求める価格意識が根強い。加えて、観光産業は人手に依存する業務が多いため、コスト上昇分をそのまま料金へ反映しにくい事情もある。海外との比較は現在地を知る手がかりにはなるものの、それだけで目指すべき価格を導き出すことはできない。

価格を考える出発点となるのは、「いくらなら売れるか」「周辺施設より高いか安いか」ではなく、どのような観光を目指し、誰にどのような体験を届けたいのかという問いである。その実現に必要な人材や設備、地域資源への投資まで見据えて初めて、価格のあり方が見えてくる。

「実現したい観光」を支えるための価格

これまで日本の観光は、「手頃な価格で質の高いサービスを受けられる」ことが魅力の一つとされてきた。一方で、物価や人件費が上昇し、人材確保や施設の更新、観光資源の保全に必要な費用も増えている。

こうした中で重要なのは、ただ値上げするだけでなく、提供するサービスや体験の価値を適切に価格へ反映し、その収益を人材への投資や施設の維持管理、地域資源の保全へつなげていくことである。

例えば、料金を引き上げて従業員の待遇やサービスの質を高める、入域料を自然環境や文化財の保全に充てる、繁忙期の料金を高くして需要を分散させるといった方法が考えられる。同じ価格改定でも、何を実現したいのかによって、その目的や役割は異なる。

海外では、文化施設や国立公園などで、利用料金を資源保全や運営財源に充てる考え方が広く定着している。日本でも宿泊税や入域料、外国人料金などを通じて、観光地の維持管理や受け入れ環境の整備に必要な費用を確保する動きが進んでいる。

観光価格を考えることは、地域の未来を考えること

観光価格に唯一の正解はない。都市と地方では抱える課題が異なり、高級旅館や観光施設、テーマパークなど、地域や業態によって適切な価格は異なる。重要なのは、「周囲はいくらか」だけでなく、自らの地域や施設がどのような価値を提供し、どのような観光を目指すのかという視点から価格を考えることだ。

価格は、観光客数を調整するための手段になると同時に、サービスの質を高め、地域資源を未来へ引き継ぐための投資を支える仕組みにもなり得る。誰に来てもらいたいのか、どのような体験を提供したいのか、地域に何を残したいのか。目指す姿が明確になって初めて、それを実現するための価格も見えてくる。

観光価格を考えることは、「いくらにするか」を決めることではない。地域が目指す観光の姿を描き、その未来を支えるための選択でもある。

次回は、価格戦略を見直した観光施設の事例を通じて、「何のために価格を変えたのか」、そして価格を変えることで地域や施設にどのような変化が生まれたのかを探る。

※ディズニーランド、ルーブル美術館、メトロポリタン美術館の円換算は、1ドル=162円、1ユーロ=185円、1中国元=24円、1香港ドル=20.7円(2026年7月15日時点の参考レート)で算出。その他の円換算額は各出典の掲載値による。

参考資料
総務省統計局「2025年平均 消費者物価指数
厚生労働省「令和7年度最低賃金額答申
日本政府観光局「訪日外客数(2025年12月推計値)
観光庁「
観光立国推進基本計画
ニッセイ基礎研究所「図表でみる世界の物価-物価上昇率の推移・見通しと現在の物価水準
ビッグマック指数

Savills Japan Hospitality Spotlight 

 

 

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