インバウンドコラム

AIは、観光地経営をどう変えるのか? 熱海をはじめ5地域の実践から見えた、業務・人材・組織の変化【セミナーレポート】

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生成AIの急速な普及により、観光業界においてもAI活用は避けて通れないテーマとなった。一方で観光地経営を実際に担う現場からは「実務にどう活かせばよいか分からない」という声も多い。

今回は、株式会社リクルート じゃらんリサーチセンター研究員の松本百加里氏を迎え、「AIは観光地経営をどう変えるのか」をテーマに、AI活用の概況、旅行者や観光事業者の変化、そして観光地経営におけるAI活用の実践を、熱海市・熱海観光局の実証事例を中心にご紹介いただいた。

AIは、観光地経営をどう変えるのか?

 

AI活用の成果を分けるのは、個人ではなく「組織」

松本氏は2011年からリクルートの旅行領域で自治体の調査やプロモーション設計に携わり、2018年より研究員としてインバウンドや観光DX、生成AIの研究を進めてきた。2022年からは観光庁専門家派遣事業の専門家も務め、地域の現場での実証を重ねている。

セミナー開催にあたり、参加者130人を対象に事前アンケートを行った。それによると、業務でAIを毎日使う人が約6割、週数回の利用を含めると8割を超えた。

AIは、観光地経営をどう変えるのか?(セミナー資料より引用)(セミナー資料より引用)

一方、Microsoftが2026年5月に公表した「Work Trend Index Annual Report」(AI利用者2万人調査)によると、AI活用の成果を決める要因の67%は、組織文化や人材育成、マネージャーの支援といった組織側にあり、個人要因(32%)を大きく上回る。個人と組織の活用がともに進む組織はまだ19%にとどまり、組織としてどのように戦略を持ってAIを使うかが成果の分かれ目になりつつある。

 

「点」のAI活用から、業務全体をつなぐ「業務フロー型AI」へ

AIは「認識」「生成」の段階を経て、目的に応じて複数の作業を自律的につなげる「AIエージェント」の第3世代に入った。これに伴い、チャットで都度質問したり、要約や翻訳を単発で依頼する「点」の活用から、分析・要約・共有・改善までを一連で行う「業務フロー型AI」への移行が進んでいる。例えば、旅行者の問い合わせログをAIが分類・要約し、今月の傾向をまとめた共有文を作成して事業者の施策につなげる、といった流れだ。

PC内のフォルダや資料を直接参照する「デスクトップ型AI」も広がり始めており、何をAIに見せ、誰が確認するかというルール設計が新たな課題となる。こうした中で、人の役割は「実行」から「目的設定・判断・品質管理」へと移っていく。

AIは、観光地経営をどう変えるのか?(セミナー資料より引用)(セミナー資料より引用)

 

旅行者は「AIに相談しながら決める」時代へ

観光地の現場において、運営する側だけでなくその場を楽しむ旅行者にとっても、AIが欠かせない存在になりつつある。AIは今や、情報収集から旅マエ、旅ナカ、旅アトのシェアまで、旅の全行程に伴走する存在なのだ。松本氏が旅行への関心が強いZ世代にヒアリングしたところ、効率的な旅程の相談や穴場情報の深掘りなど、情報収集・計画段階での活用が特に目立つという。一方、予約は口コミやSNSの評価を自分で確かめてから決める人がなお多く、今後AIの関与が深まる余地が大きい。

観光事業者側でも、需要予測に基づく価格・在庫の調整や接客への活用が始まっている。城崎温泉の旅館・西村屋では、AIを組み込んだ研修アプリ「おもてなし英会話」により、従業員が継続的に英会話を学べるだけでなく、利用データをもとに研修自体を改善するサイクルを生み出している。

 

DMO・行政の仕事は「データを見る」から「情報を届ける」へ

本題である観光地経営の変化について、松本氏は3つのキーワードを挙げた。

1. プッシュ型:人がダッシュボードを見に行くのではなく、AIが変化を検知して必要な人に必要な情報を届ける
2. 業務フロー型:分析から共有・改善までを業務の流れに組み込む
3. 共通言語化:難しいデータを地域の関係者が同じ前提で話せる材料に変える

多くの地域でデータの可視化は進んだが、「忙しい現場ほど見に行けない」「グラフだけでは何をすべきか分からない」という壁が残っていた。AIはこの壁を乗り越える手段になりつつある。

AIは、観光地経営をどう変えるのか?(セミナー資料より引用)(セミナー資料より引用)

 

観光現場の実証——複数のAIが「分析から発信まで」の循環を回す

松本氏のキーワードを裏付けるように、複数の観光地がAIの活用を多様な方法で推進している。これまで人力で行っていた分析や利害関係者を結ぶ共通言語の作成、臨機応変な対応のアシストなど、各々の現場のニーズに沿う形でAIが現場に浸透しつつある。

