インバウンド特集レポート
本特集では、観光価格を見直す背景(Vol.1)、需要ではなく提供価値を基準にした価格設計(Vol.2)、二重価格を切り口に、観光地を誰がどのように支えるのかという負担のあり方(Vol.3)を紹介してきた。そこから見えてきたのは、「適正価格はいくらか」に唯一の正解はないということだ。地域や施設によって、目指す観光の姿や抱える課題は異なり、それに応じて価格の役割も変わる。ここでは、自らの地域や施設に合った観光価格を考えるために、押さえておきたい5つの問いを整理する。

第1章 価格によって何を実現したいのか
観光価格を考えるとき、私たちは「いくらにするか」という議論から始めがちだ。しかし、本来、その前に考えるべきことがある。地域や施設は、価格によって何を実現したいのか、その目的である。
価格は、売上や収益を増やすためだけのものではない。人材への投資や施設の維持・更新、地域資源の保全、混雑の平準化、高付加価値化など、地域や施設が目指す姿を実現するための手段にもなる。同じ価格改定でも、その目的によって、適切な価格水準や運用方法は変わってくる。
例えば、混雑する時間帯の利用を分散したいのであれば、需要に応じて価格を変えるダイナミックプライシングが有効な場合もある。一方で、文化財の保存や自然環境の保全に必要な財源を確保したいのであれば、宿泊税や入域料など、別の手法が適していることもある。サービスの質を維持・向上するために価格を見直すという考え方も、その1つだ。
重要なのは、「値上げありき」「値下げありき」で議論を始めないことだ。価格は目的ではなく、地域や施設が目指す未来を実現するための手段である。だからこそ、まず「何を実現したいのか」を明確にしたい。それが、観光価格を考える第一歩になる。
問い 1
あなたの地域や施設では、価格によって何を実現したいだろうか。
第2章 何を基準に価格を考えるのか
価格を決める際には、事業にかかるコスト、競合施設や周辺地域の価格、国内外の市場価格、提供する価値などが判断材料になる。Vol.1で見たように、日本の観光価格は世界と比べて相対的に低い水準にあるため、海外の価格水準を参考に価格を見直す考え方もある。しかし、それだけで適正な価格が決まるわけではない。観光では、提供する価値や地域が目指す方向性も、重要な判断基準となる。

例えば、物価や人件費の上昇を受けて価格を見直すことは、持続的な事業運営のために欠かせない。一方で、国内外の市場価格を参考に、自社や地域の価格水準を見直す考え方もある。こうした価格設定は、それぞれ異なる目的に基づいている。
価格は数字だけを見て決めるものではない。コスト、国内外の市場価格、競合との比較、地域の将来像のうち、何を最優先の基準にして価格を設計するのか。その判断軸を整理することで、自社や地域に合った価格設定の方向性が見えてくる。
問い 2
あなたの地域や施設では、何を基準に現在の価格を決めているだろうか。コスト、国内外の市場価格、競合との比較、地域が目指す将来像のうち、何を重視するのか、その理由を説明できるだろうか。
第3章 誰に、どんな価値を届けるのか
何を基準にするかを整理した上で、次に問うべきは「誰に、どのような価値を届けたいのか」という視点である。価格は単なる数字ではなく、提供する体験やサービスに対する「価値の宣言」でもあるからだ。
宿泊施設や観光施設、美術館、テーマパークなど、観光が提供する価値は一様ではない。快適な滞在、質の高いサービス、地域ならではの文化や自然との出会い、特別な体験など、旅行者が期待するものはさまざまである。
ここで重要なのは、すべての旅行者に同じ価値を届けようとしないことである。自らの地域や施設が、主にどのような旅行者を対象とするのか。その旅行者は、価格の安さ、利便性、快適性、希少性、地域ならではの体験など、何を重視しているのかを考える必要がある。
Vol.2で紹介したあしかがフラワーパークでは、花の見頃や園内の景観に応じて入園料を設定している。需要の大きさではなく、その日に来園者へ提供できる価値を基準に価格を決定している一例である。
この場合、旅行者にとって重要なのは、単に「安いか、高いか」ではない。支払った価格に見合う(あるいはそれ以上の)特別な価値や体験が得られると感じられるかどうかだ。価格の背景にある思想や価値が伝われば、利用者の納得感や満足度にも直結する。
だからこそ、価格を検討するときは、「いくらなら売れるか」だけで考えるのではなく、「この価格で、どのような体験を届けたいのか」を問い直すことが重要だ。価格には、地域や施設が旅行者に届けたい価値が反映される。
問い 3
あなたの地域や施設が主に価値を届けたいのは、どのような旅行者だろうか。その旅行者が重視する価値と、現在の価格や価格の仕組みは合っているだろうか。
第4章 誰がその価値を支えるのか
観光地や施設の価値を維持していくには、相応の費用がかかる。施設の整備や人材の確保、文化財や自然環境の保全、混雑対策など、観光を持続させるために必要な支出は少なくない。そこで問われるのが、その費用を誰が、どのような形で負担するのかという点だ。
考え方の1つが、サービスや利益を受ける人が費用を負担する受益者負担である。宿泊税や入域料、施設利用料などは、その代表例といえる。旅行者から得た財源を、受け入れ環境の整備や地域資源の保全に充てることで、訪問者自身の満足度向上にもつながる。

