インバウンド特集レポート

需要ではなく、価値で価格を決める。あしかがフラワーパークに学ぶ観光施設の価格戦略

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観光業界では近年、ダイナミックプライシングや価格改定など、「価格」を戦略的に活用する動きが広がっている。しかし、価格を決める際に本当に考えるべきは、需要や売上だけなのだろうか。

栃木県足利市の「あしかがフラワーパーク」が長年続けてきたのは、「その日に来園者に届けられる価値」を基準に価格を決める変動価格制である。花の見ごろに合わせて価格を変えるのは、来園者に対して、価値に見合った価格だと納得してもらうためである。

「需要」ではなく「価値」で価格を決める、とはどういうことなのか。同施設を運営する株式会社足利フラワーリゾート代表取締役社長・早川公一郎氏に、その考えと実際の運用方法を聞いた。

 

来園者が求める価値を追求し続ける「あしかがフラワーパーク」

2026年に開園29周年を迎えた日本屈指の庭園施設である「あしかがフラワーパーク」。春に圧倒的なスケールで咲き誇る、樹齢160年の「大藤」をはじめ、長さ80メートルにおよぶ白藤のトンネル、さらに冬季のイルミネーション「光の花の庭」も、幅広い世代から絶大な支持を集めている。

2014年、CNNによって「世界の夢の旅行先10カ所」に日本から唯一選出され、その名声を世界的なものとした。年間来園者数は約130万人。コロナ禍前のピーク時(165万人)にはまだ届いていないが、着実に回復基調にある。

同施設が掲げるのは「通年型の花と光のテーマパーク」というコンセプトだ。年間を8つの季節に区切り、藤のほか、バラ、イルミネーションといった、その時々の主役となる花や演出を配置することで、いつ訪れても季節感を味わえる構成にしている。自然を相手にする施設だからこそ、その季節ならではの魅力を来園者にどう届けるかを考えながら、年間を通じた施設づくりを進めてきた。

藤棚に次いで人気のバラの庭園▲藤棚に次いで人気のバラの庭園

また、温室を持たない同施設にとって冬場は見せられる花がない。かつては来園者ゼロ、売上ゼロという日が珍しくなかった。そこで、花が少ない季節でも、来園者に楽しんでもらうきっかけを作ろうと始めたのがイルミネーションだったという。企画から施工まで、基本的には現場で植物を管理するスタッフ自らが試行錯誤を重ねながら作り上げてきた実績があり、それが施設の独自性や競争力の源泉にもなっているという。
イルミネーションは2026年秋冬で25周年を迎えるが、このシーズンの来園者数は取り組みをはじめた当初の6000~7000人規模から、ピーク時には60万人を超える規模へと成長した。

同施設のイルミネーションは、スタッフの試行錯誤の積み重ねによって今がある▲同施設のイルミネーションは、スタッフの試行錯誤の積み重ねによって今がある

同施設が大切にしているのは、他施設の成功事例を安易に模倣しないという姿勢だ。ここでしか見られないビュースポットや作品をどれだけ増やせるか、クオリティは伴っているかにこだわり続けているという。
2025〜26年冬は制作会社と組んで初めてドローンショーを実施するなど、新たな挑戦にも取り組んでいる。一方で「“季節感と感動を感じられる庭づくり”という先代からの軸は変えていない」と早川氏は語る。
施設の価値は、一度つくれば終わりではない。来園者が何を求め、何に感動するのかを考えながら磨き続けるもの。そうした姿勢が、同施設の運営全体を貫いている。

 

需要ではなく、来園者に届ける価値で価格を決める

開園当初はシーズンに関わらない固定価格だった。しかし、開園間もない頃、あるお客様から投げかけられた一言が、その後の価格設計を大きく変えることになる。
「花の状態が良い日も悪い日も、なぜ同じ価格なのか」

そこで、ゴールデンウィークや夏休みなど「繁忙期だから高くする」という発想とは切り離して考えた。重視したのは、その日に来園者が受け取る価値と、提示する価格が釣り合っているかどうかだった。

観光業界では、需要に応じて価格を変えるダイナミックプライシングが広がっている。一方、同施設が基準にしたのは来場者数ではなく、「来園者に提供できる価値」である。

「仮に、お客様が割高感を感じてしまえば、離れていってしまいます。そのリスクを常に意識してきたからこそ、花の咲き具合による変動価格制にたどり着きました」

花は生き物であるがゆえに「一番良い時期」は限られていると早川氏は強調する。見頃を外れたタイミングで訪れた来園者に対しても、「この状況でこの価格ならしょうがない」「次はもっときれいに見える時期に来よう」という納得感を持ってもらうことが重要だという。顧客をその場で失うのではなく、翌年への期待につなげる。そうした丁寧な向き合い方こそが、花の咲き具合による変動価格制を長く運用してきた意義だと語る。