松本氏からは、福井・雲仙・関門・箱根・熱海の5地域の事例をご紹介いただいた。

場所 取り組み 効果

福井県

8万件超のアンケートや宿泊・人流データをもとにAIレポートを週次・月次で自動配信し、DMO人材の知見を学習させた「先生AI」を約160事業者が活用

分析作業は約120分から5分に短縮

雲仙市

業種別に最適化したダッシュボードやAIレポートの配信に加え、DMOが6つの事業者に伴走する「観光DXアカデミー」を実施

参加全社で業務工数の削減や売上向上を実現

関門エリア

AIがグラフごとに解説コメントを付けたレポートを作成

多様な事業者間の共通言語を作成

箱根町

事業者が日常的に使うLINEで予約予測データを配信。AIを活用したデータ分析レポートを、テーマごとに作成して共有する仕組みを構築

バス事業者による臨時便の判断など具体的な行動をアシスト

(図:観光地におけるDX推進・AI使用の実態比較。編集部作成)

 

持続可能な循環を目指した、熱海市・熱海観光局の先進実証

本セミナーで最も詳しく紹介されたのが、熱海市役所・熱海観光局の実証だ。特徴は、AI活用が単なる業務効率化ではなく、KGIやKPIにそって効果に繋げる手段として設計されている点にある。

仕組みの核は、認知(メディア掲載状況)、検討(SEO対策状況)、行動(Webサイト閲覧状況)、満足度(口コミ・問い合わせ)という4つの指標ごとに、AIが抽出・分析・要約・提案を行うフローだ。

認知AIは、ターゲット市場の主要メディアで、熱海やベンチマーク地域がどう扱われているかを分析して、注力すべきキーワードを提案し、満足度AIは施設ごとの口コミを整理して情報整備すべきポイントを洗い出す。これらの提案をもとに多言語記事を作成し、インバウンド向けWebサイト「Visit Atami」で発信している。

AIは、観光地経営をどう変えるのか?(セミナー資料より引用)(セミナー資料より引用)

 

業務工数は最大90分の1、生まれた時間は「対話」へ

こうして作成した記事は二次元コードリストとして一覧化され、観光案内所や50以上の宿泊施設で旅ナカの案内に活用されている。その結果、観光案内所の接客工数は約3割削減、一連の業務工数は最大90分の1となり、広告費ゼロで月間のインバウンド検索表示回数は15.3倍に伸びた。

また、熱海市の新たな観光戦略のKGIは「平準化」とし、設定宿泊施設向けの勉強会では、平準化に繋がる時期別のターゲット設計と口コミ分析を組み合わせ、宿ごとにカスタマイズした「AI口コミ診断書」を配布。地域全体の戦略を、各宿が動ける材料にまで落とし込んでいる。

重要なのは、完全自動化はしていないことだ。ハルシネーション(AIによる事実と異なる出力)が起こりやすい飲食店やイベントの情報には必ず人の確認を挟み、ネイティブチェックで見つかった誤訳は修正リスト化してAIに再学習させる。自動化と人の判断を組み合わせた運用である。

AIは、観光地経営をどう変えるのか?(セミナー資料より引用)(セミナー資料より引用)

 

AIはあくまでツール——人にしかできないことに時間を使う

AIツールの組織導入における第一歩について、松本氏は、データ管理を確認できる法人向けプランを選び、既存の業務基盤と相性のよいシンプルなチャット型AIから始めて段階的に広げることを勧めた。人材育成も、AIを使うこと自体を目的化せず、業務で達成したいことにAIを当てはめるアプローチが有効だという。

そのうえで最後に強調したのは、「AIはあくまでツール」だという点だ。AI導入がうまい組織ほど、人がやらなくてよい作業をAIに任せ、省力化で生まれた時間を、地域との対話やおもてなしといった人にしかできないことに使えるようになる。「AIを使うことで平均的になるのではなく、人を掛け合わせることで、その地域ならではの価値をより創出できる」地域の思いやビジョンを軸に据えることこそが、AI時代の観光地の競争力になる。

AI活用の価値は「データを持つこと」ではなく「現場が動ける形に変えること」にある。分析が120分から5分に、業務工数が90分の1になったという数字も、それ自体がゴールではなく、対話と価値創出のための時間を生む手段である。一方で、セキュリティや人によるチェック体制など、組織として整えるべき論点は残る。どの業務をAIに任せ、生まれた時間で何をするのか。まずはその問いを立てることから始めてみてはどうだろうか。

AIは、観光地経営をどう変えるのか?

 

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