一方で、負担の求め方には公平性への配慮が欠かせない。外国人旅行者と国内旅行者で価格を分ける二重価格や、住民と住民以外で異なる料金を設けるなど、対象によって価格を変える場合は、なぜ違いを設けるのか、その目的や根拠を明確にする必要がある。単に「支払える人から多く取る」という説明では、納得を得にくい。
重要なのは、誰に負担を求めるかだけでなく、その負担が何に使われ、どのような価値として負担者に返ってくるのかを示すことだ。単に料金を掲示するだけではなく、その目的や使い道を分かりやすく伝えることで、負担者の価格への納得感は高まる。料金の使い道を示すことは、地域が抱える課題や、その解決に向けた取り組みを旅行者に理解してもらうことにもつながる。自然環境の保全や文化財の維持、混雑緩和、受け入れ環境の改善など、使途が具体的に伝われば、旅行者の理解も得やすい。
観光地を支える費用をすべて地域住民や事業者だけで負担するのか、それとも旅行者にも一定の役割を求めるのか。価格を考えることは、観光による負担と利益をどのように分かち合うかを考えることでもある。
問い 4
あなたの地域や施設を維持していくための費用は、誰が負担するのが望ましいだろうか。その理由や使い道を、負担者が納得できる形で説明できるだろうか。
第5章 その価格は、本当に目指す姿の実現につながっているか
価格は、一度決めれば終わりではない。設定した価格が当初の目的を果たしているか、旅行者に価値が伝わっているか、地域にとって望ましい結果につながっているかを継続的に確認し、必要に応じて見直していくことが重要だ。
例えば、価格を引き上げたことで、混雑は緩和されたのか。サービス品質や従業員の待遇改善につながったのか。地域資源の保全に必要な財源を確保できたのか。一方で、旅行者の満足度は維持されているのか、地域住民の理解は得られているのかといった視点も欠かせない。
価格は、市場環境や旅行者のニーズ、地域が抱える課題の変化によって、適切な水準や役割も変わっていく。だからこそ、一度決めた価格を前提にするのではなく、目的に照らして効果を検証し、改善を重ねる姿勢が求められる。
ここまで、「価格によって何を実現したいのか」「何を基準に価格を考えるのか」「誰に、どのような価値を届けるのか」「誰がその価値を支えるのか」という4つの問いを見てきた。最後に確かめたいのが、「その価格は、本当に当初の目的を実現できているか」という問いである。
問い 5
現在の価格は、あなたの地域や施設が目指す姿の実現につながっているだろうか。定期的に検証し、見直す仕組みはあるだろうか。
観光価格に唯一の正解はない。地域や施設によって目指す姿は異なり、届けたい価値も、それを支える仕組みも異なる。だからこそ、価格を見直すときには、「いくらにするか」という議論だけで終わらせず、その出発点に何度でも立ち返る必要がある。
価格を考えることは、自分たちがどのような観光をつくり、何を守り、誰にどのような価値を届けたいのかを考えることでもある。
あなたの地域や施設では、価格によって何を実現したいだろうか。
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