来園者が「この価格なら納得できる」と感じられること。それが、同施設の価格設計の根底にある考え方と言える。

同施設で最も人気の藤棚、一目見ようと国内外から来場者が訪れる▲同施設でも人気ののある藤棚、一目見ようと国内外から来場者が訪れる

 

「納得できる価格」を支える日々の積み重ね

具体的な価格の決定にあたっては、特定の基準木や指標花があるわけではない。あくまで園全体の充実度を総合的に評価して決めているという。だからこそ、その判断に納得してもらえるだけの根拠づくりが欠かせなかった。
一方で、開園当初はこの根拠の乏しさから、来園者から厳しい指摘を受けることも少なくなかったという。

そこで同社は、藤をはじめとする花木一本ごとの開花状況や成長度合いを日々記録し、データ化する取り組みを積み重ねてきた。前年の花の組み合わせと価格を照らし合わせながら、その年の生育状況に応じてきめ細かく価格を調整する体制を築いているという。そうした地道な積み重ねが、価格への納得感を支えている。

なお、当日の天気は価格決定の要素には含めていない。あくまで花の開花状況によって来園者が感じる見応えを軸に判断している。その日に来園者へ提供できる価値を基準にするという考え方は、一貫している。

さらに、最低価格から最高価格までのレンジはあらかじめ公式サイト上に示されている。来園者は現在の価格がレンジの中でどのあたりに位置するかを把握したうえで来園できる。上限価格については花木の成長やボリューム感、見応えを踏まえて、年ごとに100円単位で見直しを行っている。

実際の価格は、例えばオフシーズンには大人400円台からとなる一方、藤の最盛期には2300円まで上がるなど、時期によって大きな幅がある。

需要ではなく、価値で価格を決める。あしかがフラワーパークに学ぶ観光施設の価格戦略

価格は基本的に当日の朝に決定し、公式サイトで告知する。変化の少ない時期は前日に見込みで提示することもあるが、藤の見頃の時期は午前7時に開園するため、開園直後に訪れる来園者は入り口でその日の価格を初めて知ることになるという。

「この10〜15年は、価格に対するクレームはほとんどありません。開花状況を記録し続けてきたことで、価格の納得性と精度が上がってきた実感があります」

日々の記録と検証を積み重ね、その根拠を磨き続けてきたことが、来園者からの納得や信頼につながっている証拠だ。

▲花のないシーズンに提供できる価値を考えて作られたイルミネーション

と同時に、価格変動が持つシビアさも早川氏は率直に語る。一日に3万人が来園する日であれば、100円の違いだけで売上は数百万円単位で変わる。しかし、目先の利益を優先して価格を上げれば、来園者が割高感を抱いて足が遠のくリスクもある。だからこそ同施設では、短期的な売上ではなく、ファンやリピーターとの長期的な関係を重視して価格を判断してきたという。

価値に応じた価格を掲げること以上に難しいのは、その価格への納得を積み重ねることだ。同施設の価格運用は、日々の判断を通じて来園者との信頼を築いてきた取り組みと言える。

 

「一番高い時期」が選ばれる施設へ

来園者が納得できる価格を提示するとともに、施設の価値を磨き続けたことで、来園者層そのものも広がってきたという。

来園者の65~70%は女性で、かつては50~60代が中心だった年齢層も、近年は20~40代まで大きく広がった。イルミネーションの導入が、花への関心が薄かった若年層やファミリー層の来園につながったことも一因とみられる。
また、リピーター率は藤のハイシーズン、イルミネーションともに60~65%に達しているという。

こうした変化の中で、早川氏が最も大きな手応えとして語るのは、来園者の価格に対する受け止め方そのものが変わってきたことだ。来園者が「安い時」ではなく「高くても見応えのある時」を求めるようになってきたという。

「一番高い時期がいつかを聞かれるようになりました。これは、我々が積み重ねてきた価格の付け方に対して、お客様との信頼関係が築けてきた証だと思います」

来園者の居住地域にも季節による違いが見られる。藤のシーズンは首都圏をはじめ全国・海外からの来園が中心となる一方、イルミネーションなど他の季節は群馬・茨城・埼玉といった近隣エリアからの来園割合が高まる傾向にあるという。何を目的に訪れるかによって、来園者が許容する移動時間や商圏が変わってくるということだ。

