インバウンドコラム

限られた経営資源をどこに投じる? インバウンドのターゲットを決める「投資判断」 【セミナーレポート】

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インバウンド市場が拡大する中、多くの地域が「富裕層」や「欧米市場」への誘客に向けて、一斉に舵を切っている。しかし、それぞれの地域にとって、そうした方向転換は本当に最適な戦略なのだろうか。今回は、株式会社サービスマーケティング代表取締役の清永治慶氏を迎え、各観光地での実践事例をもとに、地域に合う市場の見極め方と、データに基づいた投資対効果(ROI)の重要性についてお話しいただいた。

観光事業者が知っておくべき「投資判断」としてのインバウンド・ターゲティング:費用対効果や限られた経営資源で成果を出す「選択と集中」の視点

なお、本セッションに先駆けて実施された事前アンケートでも、「ターゲット選定の根拠が曖昧になっている」「国が推進する『富裕層の呼び込み』を、自地域でもそのまま狙うべきか悩んでいる」といった切実な声が多く寄せられ、各地が観光マーケティングに抱える課題の大きさがうかがえる。

 

観光地の成長は「資源の配分」にあり:事業再生の現場から観光へ

清永氏は、元来事業再生を専門としてきた。2000年代に多額の負債を抱えていた「群馬ノルン水上スキー場」の再生を手掛け、徹底した経費の見直しとターゲットの再定義により、数年で単年度黒字化を達成した。その後、佐渡観光交流機構(DMO)の専務理事や姫路観光コンベンションビューローのマーケティングディレクターなど、離島から中核都市まで多様な規模の観光地で戦略立案を牽引してきた。

同氏の根底にあるのは「いかに成果を出すか」「限られた資源をどこに投資し、最大の効果を得るか」という経営視点である。

 

地域課題に向き合うための「選択と集中」

清永氏が手掛けてきたプロジェクトの共通点は、客観的なデータを用いて「選択と集中」を行い、確実な成果を導き出してきたことにある。

観光事業者が知っておくべき「投資判断」としてのインバウンド・ターゲティング:費用対効果や限られた経営資源で成果を出す「選択と集中」の視点(セミナー資料より引用)

これまでの慣習や直感に頼らず、蓄積したデータと地域の文脈を用いて周囲を巻き込み、地域における「選択と集中」を実現しているのである。以下の表に示される群馬と新潟における取り組みにおいては、「小規模な投資」「複数のストーリー同士の掛け合わせ」がそれぞれのキーワードとして存在している。
 

地域・事業

群馬県・ノルン水上スキー場

新潟県・佐渡島(佐渡観光交流機構)

課題と保有リソース

(課題)大赤字・予算枯渇
(リソース)首都圏からのアクセス網

(課題)インバウンド認知度不足
(リソース)世界遺産、歴史的文脈

ターゲット選定の根拠

駐車場のナンバーや利用時間の手書き集計データなど

新潟空港のフライトデータと、台湾製糖設立に関わった山本悌二郎などの歴史的ストーリーの掛け合わせ

施策と成果

女性比率を増やすために「シングルマザー層」や雪遊び需要を持つ「台湾人ツアー」に絞り込み、小規模投資から黒字化のサイクルを構築。

佐渡との親和性の高さがうかがえる台湾・香港・フランス市場をターゲットに設定。データと文脈で周囲を巻き込み、プロモーションに集中。

(図:編集部作成)

より精緻なデータ分析からターゲットを導き出したのが、姫路市の事例である。姫路市では、関西圏に滞在するインバウンド客の動向、特に「乗り継ぎ(トランジット)」や周遊ルートのデータにいち早く着目した。

姫路城という強力な観光資源を持ちながらも、観光客誘致に使える予算は限られている。そこで、関西圏の空港を経由する旅行者が、乗り継ぎや広域周遊の過程で姫路に立ち寄るポテンシャルを独自に試算した結果、欧米豪からの旅行者の来訪可能性が高まっていることが分かった。「乗り継ぎと周遊の動線」という客観的な根拠をもとに、欧米豪市場を戦略ターゲットとして設定し、具体的な誘客施策へとリソースを集中させたのである。

観光事業者が知っておくべき「投資判断」としてのインバウンド・ターゲティング:費用対効果や限られた経営資源で成果を出す「選択と集中」の視点(セミナー資料より引用)

 