同施設で開催されているイルミネーション▲同施設で開催されているイルミネーション

このように、価格を価値と結びつける取り組みは、売上だけでなく、来園者との信頼関係やリピーターの増加とともに、商圏の拡大にもつながってきた。「高いから避けられる価格」ではなく、「一番高い時期」が選ばれる施設へ。その変化こそが、同施設が積み重ねてきた成果と言える。

 

価値と価格、そのバランスをどう考えるか

現場感覚では、最盛期の藤の花の価値は現在の上限価格(2300円)を上回るという。しかし早川氏は、価値があるからといって際限なく価格を上げてよいとは考えていない。

同業他社の価格レンジや、価格に対して特にシビアな主婦層の声など、多角的な視点を踏まえて総合的にレンジを決めている。また、家族連れの場合は、世帯全体の支出として捉える視点も欠かせない。

来園者満足度の調査は毎シーズン実施しているが、「価格が高いか安いか」を直接尋ねることはあえて避けている。その代わり、さまざまな要素を多角的に検証したうえで、施設側として自信を持って提示できる価格レンジを組み立てる方針を取っている。

「本来はもっと価格を上げたい時もあります。ただ、顧客目線を意識しながら、100円上げても大丈夫かどうかを慎重に判断しています」

もっとも、来園者が価格に納得できるかどうかは、花の見応えだけで決まるものではない。施設全体の体験も重要な要素になる。

こうした体験を支えているのが、来園者と直接向き合うスタッフの存在だ。同施設では採用にあたって、人柄や接客への適性を重視しているという。良い人材を確保するだけでなく、育てることも企業の責任だという考え方に基づき、研修を通じて来場者への感謝の気持ちを体現できる接客を目指している。

▲定期的な研修で人材育成にも力を入れる

スタッフの笑顔や対応ひとつで施設全体の印象が大きく変わる。早川氏は、デジタル化が進む時代だからこそ、人が作るサービスそのものが施設の価値高めていくと捉えている。

来園者が「この価格なら納得できる」と感じるためには、価格だけを考えていても実現できない。花の見応えやスタッフの接客など、施設全体の体験価値を磨き続けること。その積み重ねが、価格に見合った価値を支えているのだ。

 

インバウンドが増えても変えない価値基準

こうした“人が作る価値”は、海外からの来園者にも伝わっている。約130万人の年間来園者のうち、約20万人が外国人と、全体の15%程度ということだが、地方の一施設としては多い方だという。国・地域別では台湾が約7割を占め、東アジアを中心に、東南アジアや北米からの来園も伸びている。個人旅行(FIT)が9割を占めており、最寄りのJR両毛線「あしかがフラワーパーク駅」から徒歩3分という好立地が、FIT客の来園を後押ししている面もあるようだ。

また、花や庭園の文化的価値に対する理解については、日本人以上に海外からの来園者のほうが高く評価してくれている印象があるとも早川氏は語る。

一方でプロモーション面には課題も残る。これまでは行政と連携したプロモーションが中心だった。だが、FIT客の来園が主流になりつつある今、旅行前の情報発信をどう強化するか、旅ナカである東京都内でどう認知を広げるかといった戦略の作り込みが今後の課題だという。WebやSNS、現地メディアとの連携など、行政連携に頼らない独自のブランディング手法も模索している段階だ。今後は既存の東アジア・東南アジア市場を強化しつつ、欧米市場の開拓も重要になるとみている。

なお、インバウンドが増える中でしばしば話題になるのが、居住地や国籍などに応じて価格を変える、いわゆる二重価格制だが、現時点で導入は検討していないという。積み上げてきた変動価格制の仕組みが崩れかねないという判断からだ。

「他施設で成功事例が増えてくれば検討の余地はあるかもしれませんが、自分たちが率先して手を打つべきではないと考えています。我々の価値基準は基本的にフラットであるほうがいいと思っています」

 

価格は、来園者へ届ける価値を映し出すもの

「季節感と感動を感じられる庭づくり」これは前社長の代から変わることなく受け継がれてきた同施設の軸である。
同施設の変動価格制も、需要の大小ではなく「その日に来園者へどれだけの価値を届けられるか」という考え方が出発点になっている。花は生き物であり、毎年同じ景色を作ることはできない。だからこそ、価値を磨き続け、その価値に見合った価格を提示する。その積み重ねが、来園者からの納得と信頼を育て「一番高い時期」が選ばれる施設へとつながってきた。
価格は、単に売上を左右する数字ではない。来園者にどのような価値を届けたいのかという施設の姿勢を映し出すものでもある。あしかがフラワーパークの取り組みは、「価格によって何を実現したいのか」という問いから価格を考えることの重要性を示している。

▲季節ごとの様々な花、景色を楽しむことができる

(写真提供:あしかがフラワーパーク)

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