「誰を狙うべきか」:ターゲット選定の物差しとは

現在の観光業界において、欧米豪をはじめとした「高付加価値旅行者(富裕層)」の誘客が官民の両面で強く推進されている。しかし、清永氏は「富裕層の誘致が必ずしも地域の経済的な正解とは限らない」と指摘する。

確かに、持続可能な地域経済の運営にあたり、一人当たりの消費額が100万円を超えるような海外の富裕層は魅力的なターゲットである。富裕層誘客は客単価増加に加え、地域ブランド向上など広告的効果を持つ可能性がある。一方で、富裕層へのアプローチが全ての地域にとって最もROIが高い施策であるとは限らないと、清永氏は強調する。地域のKGI(成果指標)に照らし、本当に投資すべき市場なのかを検討することが重要である。

加えて、観光地で活動する主体(国、自治体、DMO、事業者)によって目的やKGIが異なるという事実にも目を向ける必要がある。国が「地方分散や消費額の最大化」を追うのに対し、自治体は「税収や雇用」、宿泊事業者は「利益率」を重視する。本当に地域に根ざしたマーケティングとは、国の方針をそのまま受け入れるのではなく、自らの地域が抱える課題とKGIの達成に最も貢献する市場を選ぶことである。

観光事業者が知っておくべき「投資判断」としてのインバウンド・ターゲティング:費用対効果や限られた経営資源で成果を出す「選択と集中」の視点(セミナー資料より引用)

年齢や趣味など、国・地域以外の属性を軸にターゲットを設定する発想についても、清永氏は「有効な切り口ではあるが、それだけで市場を絞り込むのは危険」と釘を刺す。属性に加えて国・地域別の市場規模やポテンシャルを併せて見なければ、極めてニッチな市場に資源を集中させてしまいかねないためだ。

事前アンケートにあった「誰を狙うべきか」という問いへの答えは、まさにこの点にある。「自らの地域のKGIとリソース」を明確にし、それに最も貢献する市場はどこかをデータから逆算して選ぶこと。これがブレない施策設定の第一歩となる。

 

投資判断としてのターゲティング

インバウンド戦略において最も困難なのは、「何をやるか」ではなく、「何をやめるか」を決めることである。ターゲティングとは単に新しい市場を選ぶことではなく、限られた予算や人材をどこに配分し、どの施策への投資をやめるかを決める「投資判断」に他ならない。

既存の施策を切り捨てるには痛みが伴うため、地域は前例の踏襲や総花的な施策に陥りがちである。だからこそ、地域内のステークホルダーを説得し、合意形成を図るための「客観的な根拠(データ)」と「ROIの説明」が必須となる。前述の姫路市のように動線やポテンシャルを可視化することは、地域の経営資源を最適に再分配するための強力な武器となるのだ。

観光事業者が知っておくべき「投資判断」としてのインバウンド・ターゲティング:費用対効果や限られた経営資源で成果を出す「選択と集中」の視点
(セミナー資料より引用)

小さな投資で仮説を検証し、そこで得たデータを次の投資判断に生かす。この地道な蓄積型のPDCAこそが、地域が生き残るための鍵となる。

 

データとROIを地域の「共通言語」に

インバウンド向けの戦略立案において、「誰に来てほしいか」という理想論が往々にして先行しがちである。しかし、今回のセッションで強調されたのは、「地域の目的に対して、誰を狙えば最もROIが高いか」という徹底したリアリズムである。「選択と集中」という言葉の裏には、「これまでの施策予算を削る」という泥臭い痛みが存在し、実務においてそれを避けることはできない。

地域にとって最も難しいのは、新しい市場を選ぶことではなく、限られた経営資源をどこへ集中し、どこへの投資をやめるかを決めることである。ターゲティングとは、その意思決定をデータとROIで説明し、地域の合意形成につなげるプロセスなのである。こうした客観的な根拠は、立場の異なる関係者が投資判断について話し合うための「共通言語」にもなる。

「市場」を選ぶ前に「目的」を明確にできているか。その上で、地域のリソースを最大限に活用できる根拠のある投資ができているだろうか。本セッションが、それぞれの地域における観光戦略を改めて考える機会となれば幸いである。

観光事業者が知っておくべき「投資判断」としてのインバウンド・ターゲティング:費用対効果や限られた経営資源で成果を出す「選択と集中」の視点
 

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